戦場では剣術は役に立たないのか?【日本】

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日本では一般的に「戦場では剣術は役に立たない」という一部の武将(16世紀が多いか)の証言が一人歩きしてるが戦国時代は言うに及ばず、すでに鎌倉時代にはかなり末端の武士まで剣術が広まっていたのは確かなようだ



日本では一般的に「戦場では剣術は役に立たない」という一部の武将(16世紀が多いか)の証言が一人歩きしてるが戦国時代は言うに及ばず、すでに鎌倉時代にはかなり末端の武士まで剣術が広まっていたのは確かなようだ

実際同時期お隣の朝鮮や明まで攻め込んでいった初期倭寇の一大勢力であった愛洲水軍などは
陰流の祖であるしもっと遡れば京八流の鞍馬流は源氏と深いかかわりを持っていた
東国では七世紀には鹿島が神妙剣を流布し始めている

明の将領達も数々の文書に日本刀の優秀さと共にその刀法に悩まされたと記載している
名目上不正規軍ではあるが初期倭寇に広く剣術が浸透し結果を出しているのに
同時期の大戦であった元寇のときに戦った武士が剣術を知らないはずがない

実際先に上げた愛洲水軍は元寇のときにも参戦し軍功をあげているわけで愛洲氏とその郎党のみが
高い技術を独占できていたはずもなく他の武士達もおのおの剣術を修めていたか
独学で既存の剣術相当の技法を習得していたであろうことは確実だろう

またよくある反論に「当時は弓が戦のメインで云々」というものがあるがこれは少し見当違いだろう
突撃銃(Assault rifle)があるわけでもない中世の戦争で飛び道具だけで戦が決するわけもなく
また実際に日本刀による白兵が行われている以上そのための技術の存在と「主に弓で戦っていた」ということは矛盾するものではない
「主に弓で戦っていた」と「最初から最後まで弓だけで戦っていた」は違うのである

またさらに「白兵戦では日本刀ではなく槍がメインで云々」という反論もあるがこれは一理あるもののやはり早計な反論だろう
まず剣術の確立された平安・鎌倉時代には槍は存在しない
また薙刀は存在するものの薙刀という武器は剣術と同様もしくは容易に剣術を応用できる武器であった
薙刀術というものも後世分化していくものの基本的に「剣術で」薙刀を扱っていたのである
また薙刀自体徒士には広く利用者が普及していたが騎馬で薙刀を使うものは少なく(使い方を知らない訳ではない)、多い場合もせいぜい半々といったところであった
これは弓による騎射に長柄武器の同時把持はきわめて困難もしくは不可能だったためであると同時に
至近距離から刀の届く範囲までどの距離でも戦える日本刀に比べ、懐が弱くなりがちな長柄武器だけで集団を構成する危険性を避ける意味があった
武士によって煮え湯を飲まされた明の将領達は日本刀法対策の一つとして
「日本刀法には槍だけでも勝てない、剣だけでも勝てない、ならば両者の混成部隊で戦おう(鴛鴦陣)」
と日本人の感覚からしたら至極当たり前の事を述べている
御本家である日本国内でそれはすでに当然の事であった

当時の明では特化した兵科が明確に分かれているが日本では律令時代以降
早くから各部隊内でそれぞれ多機能性を持った構成がなされていた
日本では古くから同一の部隊が射撃戦、遠距離白兵戦、近距離白兵戦、組討とあらゆる局面に対応できることが要求されていたが倭寇との戦い以前の大陸にこの思想は無かったのである


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