なぜ盾は日本で普及しなかったか

なぜ盾は日本で普及しなかったかの情報ページです。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
なぜ盾は日本で普及しなかったか【日本】
盾がなかったら即死だった
1 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 11:23:05 ID:jrEObPcK
日本において、西洋などに見られるような
手に持つタイプの「盾」はなぜ普及しなかったのでしょうか?
戦国時代に盾持って武器振り回していた武士っていたんでしょうか?
文字色
300 - Prop Replica: Shield Of SpartaVILAC シールド&ソード キゾクニップルシールド Lサイズ (2個入り


2 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 11:25:04 ID:6dSniCLu
両手刀が主流だったから。

3 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 11:26:09 ID:jrEObPcK
>>2
「両手刀」と「片手刀+盾」の選択で
日本で前者が選ばれた理由がわからないのです。
鎧が優れていて、片手刀では効果が薄かったからでしょうか?

9 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 11:59:07 ID:6dSniCLu
甲陽軍艦に竹の盾の話が載っている。
甲陽軍艦の信憑性自体はとやかく言われてるが、とりあえずこんな話もあるとして・・・。

青竹を竹垣状に縄で縛って束にする。
表面が丸くツルツルしてるため、弾丸が滑りやすく盾としての効果が大きかった。
また材料が手に入りやすいことと、軽量のため移動が便利だというのも大きな魅力で、
車輪つきのもの、つっかえ棒をとりつけたものがある。
甲州流兵学者が考えたものらしく、武田信玄ほか諸武将が使用したとされる。

10 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 12:05:13 ID:xPFxe7Sm
【火縄銃時代】
木製の置き盾、竹束製の持ち盾や置き盾、クリップ式の槍、鉄製の刀、火縄銃、大砲、長弓、投石。
守城戦用に金属製持ち盾は一部残存。

11 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 12:18:38 ID:74DjbYgy
盾も使ってただろ
ただ、飛び道具に対する物だが
あと母衣も盾の一種だな
あれも矢よけだ

12 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 12:21:27 ID:jrEObPcK
なるほど。。。
動きが鈍くなるというのは、
山地の多い日本では重要な要素かもしれません。
多少とも急峻な地形を歩く時に、片手を空けるのはとても
大切なことですから。

14 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/15(月) 13:57:45 ID:R3V4sSJO
スバリ言うと西洋でもそんなに盾は普及してない

26 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/16(火) 21:15:27 ID:mLDyqmgF
盾は混戦では邪魔なだけなような。

27 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/17(水) 01:47:01 ID:3+ml2G69
槍で叩き伏せたり、取っ組み合いになって肌が出てるところを刺すんだし、
盾なんて無意味じゃないの。

28 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/17(水) 02:46:57 ID:OS1+vqf9
盾が意味あるのは矢に対してかなという気がする。
接近戦の日本刀に対してはあまり意味が無いし
長槍を防御するには鋼鉄製の盾とか必要になるから
そんな重装備する金があるなら他に使えという話になるし。

29 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/17(水) 03:05:07 ID:2oEHKgut
地理上のことを考えないと。盾なんてたいそうな代物なんだから
盾を持ち運ぶためには必ず片手がふさがってしまう。山地の多い日本では
防御のために片手をふさいでなどいたらそれだけ動きにくくなる
攻撃用の武具だけをもって動きやすくしたほうが結果的に強い

42 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 00:35:56 ID:D0K39RLW
行軍の邪魔だったんじゃね?日本は山がちな地形だし。

43 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 08:53:01 ID:VzaBuIvT
西洋でも中世には両手剣に移行が進んでいたことを考えると、日本で盾が普及しなかったのも不思議ではない。
ローマなんて鎌倉時代からみてもはるかに昔のことだし。

44 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:01:28 ID:E+X4Sl+K
盾は、平地で大軍が戦う場合において発達したのがほとんど。

それに対し、日本は山岳ばかりで平地がほとんどないので、少数による奇襲戦術が大流行。
壬申の乱あたりから、日本では機動戦術の産目が見られる程だからね。
万単位の合戦ですら、山岳の隘路で複雑に絡み合った戦線を構成する場合があるから、
裏街道や獣道を迅速に移動する必要性から盾は邪魔なんだよ。

襲いかかる速度を重視したから盾は邪魔なんだよ。

45 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:17:46 ID:YJK+uQf4
地形の問題説と戦闘方法説で納得だが、議論の余地として戦いに参加する人の目的って
のはどうだろう。
例えばオレが西洋の傭兵ならとりあえず参加した戦争で生き残って参加料を
頂こうとする。メインは自分の身を守ること。
日本で「褒美が欲しかったら自分で手柄を立ててこい」とか言われたら・・・


46 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 01:57:06 ID:SSRZOggj
鎧が発達すると盾がなくなる
便利だから置き盾は残る


67 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 21:13:30 ID:VSvQtXVH
西洋の盾は、歩兵による集団戦が主流で鎧も未発達だった古代ローマ時代に広く普及した。
時代が下がって鎧が発達してくるとデッドウェイトとなる盾は廃れていき、
いわゆるプレートメイルの登場で装飾用を残して消えた。

日本の場合、平安以前などは大陸の影響で持ち盾も使われていたが、
馬上で弓矢を扱う武士の登場により姿を消していく。
歩兵も対武士用の長巻など両手持ちの長柄武器が主流なので持ち盾の出番は少なく、
主に礫や矢を避けるの為の据え置き型の盾が使われた。
戦国時代になると足軽同士による槍の叩き合いで陣形を崩した方が勝ちとなり、
盾は鎌倉時代同様に据え置き型が前哨戦の矢の応酬の際に使用される程度となった。

>>65
重装歩兵同士が正面からぶつかる分には無敵なんだが、
横や後ろから騎兵に突撃されると身動きが取れなくて壊滅するんだよね。


68 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 21:28:20 ID:zr2K+fr4
盾は元々それほど有効な装備でなかったのかねぇ

70 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 22:14:42 ID:5g79QTbN
倭寇と明兵が戦ったときに、明兵が盾を装備して片手で剣を
持っていたのに対し、倭寇は日本刀を両手で扱っていて力で
上回り、明のほうが苦労したという話があるな。


75 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 23:00:01 ID:Cy4giZIx
近代以降の軍隊の戦闘行動をご存知ない方が多いらしい。
白兵戦がなくなったわけじゃないのにね。
だったらなぜ未だに世界中の軍隊が格闘技や銃剣格闘の訓練に重きを置いているのだろう?
ベトナム戦争の時にこれからの航空戦はミサイルでお終いだと世界中に宣伝して戦闘機から機関砲を外した米軍と同じ思考法じゃないの?
もしくは湾岸の時にベトナムの反省で生々しい戦場の姿を出すと反戦運動が起きるからボタン戦争(死語w)のように宣伝して実態を隠した米軍の
宣伝をそのまま今でも信じてるような人達なんだろうね。

95 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/25(木) 18:02:16 ID:RRBM8xNa
アメリカは大戦中、白兵戦で日本刀(軍刀)に苦しめられたって話だよ
鉄ごとぶったぎられたらしい
あと秀吉の朝鮮侵略では朝鮮と中国は日本刀は脅威だったって書いてた
清だったか明は日本刀と日本剣術を研究して似たようなのを正式採用してるね
なぜか日本と海外で評価がまったく違うこの不思議。


105 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/27(土) 06:11:27 ID:G4pM+Lhb
戦闘時の距離で考えると。
離れて弓矢→全体隠れる置き盾に隠れる方が良い。
槍で殴り合い→片手で盾持つと槍が扱いづらい。
刀で切り合い→こうなると刀使うだけでなく、蹴ったり殴ったりひっくり返して上に乗っかるの乱戦なんだから、結局盾なんかほうり投げてのどつきあいになってしまう。

112 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/27(土) 11:25:38 ID:nSTdWoCf
>>110
西洋の騎士が持つ盾には騎士(主に貴族階級)の家の紋章が描かれていて、皆それで『あっ、あいつは○○家の奴だな』とか識別していたとか

113 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/29(月) 11:36:41 ID:L5u20IjY
旗指物つけてる日本の武者からすればそれは別にいらない装備だしなア

114 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/29(月) 13:15:40 ID:WGzTwzQB
旗指物+甲冑で有名どころならわかってしまうからな

116 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 18:14:19 ID:YS+h8f5g
古代ギリシャやローマの兵士というのは都市国家単位で集められ、対等な
市民が多数の隊列を組むという戦闘形式だった。盾と槍を装備し、互いに
密集して敵に当たるという、いわゆるファランクスはこのような部隊構成、
つまりある程度以上の人数が固まって、一本の指揮系統で常に隊列を保った
まま戦うというケースでないと機能しない。

日本や西洋の中世のような封建制の場合は、身分のある武士や騎士とその従者
という、数人程度の集団が軍団の一単位となっており(何万という軍勢がいて
も基本は数人単位の集合体に過ぎない)、ギリシャ-ローマ時代のような整然と
した指揮はやりづらく、どうしても乱戦が中心の戦いになっていた。
こうした戦いでは盾の効果は半減してしまう。ならば、盾など使わず鎧の性能を
高め、武器は両手持ちの威力のあるものを採用した方が有利。
日本で手持ちの盾が発達しなかったのも、西洋で盾が衰退し、どちらかというと
装飾的な位置づけになっていったのもそのためだろう。

127 :人間七七四年:2007/02/20(火) 23:28:40 ID:UKA9r7rO
つうか
16世紀の軍隊で 盾持ち歩兵が多くいたとこって無いんじゃねーの?
欧州諸国にしろオスマンにしろ中国にしろ 
概ね両手持ちの長槍や小火器が歩兵の主武器だろ

古代マケドニアやローマの戦術が廃れて以降は 持盾常備の歩兵って思いつかんのだが

136 :人間七七四年:2007/02/23(金) 22:26:48 ID:2Q836wNk
日本史の講義 日本刀は合戦ではあまり使いものにならなかった。
東洋史の講義 倭寇、朝鮮の役での日本刀の威力から明や清でも日本刀(倭刀)が使用されるようになった。→後「苗刀」に。

まるで中国人や朝鮮人が馬鹿みたいだな。

146 :人間七七四年:2007/02/27(火) 20:14:20 ID:8nwpRAky

於兵仗局戊字等庫發舊倭刀三、五千把、為馬上精兵之用。


147 :人間七七四年:2007/02/28(水) 00:47:13 ID:MrgQsmtY
盾の所持は機動力が落ちるからじゃねーの。
そんで日本で刀が普及し常備され発達を続けたのは
別に機動力がおちないから。
日本ではみんな機動力がないと手柄とれなくて困るじゃんよ

148 :人間七七四年:2007/02/28(水) 03:05:26 ID:I+pQiZGv
ドイツでは両手持ちの大剣『ツヴァイ・ハンダー』、イギリスのスコットランドにはハイランダー達が使っていた大剣『クレイモア』があるでよ

他にも両手持ちの剣『グレートソード』や片手でも両手でも使える『バスタードソード』もあるでよ

152 :人間七七四年:2007/02/28(水) 19:42:57 ID:O/rLcUO1
>>146は、「?火録」卷三(大清順治元年、明崇禎十七年五月朔 十五日(壬寅)) (西暦1644年)南明の南京に於ける記事。
日本からの輸入品か明の国内生産のものかは不明だが、南京の官軍武器庫に千単位の日本刀が保管されていた事が分かるだろう?

153 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/02/28(水) 20:36:35 ID:Ps9dvV+c
明のことはよくわからんが、実践向けというより上級兵の装飾用軍刀だった可能性はありだろうか?
拠出された兵は「馬上」なんだから刀は実践向きとは思えんし
「精兵」と呼ばれてることからエリートだったと想像出来る
意匠を凝らした日本刀の装飾美が当時あっちでもてはやされていたりしてな

155 :人間七七四年:2007/03/01(木) 21:31:45 ID:PY6BH1Gd
戚継光(1528~1588)の「練兵実紀」には、日本刀=倭刀を使用した戦術が記されている。

●廃兵にも倭刀を支給する。
●隊の隊長、副隊長を鳥銃手とし、長倭刀を支給してこれを短兵(近接戦闘用の武器)として習得させる。
●その他、歩兵には長刀或いは短刀を支給する。
●演習の際、騎兵が的であれば、長倭刀を持つ者が下は馬の足を斬って、上は馬の頭を斬る。
●歩兵が的であれば長倭刀を持つ者二人一組で素早く行動する事。


しかし、日本刀=倭刀を主兵器として騎馬民族を撃退したという名将が実在し、その記録も残っているにも関わらず、 >>153のように「日本刀は実戦向きではない」という妄言を吐く人が多いのは何故なのだろうか?
わたしのように、東洋史から日本史に入った人間には、その辺が不思議なんだがw

160 :人間七七四年:2007/03/02(金) 11:35:46 ID:MjC3yma/
文禄の役の李如松の軍について柳成竜が
「提督の領するところは北騎にして火器なし。ただ短剣の鈍劣なるものをもつ」
と書いているから、「古倭刀」をもって突撃する騎兵があったかも??

明末期ば戦後約束した報奨金すら払えなかったくらい軍費がなかったから、
全軍は規定通りの装備だったかどうかはわかりませんが…

163 :人間七七四年:2007/03/02(金) 18:53:03 ID:NgMLJOlh
メイン、サブって、ゲームやり杉じゃないかなぁ…

朝鮮の役の頃(明末期)でも、島津義弘の巨済島城では兵二千人に対し
備え付けの武器が、鉄砲100弓100槍100刀400、
とあるので、日本でも量的には刀は主武器といえなくもないかと。
鈴木先生すら、飛び道具で弱わらせた奴の首をとってた、と言われてるので、
そういう状況は槍なんかより刀の方が使いやすいよね。


持盾については攻城戦では記述がみられる(普州城攻めとか)ので、
野戦で使わなかったのは平原での戦いが少なく、
山戦なら盾はあったけど邪魔なんで使わない、が本当のとこじゃないかなぁ…

191 :人間七七四年:2007/03/07(水) 00:14:00 ID:73q9LTdy
鎧の肩についている四角いやつ。
あれが持ち盾のなれの果てという説がある。
日本では手に持つ盾が鎧と合体してしまったんだね。




212 :某研究者:2007/03/09(金) 10:58:04 ID:1ECNf3eI
http://www2m.biglobe.ne.jp/~haru-sho/kenkyu/kiru2/kiru3.htm
>実際に斬ってみると考えていたよりも竹はすんなりと切れます。

盾も長巻では容易に割れると言う事は
無いのかだが

>よく、寝刃合わせをしないと物が切れないような話を聞きますが、これはどうも迷信のようです。かといって、寝刃合わせをしてはいけないのか、というとそういうわけではありません。
>キーン刃にすればよく切れるし、美的鑑賞にも堪えられるようになりますが、研磨に時間がかかります。寝刃合わせは切れ味はキーン刃にかなわないまでも、短時間で刃の復旧がはかれます。
>どちらが良いとか悪いの問題ではなく、ただの選択のようです。但し、刀の消耗という視点からみると寝刃合わせはできるだけしないほうがよいようです。


寝刃合わせは容易に切れ味を出せるが
刃を消耗させると言う
事だろうか
>今回試し切りしていて、良い刀とはどういう刀かというイメージがだんだん形となってきました。良い刀の条件とは刃が出来るだけ硬く尚かつ欠けにくく、刀身は折れないのに曲がらないという能力が高いことにつきます。
> ここまで考えて、ふと閃いたのですが、昔の刀の研ぎ心地が柔らかいのは、そういうふうに感じる地鉄でないと硬く欠けにくい刃を焼くことができなかったのではないだろうか?ということです。


235 :人間七七四年:2007/03/11(日) 20:24:03 ID:rfhREekQ
隊列乱れた乱戦混戦に強いのが刀なんだろ。

何の役にも役に立たないなら、現実主義でなきゃ生き残れなかった戦国時代
には刀装備を廃止した大名とかがいてもよさそうなんだが、そんな話し聞い
た事無い。
安物だって数を揃えるのに金がかかるんだから、伊達や酔狂で役に立たんも
の装備させるのかよ?


245 :人間七七四年:2007/03/12(月) 04:36:12 ID:EUCC4SLJ
終盤=どちらかの隊列が崩れかかって一気に押しつぶしにかかってるって状態なら
既に槍衾の役目はほぼ終了
騎馬武者が乱入しての大暴れって状態になるわな

お互い槍持ちでたたきあってるならその間合いから接近することはなかなかないし
隊列を組んだ槍衾に刀一本引っさげて突入するのは楽勝の自殺行為なわけで
そもそも
歩兵は隊列崩したら基本的に終わりって兵科だから。


246 :人間七七四年:2007/03/12(月) 11:34:26 ID:XhaJmseo
乱戦状態ならば、長柄槍持ってた足軽は長柄槍を捨てて打刀で応戦し、比較的に短い槍や薙刀の場合はそのままだったのではなかろうか?

実際、薩摩示現流兵法剣術では槍や薙刀を持った相手との実戦を想定した稽古がある事から刀オンリーの乱戦状態はそうそうなかったのかも知れない

なんにせよ、持盾なんて持っていたところで、最後の組み打ちの時には盾を持った状態では相手の首級を頂戴出来ん罠

251 :人間七七四年:2007/03/12(月) 17:37:49 ID:XhaJmseo
>>246だが、別に足軽は打ち刀を持ってはいけないなんて事はなかった筈だ

戦国時代、徴用される足軽雑兵は武器防具は自前だったが(一部の例外を除く)
戦国時代当時、日本各地で戦が相次いでいた為、その付近に住んでいる者(主に半農半兵の農民)は落ち武者狩りや合戦が終了した際に討ち死にした武者の武器防具を引っぺがして、商人やら甲冑職人に売り飛ばしていたとの事
という訳で、殆どの足軽は律儀に刀等は買わずに調達していたらしいぞ

ただし、皆が皆そうやって刀を所持していた訳ではない
足軽として徴用された時に鍬や鎌で参加した足軽も戦国時代初期にはいたとの事

(参考文献『戦国時代の舞台裏』青春出版社:刊)

296 :人間七七四年:2007/04/24(火) 09:08:54 ID:LryLLzHw
軍隊装備は武器の性能より戦闘教義で決定されるからでわなかろうか?
軽装歩兵は重装騎兵の突撃に弱いため、
対抗上重装騎兵の突撃を阻止できる重装歩兵戦術が編み出された。
日本では密集した騎兵による突撃なんてなかったから、
(鎌倉時代から日本の騎兵は弓を射るもんです)
盾の壁を作る歩兵による密集陣という戦術が生まれなかった、ってことでわ?

ちなみに15世紀末イタリア戦争のセミナラの戦いでは、
山岳戦編成のスペイン軍がフランス重装騎兵とスイス重装歩兵に敗北している。
面白いのはスペイン歩兵の武器は剣と丸盾。

299 :人間七七四年:2007/05/03(木) 18:13:37 ID:QqIxjZa9
>>296の下段の例を見ても分かるように、軽装を補う為に持ち盾が使われる。
重い鎧を身に着けている場合、盾は無用どころか邪魔になる。
古代の重装歩兵は巨大で重い盾と槍で武装していたが、鎧自体は簡素な物だった。
時代が下がると鎧は堅牢さを増し、西洋でも盾が使われなくなっていった。

300 :人間七七四年:2007/05/03(木) 19:54:24 ID:KAGWp6jM
>>296
源平時代から重ではないが「中騎兵」による集団体当たり戦術はありましたよ。
騎兵突撃に対しては、古今東西槍兵パイク兵による密集陣が対処方法でしょう。
日本でも騎兵対策として槍衾戦法が存在します。
ただ、日本の長槍は2~数列しか厚みのない横隊です。重騎兵のいない日本ではそれで十分だったのかもしれません。
歩兵を攻撃する時は、掛け声を合わせ穂先を揃えて振り叩き、
エイ、エイ、エーイと一斉に突き出しました。

305 :人間七七四年:2007/05/03(木) 22:58:58 ID:o2XfDhVv
お隣の中国でも時代が進み甲冑が進化すると盾は小型化し、銃の普及で最終的に消滅しているな。

306 :人間七七四年:2007/05/03(木) 23:09:56 ID:KAGWp6jM
ヘレニズム・ローマや律令時代の日本はともかく、
西洋でも中世パイク兵は盾無しで槍。
盾を使っていたのは片手剣の歩兵と、鎧にランスを固定して使う騎士。
ちなみに同時代の朝鮮では籐を編んだ円盾を使ってました。
いずれも火器の発達と共に廃れていきました。

307 :人間七七四年:2007/05/04(金) 00:10:55 ID:nBZx8LZU
律令時代の日本は、直剣と盾を持った歩兵が主力でした。
他に騎兵、弩部隊、投石機やバリスタなど大型野戦兵器もあったようです。
養老律令で歩兵と騎兵は分離して兵科別の編成をするように書いてあるものの
実際にそうだったかはわからないようで。。。

311 :人間七七四年:2007/05/06(日) 01:04:18 ID:j/bCr8QL
個人個人の戦いなら片手で盾を持ちながら片手で武器も扱う必要があるけど、
集団が組織的に戦うなら最前線の者が両手で大型の盾を持って並び、その後方
から弓などの両手が必要な武器で攻撃しても問題ない。
それが日本の合戦のスタイルだったということ。

314 :人間七七四年:2007/05/06(日) 17:20:02 ID:j/bCr8QL
春日権現験記絵に中世日本の盾の使用法が、物凄く分かりやすく描かれている。
UPできれば一目なんだけど、残念ながらネット上では見つからない。
講談社選書メチエ「源平合戦の虚像を剥ぐ」P100か、別冊歴史読本「合戦絵巻合戦図屏風」P36~37に載ってるから見て欲しい。


330 :人間七七四年:2007/06/02(土) 11:00:10 ID:oY5EivWd
日本で盾というと、通常は長方形で置く事もでき、またすぐに担いで移動もできる大型の盾を差すと思うが、
少なくとも、長柄武器もあり飛び道具もありの場ではこの方式の盾が最も理想だと思う。

>>307
>養老律令で歩兵と騎兵は分離して兵科別の編成をするように書いてあるものの
>実際にそうだったかはわからないようで。。。
日本という地勢では、兵科を分けることがメリットがあるとはそれほど思えない。
結局は現地豪族の私兵が経験的に練り上げた混合スタイル(?)が維持され、
戦国期にまで引き継がれたのかと。
朝鮮出兵時の日本兵は、鉄砲を打つ兵でさえ刀も装備しているのが通常で、
一人で多機能(まるで日本の携帯電話のようだが)を併せ持つのが普通。

この日本式の兵科を研究した明国人がいたが、詳しいことは忘れた。

333 :仙台藩百姓:2007/06/02(土) 14:31:32 ID:uCREfLCm
盾思い切り普及してるじゃないかお
鎧に付いてるお( ^ω^)


344 :人間七七四年:2007/06/04(月) 01:31:01 ID:MZpP4vlJ
日本人の腕力に盾持つ余裕が無かったからでは? 実際、西洋の片手剣と日本刀の重さに大差なかったと思うし。

345 :人間七七四年:2007/06/04(月) 02:46:06 ID:X/zeh9sI
>>344
百姓なめんな。21世紀の日本人より腕力はあるぞ

346 :人間七七四年:2007/06/04(月) 05:30:18 ID:S2kCa6zM
盾は原始的な武器ならば効果を発揮する
しかし有る一定以上の貫通力・破壊力を持った武器が登場すると、
諸々の理由から廃れる


それだけだ

363 :人間七七四年:2007/06/06(水) 17:54:56 ID:ZrAB8UqG
ルイスフロイスが「ヨーロッパ人の肉体は繊弱なので、治癒が非常に遅い。
日本人の肉体は頑健なので重傷、骨折および災厄からも、われわれ以上に見事に、しかも一層速やかに快復する。」と嘆いてた
けっこう日本人体力あったんじゃね?


367 :人間七七四年:2007/06/06(水) 20:57:28 ID:Wem6N97B
>>363
その記述、俺も気になっていたんだがどういう意味なんだろうな。

米や麦、山菜とたまに魚を食べる日本人は、治癒力が高かった、と食事に話を持っていく人もいたりしてよく分からん。
まあ治癒力はよく分からないが、穀物やら菜食中心のほうが持久力があるのは事実。
日本人は『肉食だとタフになって精力が増す』と今だに信じている人もいるけど。
そもそも戦場で一番必要な体力は持久力。

368 :人間七七四年:2007/06/06(水) 23:12:26 ID:vwSdBgFu
コメやムギもそこそこタンパク質を含んでる。
もちろん肉や魚に比べたらかなり少ないけどな。

摂取したタンパク質はいろいろなアミノ酸に分解されてから吸収され、
そのいろいろなアミノ酸を合成して体の部品になるわけだけど、設計図通りに組み合わされるから必須アミノ酸が1種類足りないと他のアミノ酸がたくさんあっても目的の部品が作れない。

そしてコメのたんぱく質のアミノ酸バランスは、ムギのたんぱく質よりも良かったりするから
コメ主体な偏食生活は、ムギ主体な偏食生活よりもマシな栄養状態になるんだ。

369 :人間七七四年:2007/06/06(水) 23:34:30 ID:F7aBeYgV
米は麦の2倍のリジンを含有してるから。でも豆食ったら些細な差だ。穀物+豆が最強!
大航海時代の都市部の人は毎日パン1kg食ってたそうな。まじでパンのみで生きてたんだな。
370 :人間七七四年:2007/06/07(木) 10:48:11 ID:KA8lf5iG
なんか今更だけど穀物ってスゴいんだな。

374 :人間七七四年:2007/06/08(金) 17:44:51 ID:ES4R60gh
片手で持ってる盾で防ぐより両手で持ってる刀の方が受け止めやすいだろう

376 :人間七七四年:2007/06/08(金) 22:14:29 ID:D7XmDTy6
歴史を見る限り、鎧があれば盾はいらない。
盾は簡易式の鎧。


379 :人間七七四年:2007/06/10(日) 16:44:03 ID:5Pe+MT7l
古代の盾らしいがこれは置いて使うの?
古墳時代装備

ttp://image.space.rakuten.co.jp/lg01/75/0000141975/21/imgd9727275ghpo4s.jpeg

384 :人間七七四年:2007/06/14(木) 10:49:23 ID:qWDYAM5U

盾を持っていると、「相手を攻撃できる距離と角度」が減る。
するとその分、相手から見れば防御しなければならないパターンが狭まって読みやすくなるし、
盾で動きを阻害された剣での半端な攻撃に対応すればいいだけになる。
盾でも殴るよと言えなくもないが剣で当てるのも難しい距離で戦わざるを得ない状態で
その間合いより尚短いのにどうやって当てるのだろうということになる。

もちろん盾が弱いとは思わない
個人的にはでかい盾に隠れてるやつは怖くないがすばしこいヤツが小さな盾を使いこなす場合は怖い
日本の二刀流の場合、防御と同時に間合いを潰して超至近距離にて太刀で斬るが、盾術にそこまでのものがあるだろうか?という点が勝敗を分けるだろう
盾で防いでる間中足が止まっているかのような使い振りなら盾は持っている方が不利、時間と共にどんどん不利になる。どの道足が遅いなら盾が無くても不利だが盾をもたなければ少なくとも攻撃の間合いは長く出来る
両者とも足が使えないなら盾を持っている方が有利。
つまりそれだけ盾文化の剣士は足を止めての打ち合いを好むということだろう。


387 :人間七七四年:2007/06/15(金) 01:35:55 ID:pfrf+6R+
盾無くても鎧着てるんだし、時代劇みたいに胴の上から刀ズバッ!と斬っても無傷、せいぜい打撲だわな。
鉄砲でも当たらない限り、なかなか死ななかったんじゃないの・・・

388 :人間七七四年:2007/06/15(金) 03:33:28 ID:qR8k2XbX
だから、鎧の隙間から急所を狙うのが一般的なんだろ。
脇の下や首、顔面などは人体の急所でもあるし。

389 :人間七七四年:2007/06/15(金) 04:47:12 ID:Eyit0WFf
バックラーを突き出せば相手が狙える部分がかなり狭まり
必要とあらばそのまま剣を両手で握ったりもできるという
バックラー用の剣術が結構発展してたらしいね。

390 :人間七七四年:2007/06/15(金) 08:56:58 ID:jB81pSMC
一対一、おもちゃの武器使用、転倒させるの禁止、足払うのも打つのも禁止、殴っていいのは鎧の上からだけ
興奮してくると先に当ててても無視、ハァハァしながらメイスで殴ってくる
こんなルールならそりゃ盾とメイスが強かろう


391 :人間七七四年:2007/06/15(金) 14:38:33 ID:pfrf+6R+
介者剣術では内脛とか、体の内側を執拗に狙ってたな
動脈は内側に通ってるからだとか

394 :人間七七四年:2007/06/16(土) 01:51:28 ID:WQo1Gv1m
鉄砲の割合が増えてって盾が無力化されたからじゃない?

395 :人間七七四年:2007/06/16(土) 01:57:28 ID:WQo1Gv1m
でも鉄砲帝国だったオスマンの重歩兵やオーストリアの剣歩兵は
17世紀に入っても盾もってるなあ
どっちもプレートとチェーンメイル組み合わせた重装備の鎧着てるのに・・・

396 :人間七七四年:2007/06/16(土) 04:50:17 ID:kzBgdTNb
>>395
西欧だと元々盾を使う戦術が発達してたため
鉄砲が出て鎧が丈夫になったりして盾の需要が下がっても、
小型化したり、手に「持つ」タイプから腕に「取り付ける」タイプに移行したりと
戦術も含め、色々試行錯誤しながら結構生き延びたんだと思う。

日本だと両手槍の戦術が先に確立しちゃって盾の戦術が発達する余地が無かったため、
盾に不都合な事情が生じた時に、西欧みたいに洗練されることなく消えちゃったのでは。

398 :人間七七四年:2007/06/16(土) 16:41:08 ID:Txj6/vWA
混戦になったら銃や槍よりも剣が有効
 ↓
どうせだったら剣使う歩兵はローマっぽく剣と盾
 ↓
混戦になったときを考えるより最初から槍持たせた方が有利
 ↓
剣と盾のスタイル廃止


15~16世紀のスペインはこういう流れだったはず


399 :人間七七四年:2007/06/17(日) 05:24:51 ID:gD/3YKbF
隊列組んだ歩兵の主力装備としての盾は人間同士が押し合うための道具
最強の突撃兵科の座が重装槍騎兵に移った時点で脇役になってしまった

散って闘う個人の武器はまーなんでもいいべ
各自好きにしろ
401 :人間七七四年:2007/06/20(水) 14:49:27 ID:L2P9rGjZ
>>396
盾が日本の戦闘の歴史から消えた時期をかんがえるとどうかなと思う点が一点
日本では古代に矛という形でソケット式の槍があったがその時期は逆に持ち盾が使われていた
でも東北伝来の蕨刀などに盾矛の組み合わせは意外な抵抗にあう(大局的には東北が負けてるけど)
このあと盾と矛が同時に廃れ、代わりに湾曲した日本刀が生まれる

日本で一般的な(でも西洋視点で見ると特殊な)なかご式の槍が生まれるのは南北朝末期~戦国まで待たないといけない

したがってどちらかというと盾の衰退は弓の発展が、矛の衰退は日本刀の完成(後の倭寇などでの日本刀VS中国槍における中国人の感想{倭刀は槍柄を簡単に切り落す}などからの推測です)がそれぞれ影響しているような…


402 :人間七七四年:2007/06/20(水) 15:02:21 ID:UFry3q8s
>>393
機動隊の盾はある程度の数の複数人で盾の壁を作るから生きるんじゃないかな
どっかの祭りの暴走族とぶつかる映像とかで良く見るけど模式的に見て
機動隊1対暴走族3では盾は役に立たないが機動隊10対暴走族30だと途端に盾によって完全防御され機動隊の圧勝になるみたいな


413 :人間七七四年:2007/06/25(月) 20:30:14 ID:AokDqT2P
ファランクスとかレギオンの頃だけだな
盾が主力の装備たりえたのは

414 :人間七七四年:2007/06/25(月) 23:36:20 ID:i/5J7sCm
律令時代の日本の歩兵がレギオンみたいな密集歩兵だったら(*´Д`)ハァハァするんですけど
隋や唐を模倣した軍制だからじゅうぶんありえる
ただ、盾はローマのより一回りか二回り小さいね

415 :人間七七四年:2007/06/26(火) 13:00:48 ID:IEeGZucI
盾スクラムは野戦での決戦志向のとこじゃないと発達しない

416 :人間七七四年:2007/06/26(火) 18:32:40 ID:w9h+fExc
密集隊形で移動戦闘するなんて、日本の地形じゃちょっと無理かも。
ギリシャのでも、地形のちょっとした起伏で隊列乱れて敗北って例もあったと思ったが。


417 :人間七七四年:2007/06/26(火) 21:18:32 ID:42H0VWlW
日本は基本的に、山塞を利用した砦を攻める戦が多いしね
そうなると、盾や重い鎧はやっぱりデッドウェイト


418 :人間七七四年:2007/06/27(水) 01:03:06 ID:m6vbeXQb
日本の歩兵は世界的に見ると重装甲だぜよ
軽装歩兵がいない国というのは珍しい

盾は、弓と両手で使う刀という戦闘スタイルになって手が空かなくなったことで、肩に付けることで落ち着いた
鎧の大袖は盾の名残だそうだよ

419 :人間七七四年:2007/06/27(水) 01:22:15 ID:/h45yE/w
中国は盾をどういうふうに使ってたの?

421 :人間七七四年:2007/06/27(水) 20:32:13 ID:m6vbeXQb
>>419
中国南北朝期くらいだと歩兵は手牌っていう長さ80~100cmくらいの
木や藤・皮でできた盾を持って、環刀や矛で戦ってたみたい
当時重々しい馬鎧を着けた重騎兵が全盛期だったので
歩兵は盾と軽い鎧を着け散開し、機動力を活かして鈍い騎兵を迎え撃つのが有効だった

他に団牌という円盾もあるけど
真ん中に穴をあけて銃に付けたりもしてる
小型のものは色々な使い方ができ、団牌の名手とか団牌術みたいなのもあった
西洋のバックラーみたいな使い方もしてたのかな?


424 :人間七七四年:2007/06/27(水) 22:36:17 ID:QG3glCxd
物の本によると、16世紀の日本の一般的な盾は1.5m×0.5mで厚さ役3cm、
これに可動式のつっかえ棒をつけたもの。

この盾を移動して前進後退し、機を見て並べた盾を開いて兵が突撃したり、或いは盾に穿たれた銃眼から鉄砲を放つ。
兵士に比較的甲冑が普及しているという前提条件を満たすならば、これはほとんど隙がない、効率的な盾の使い方じゃないかと思う。

甲冑、主に胴体部分の装甲がない地域では盾は常に手離せない防具となるから
盾を片手に持ち歩くことになる。


443 :人間七七四年:2007/07/01(日) 07:05:54 ID:+0aolxvL
置き盾に関しては、これほど盾を頻繁に使い重要視した国は珍しいんだが>日本

446 :人間七七四年:2007/07/01(日) 10:52:31 ID:hF2KPCgQ
唐・新羅の日本上陸阻止する部隊、九州の防人どもは盾を装備してた
そのころの刃物は剣で、剣x剣のぶつかりあいでは折れることが多く、
凄腕の剣士でも運が悪ければ命を落とす運命にあるため、それを解消するために盾で防ぐ手法をとったやがて日本が世界に誇る強度抜群の日本刀が台頭するにあたり、
刀が盾に見合う役割も持ったため、剣の衰退とともに盾も必然的に姿を消した


448 :人間七七四年:2007/07/01(日) 12:53:30 ID:787+KIpk
>>443
同意。
置き盾を外して考えるから、不思議なことになる。

置き盾があれば、わざわざ盾を片手に持つ必要がなく、両手が空く。

449 :人間七七四年:2007/07/01(日) 13:48:41 ID:fAx920k3
しかし、山がちな土地というなら、
掻楯を持って山登る方が遙かにしんどいと思う。


>>447
ただ、戦国時代の足軽の具足は、胴と頭以外の防具は十分とは言えんと思う。

450 :人間七七四年:2007/07/01(日) 14:33:52 ID:dCGqiKfU
>>443
ターボルあたりに比べたらまだまだ

451 :人間七七四年:2007/07/01(日) 21:44:42 ID:HGFgEyNX
>>449
置き盾は前線に置くものだから、人数分必要ではない。
輜重隊に運ばせればOK

464 :人間七七四年:2007/07/08(日) 10:07:33 ID:ByVgcR2B
まてまて、普及はしてないが、持ち楯という矢避けの楯は一時期よく使われていたようだぞ。
主に騎射戦が主流のときだが、騎馬上の弓矢を受けつつ接近するのに使われていたらしい。
もっとも、それは雑兵の話で、騎乗クラスになると、楯は攻撃の邪魔になるから、大鎧の大袖で代用していたらしい。

あと、楠木正成が京都で尊氏を迎え撃つときに、設置型の持ち運び可能な楯を利用している。
まぁでも、基本的に片手で持つ楯は片手で扱う剣程度しか止められず、
また、素早い片手剣を止めるためには、軽くて小さい楯になる。
そうすると、結局、両手剣や棍棒、グーテンモルゲンなどの圧倒的な破壊力には全く無力になる。
あと、弓や槍に対して楯は効果が薄い。

まぁ、要は西洋で言う盾の役割を、日本では大袖や筋金入りの籠手、鎧で代用していたってコト。

469 :人間七七四年:2007/07/08(日) 20:58:33 ID:MSYdcA4V
明代の中国も、盾を付けた大八車に仏郎機砲二門を積んで使ってたな。
5600人あたり128台の車が割り当てられて、防御の時はこれで方陣を作って壁にしたそうだ。

日本でも竹束に車輪をつけて機動力を増した車竹束があったらしい。
朝鮮の役では加藤清正が亀甲車というものを作って城攻めに用い、関ヶ原でも使われたんだとか。
ttp://www.uwajima.org/special/vol2/index2.html

474 :人間七七四年:2007/07/09(月) 04:06:57 ID:o9ZvhjNY
武器の本を見てたら偶々見つけたので張っときます。
春日権現霊験記01

ttp://www.uploda.net/cgi/uploader4/index.php?file_id=0000016093.jpg

475 :人間七七四年:2007/07/09(月) 16:25:07 ID:dt30Mn0O
>>474
盾を持つ専用の人がいるんだね。

476 :人間七七四年:2007/07/09(月) 17:03:37 ID:o9ZvhjNY
上の図とは別に、同じ本の「法然上人絵伝」の図には、
はっきり手盾と言えるサイズの盾を持ってる武士が描かれていた。
ただ、構造は上図の掻楯を小型化して取っ手を無くしたような形になってる。
また、本には、掻楯は野営の際の敷き板や担架にしたり、
繋げて筏にしたり、裏返して立て掛けると梯子にもなったとある。

こうしてみると、掻楯は創意工夫されてかなり使い回されてるみたい。
手盾が欲しいようなシチュエーションでも、
小型の掻楯の使い回しとかで代用したりしてたのではと妄想。

482 :人間七七四年:2007/07/13(金) 19:57:23 ID:xUIosehO
50mの距離から口径9mm(1匁)火薬量3gのとても威力の弱い火縄銃で
24mmの檜の板2枚を撃ったところ、1枚目を貫通し2枚目の半分くらいで止まったと本に書いてあった。
普通の矢盾は厚さ30mmくらいなので、鉄砲は防げないんじゃないか?

いっぽう16間(28.8m)の距離から、竹束を口径15.5mm(6匁、戦場で一般的に使われる口径)
の火縄銃で撃つと、1発目は6本の竹全部を貫通した。2発目は4本目で止まっていた。
口径18.4mm(10匁)では、やはり竹束を貫通。
30m以内での至近距離から竹束で防ぐのは難しいが、
50m以上離れるか、竹束を二重にするば効果があるのではないかという結論だった。

命中率は、8分ほどの小口径の銃で、30mから5発撃つと直径10~15cm以内に全弾が集束した。
50mから5発だと、着弾範囲は直径30cmほどに広がる。
実戦では2町(約250m)くらいから撃ち始め、1町(約120m)あたりから命中率が上がり始めたそうだ。

483 :人間七七四年:2007/07/13(金) 21:52:49 ID:xUIosehO
大坂の陣で使われたかもしれない鉄盾だそうで。
ttp://www.city.tsuyama.okayama.jp/chikujo400/history/tate/index.html

490 :人間七七四年:2007/07/17(火) 01:00:01 ID:0bbmV/7x
日本の歴史上の主な装備を振り返ってみると・・・

【古代】 片手剣、矛、戈→これらの武器に対しては盾は結構有効。・・・朝廷の儀式にも盾は残っている・・・。
     主な遺物や伝承としては、天叢雲伝説や十握剣、天濡矛。あと蕨手剣は遺物が大量に残っているな。
【鎌倉】 弓、両手刀→弓に対してはそこそこ有効だが、両手刀に対しては・・・どうだろう?
     主な遺物や伝承としては、大鎧の大袖が小盾代わりだったとか、鎧自体斬撃には強いとか・・・。
     主要な軍事訓練も騎射三物、ほか、源平合戦なども弓のエピソード豊富。
【室町】 槍、野太刀、投石→斬撃に強い鎧の攻略法として、槍で隙間を突く、野太刀や長物で力任せに叩く、
      投石で、打撃を与えるなど。この斬撃に強い鎧の存在と槍の存在が盾の意義を低下させたのでは?
【近世】 槍、鉄砲、大砲→通常の木盾で、鉄砲玉や槍の一撃を防ぐのは無理。また、槍も槌を付けた打撃形も多い。
      鉄砲を防ぐ楯は超重・大型化、定置型が一般化。大砲直撃はもはやどうしようもない。

【近代】 小銃、大砲、銃剣→銃剣はともかく、残りの二つはもはや、定置型の遮蔽物でないと無理。
      他国でも、ポーランドなどの後進国の騎兵隊(盾持ち)が、ドイツの機甲師団に完敗したのは有名な事実。
【現代】 機関銃、小銃、爆撃、大砲、ABC兵器etcetc・・・いずれに対しても盾は無効。

ハンドガン程度であれば、まだ鉄板やケプラー素材などで防げなくも無いが、
それでも、大口径のマグナム銃や、フルメタルジャケット弾、5-7専用弾などには打ち抜かれる事も少なくない。

491 :人間七七四年:2007/07/17(火) 02:05:46 ID:TVKvPPLb
>>490
ポーランド騎兵は盾は持たねえし実際に戦ったのはドイツの歩兵部隊だぞ。
ポーランド軍を包囲していたドイツ第20自動車化師団第76歩兵連隊に、ポーランド第18軽騎兵部隊が突っこんだ。
ドイツ兵はパニック状態であわてふためき包囲を解かせることに成功。

騎兵が任務完了して退却したあとに独戦車が到着したのが勘違いのはじまり。
戦車と馬の死体を見た従軍記者が、戦車VS騎兵の戦いだったと勘違いして報道しちまった。
それをナチスが、「後進的なポーランドは馬で戦車に突っ込んだ」と喧伝したんだな。

実際はポーランド軍は機械化がすすんでいたし、
騎兵も銃を持った騎乗歩兵で、移動の時だけ馬に乗り戦場では下馬して歩兵になった。
突撃は敵が歩兵のときに少数行なわれただけ。当然ドイツにも騎兵部隊があった。

525 :人間七七四年:2007/07/26(木) 01:01:55 ID:VxkmHVJg
平安末期の戦闘要員は馬上武士(騎兵)であり、身分の低い雑兵は戦闘補助要員。
戦の花形は馬上武士の騎射戦だが、弓矢で戦う武士は西洋の騎士のように盾を持つことが出来ない。
その代わりに馬上武士の大鎧の両肩には袖鎧(そでよろい・板状の防具)が付いており、これで飛来する矢や騎馬斬撃を防いだ。

中世の合戦のでは主将が鏑矢を射掛けた後、敵味方が矢を射掛け合って、少しずつ前進するのだが、体が露出していると矢が当たってしまう。
戦列を組む際、楯持ちが横一列に楯を持ち、後ろに弓矢を構えた武士たちが控え、隙間から矢を射掛けた。
これを楯・垣楯(かいだて)と言う。この戦法は鉄砲が普及し始めた戦国時代にも用いられている(「信長記」参照)。


中世の合戦では手楯(てだて)も用いられている。
手楯とは、大きなまな板状の板に取っ手を付けた物と思えば間違いない。左手に手楯を持って敵の矢や斬撃を防ぎ、右手で刀を持って戦った。
手楯は「法然上人絵伝」巻1を参照のこと。漆間時国の館を襲撃した明石定明の家来が手楯を持って戦っている姿が描かれている。

私は、手楯は戦国時代も使われていたと推測している。
ちなみに万策つきたことを「手立てが無い」と言うが、激しく矢を射掛けられて手楯で防ぎきれないことが語源になっているらしい。

戦国時代末、鉄砲が普及し楯や手楯では鉄砲の弾が防げなくなると、竹束を使うようになる。
一抱え位の竹を縄で束ねて、持ちやすいように縄で取っ手を付けて使用した。
鉄砲で防御された敵陣を攻撃する際、弓組や鉄砲隊の援護射撃の中、竹束を持った武士たちが突入した。
竹束を沢山並べて弾除けにも使用された。


556 :人間七七四年:2007/08/14(火) 06:28:18 ID:Enedx69b
日本の中世における戦はほとんどが城攻めのはず・・・
野戦、特に大規模な野戦なんて数えるだけしかないし、
その野戦の仕方も敵の陣形を崩して、崩れて敗走している所に
突っ込んで行くという方法・・・
そして雑兵は相手にせず兜首を狙って集団で襲い掛かり、チクチクやって
兜首が弱ったところで勇気ある一人が飛び掛って首をあげる・・・
(勿論そいつの手柄)
置盾以外必要ないと思うwwwいうなれば城や陣が盾ということじゃね?

あと刀の場合は、戦の場所によってはメインウェポンになったはず!
城内の乱戦や室内での乱戦では槍はかさばるでしょwww

以上妄想でしたwww

599 :人間七七四年:2007/08/25(土) 12:43:34 ID:Exfpwa8e
レギオン以降は西洋でもそれほど普及してたわけではあるまい

600 :人間七七四年:2007/08/26(日) 02:32:55 ID:ohPKN234
>>599
滅茶苦茶、盾あるぜ?

RPGゲームは中世ヨーロッパ物が多いが、必ず盾が出てくる事からもうかがい知れるが、盾は必須品。

ただ、時代が下っていくにつれ、受けて防ぐ盾ではなく、丸みで受け流し、あわよくば相手の体勢を崩させる盾になっている。
ヴィーキングなどは、わざわざ柔らかい材質で出来た盾を用意して、それに敵の武器を食い込ませて、捻り折る、
あるいは武器を奪い取るなどの用途にすら使っていたらしいし。

矛盾のことわざが示すように、中国でも盾はもっていたし、アメリカ大陸先住民も籐を編んだ盾を使っていたらしい。
基本的に全世界中に盾はあるしね。日本の方が特異なのかもしれない。

601 :人間七七四年:2007/08/26(日) 03:14:21 ID:AbGE5DgB
槍の発明前は騎射戦とか騎乗での戦いが戦の花形だったし、
発明後は長槍と盾なんて同時に持て無いしね。
遊牧民でもないのに騎射戦が早くに行われ、
逆に槍の発明が中世になってからという偏った歴史が持盾が普及しなかった一因かも。

603 :人間七七四年:2007/08/26(日) 08:41:34 ID:Dq6KRGNN
>>600
ゲームがソースですか・・
中世欧州では既に盾は非主流。
甲冑部分の装甲が頑丈になると、持ち盾は衰退する。

甲冑も厚く、持ち盾も持つというのは明らかに装備過剰。
機動力が削がれて、結果的に多く被弾することになる。にもかかわらず、
甲冑と持ち盾を併用する用途があるとすれば、密集歩兵で敵陣を突破する戦術を採用するとき。
日本の足軽は確かに密集し集団で長大な槍を振り落とすわけだが、突破力を期待されているわけではない。
彼らに求められているのは『動く壁』であり、相手の『壁の破壊』。

密集歩兵戦術は日本の戦場では合わない。
甲陽軍鑑でも、信玄や山本勘助が『唐の軍法はそのまま日本には使えない』『いろいろ陣形があるが日本にては合点しない』
とそれぞれが話すシーンがある。

勉強家(?)の武田信玄にしてその状態。


606 :人間七七四年:2007/08/26(日) 15:09:27 ID:S+q79Bu4
>>601
古代から騎兵盾は腕にはめて手は自由に使えるタイプなので槍も使えるんじゃない?
ただ弓は難しい。
弓も槍も盾も持つというカタフラクト騎兵は例外か。
>>605
百年戦争のころは盾があったけど
これはランスの衝撃力が当時のプレートアーマーですら防ぎがたいということなんだろうか

607 :人間七七四年:2007/08/26(日) 16:02:13 ID:P4Fux36g
鉄砲以前からすでに持ち盾は騎士の装備ではないのだが

同じことをループしているな

608 :人間七七四年:2007/08/26(日) 16:16:57 ID:r0CehGuL
盾なんて基本飛び道具から身を守るもんだろ
白兵戦で盾がまともに機能すると思ってる奴は映画の見すぎ
基本的にほとんどの武器は両手で持つ、というより両手でないと扱いきれないわけで
仮に腕にはめるタイプで手のひらが空いても、武器を扱うのに忙しい腕に
さらに盾で身を守る為の動きをさせるなんて、間接がいくつあっても間に会わねぇよ

>>606
ランスを用いた突撃による衝撃力なんて盾でも防げねぇよ

614 :人間七七四年:2007/08/27(月) 04:23:23 ID:EG85WzJU
その前にコスト的に重装騎兵が流行らん

617 :人間七七四年:2007/08/27(月) 08:58:31 ID:cg/4jvIt
武具は戦術と不可分だから、まず日本の盾の使い方をよく把握する必要があると思う。
日本では、少なくとも武家が生まれた平安期以降は盾は個人の装備ではなく、前線で集団で動かすもの。恐らく大量に動員された弓兵と連携をとって進退運動したものと思われる。舟戦では舟に盾を張り並べる。
将門記などにそれをにおわせる記載がある。
また白兵戦では初期には長刀や熊手、後には長巻や槍など多様な長柄の打ち物がでてくる。
平安期にはすでに打ち物としては長刀が一般的であった。
それぞれ持ち盾を装備した集団と長柄武器を持った集団のどちらに分があるのかは知らないが、少なくとも日本では長柄武器を採用し戦国末期まで変わらぬスタイルだった。
そして盾の形状も盾の運用方法も戦国末期まで大きな変化はなかったようだ。


620 :人間七七四年:2007/08/27(月) 22:21:32 ID:HBRgAxsx
ファランクスみたいに長槍+盾にはしなかったんだろうか
マケドニアは肩から大盾をぶら下げることで、ハンズフリーにして負担をへらしてる
戦国時代と同時期のパイク兵は盾もってないけど

621 :人間七七四年:2007/08/27(月) 22:24:16 ID:CNjKDC7I
機動隊の盾はよく西欧などの白兵戦と同一線上に語られることが多いけれど、
アレは日本史に登場してくる盾の使い方のほうによほど近いとおもうのだが。
ガンダムのように左手で盾を持って右手で相手を打つ、みたいな使い方は機動隊では
あまり訓練されていないと思うのだが、どうでしょう・・?

日本史の登場する盾は設置型と言っても、1人で持ち運びしやすいように取っ手もあり
サイズも人一人分を隠す程度に多きさになっていて、進退は自由で決して固定的なものじゃない。
また隣の盾と連結できるようにもなっていたりする。
まずこれで弓矢鉄砲を防ぐために前線に並べ防ぎ、そして隙間からこちらも矢や鉄砲を放つ。
彼我の距離が近くなれば、盾は障害物として利用する。ちなみにこのときに槍などで敵の盾を突く行為が『楯突く』という語源にもなっているという説もあり。

なぜ日本で盾は普及しなかったか?という問いは、日本での盾の使われ方をあまり知らない人の質問ではないかと個人的に思うのだが・・。


622 :人間七七四年:2007/08/27(月) 22:42:40 ID:CNjKDC7I
>>620
ファランクスというのは、要するに重装歩兵による突破ということですよね?
その種の戦術は日本では一般的ではなかったはず。
主に地形の理由で、
『独立・完結した小集団の機動によって、敵軍を叩く』というのが
日本式の決戦スタイルではなかったかと。
現代でも、視界がさえぎらられ軍が分断されやすい森林山地では
完結した小集団でそれぞれうごくのが原則(?)らしい。
特定の兵科で孤立してしまうと極めて危険。特にファランクスのような対重装歩兵に特化した
戦術は自分が望むような相手には強いが、そうでない相手には極めて脆いという、現実的ではない状態になるのではないかと。


629 :某研究者:2007/08/28(火) 17:23:06 ID:ov7+JsL0
ダキア人のファルクスで
ローマの盾が割れている画像が何処かに有ったし
ファルクスより重い
7kgの長巻に盾が耐えられるのかどうかだが


630 :人間七七四年:2007/08/29(水) 19:40:52 ID:0F42E9uy
>>629
ファルクスは切先から食い込む形状だから盾を割りやすいだろうなー
日本の掻盾は置くだけあってスクトゥムの3~5倍厚く、20~30mmといったところだが、
持盾にするとなるともっと薄くないと重いだろう

632 :人間七七四年:2007/08/30(木) 03:51:27 ID:/nCmVr1I
楯が流行らなくなったのは、必要なくなったから。

楯を持つより、竿状武器持って相手の間合いの外から叩く方が良いし、片手で持てる剣や短槍より竿状武器の方が威力が高い。
しかも、楯と武器を用意するより、竿状武器1つだけ用意する方が簡単だしね。

635 :人間七七四年:2007/08/30(木) 05:42:01 ID:xaTp6gOM
盾を持ってるローマ兵士と戦国時代の鎧武者とでは戦ったとすればどっちが強かったんだろ?

636 :人間七七四年:2007/08/30(木) 05:57:50 ID:15/S/Qpd
こと白兵戦に関しては武装の優劣はほとんど勝敗には関係ない。

638 :人間七七四年:2007/08/30(木) 08:29:57 ID:Kg8XaI+l
>>635
盾+短刀という似たような装備の明兵相手に日本刀使用の倭寇が圧勝してますね。
日本刀を見ただけで逃げ出すと言われたくらいに。

まあ、ローマ兵は錬度高い(←時代によってかなり違うけど)から、圧勝とまではいかないかもしれないが。


639 :人間七七四年:2007/08/30(木) 10:15:06 ID:v3bKnwaA
>>633
その疑問は最もだと思います。
日本での盾(簡易設置型)の使われ方を明らかにしてゆくことで、なぜ日本では持ち盾が主流になり得なかったのか、が分かると思う。

中には頭から日本は盾を使わなかったと思っている人もいるようなので、そういう誤解を解くためにも

644 :人間七七四年:2007/08/31(金) 18:02:12 ID:4w5WlqcR
>>640
春日権現験記絵には双方が機動隊みたいに盾を持って対峙し、一方が前進して、
もう一方が後退する様子が描かれている


645 :人間七七四年:2007/08/31(金) 18:17:54 ID:x8xDHXY9
>>640
塚原卜伝は、三十九度の合戦で二百五十余人を討ち取って一度も傷を負わなかったと云われているけれど、実は矢傷を六度受けているとも云う。

>乱戦の中での矢って飛んできてもよけれるかたたき落とせるもんなのかな
達人でも完全には避け切れないって事で。

平安末期以降、人口上では極少数の武士が軍事上のほぼすべてを担うようになった。
騎馬武者の一騎打ちが基本で、従者はおまけ程度の存在だった。
馬を射るのは卑怯、とかそういうローカルルールで「戦争」出来たのは
異民族と戦わずにすんだ(元寇を除く)島国という特殊な状況だったからじゃなかろうか。

戦国時代になってなりふり構わない本当の「戦争」になった時に足軽の重要度が高まったが、あくまで足軽は騎馬武者の支援兵科に過ぎなかった。まもなく鉄砲伝来、天下統一。
足軽の主たる武器が槍であったのは騎馬突撃を防ぐための壁、ってのは散々既出だね
足軽が盾を持って戦場の主役となる古来のスタイルに戻る時間はなかった、ということじゃないかな。
日本の武士が西洋の騎士ほど重装甲化しなかったのは、プレートメール程重い鎧来て盾持ってたら逃げる敵を追撃など出来なくなる。
西洋の騎士の馬上一騎打ちはある程度平和な時代のルールであり、 異民族との総力戦になった場合主役は歩兵となる。
騎士は指揮官であって、矢、弩で死なないことが重要だった。
封建領主である騎士が集団騎馬突撃で消耗することは社会的になかっただろう。
たとえば武田の騎馬武者一騎と比べて、支配してる領地、人口、地位ははるかに高かった。

661 :人間七七四年:2007/09/02(日) 02:06:56 ID:Kb3pbiyq
>>651
騎馬武者の一騎打ちが基本というのは嘘。
武士の戦法は最初から手柄の為なら何でもあり。
それに、馬を射るのは卑怯、とかそういうローカルルールも存在しない。
馬を狙うことは源平合戦の時代から普通におこなわれていた。
663 :人間七七四年:2007/09/02(日) 11:48:25 ID:ApQ9BPhM
>>661
平家の台頭のころに馬を狙うことが文献に出始めているが、
いずれもかつてはなかったことだと書かれているね。


664 :人間七七四年:2007/09/02(日) 13:12:11 ID:0lzGPGBR
>>661
一騎打ちって不良のタイマンみたいなもんだろ
平安期はたよりになるのは郎党だけだし
ほとんどそのときそのときの風をよんでの手伝い戦
チームの頭が一騎打ちを断れば弱いとはやし立て、手下にたよりないなと思わせ合力する
豪族は少なくなる。のってくれば、勝敗如何でやはり一気に体勢が決まる
有効ないくさの取引方法だったんじゃね?
那須与一が矢をうたなきゃいけなかったのもそういうことだろ
でも時代が下っていくと、武家はご恩と奉公の関係が構築されていくし
南北朝に至ってはまた平安期の不安定さな関係が増してくるが
土地との関係がミツになってきたため、土地の住人を徴兵した集団戦法が発達して一騎打ちは廃れたんだろうと思う



665 :人間七七四年:2007/09/02(日) 16:28:23 ID:EKjjE3rR
2人の武士が騎射によって一騎打ちをする・・・なんて場面は、「今昔物語集」に
一例あるのみで、他の文献には一切登場しない。
その「今昔物語集」の話でも、あくまで例外的な出来事として書かれている。
「平家物語」には、騎射で一騎打ちする場面など皆無だし、源氏も平家も普通に
集団戦法で戦っている。

よって、中世の武士に一騎打ち戦法で戦う習慣があったとは考えられない。



669 :人間七七四年:2007/09/02(日) 21:35:00 ID:0lzGPGBR
>>665
ネット調べで恐縮だが、騎射の一騎打ちあるんだね
ttp://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/bugu/bu_sentou.html
の組討戦ところに詳しい。

どうやら一騎打ちでもとちゅうに乱入ありみたい

670 :人間七七四年:2007/09/03(月) 02:46:59 ID:W1/WUgTu
>>669
途中で乱入ありなのを一騎打ちとは言わんだろ

671 :人間七七四年:2007/09/03(月) 04:45:35 ID:R5Txv6Qi
昔の戦争は一騎討ちどうこう~、西洋は貴族同士の~
→誇張されてるだけで昔から戦争は結構ガチだよ

って流れ、この手のスレだと何回も出るな



689 :人間七七四年:2007/09/11(火) 22:43:31 ID:rULDuuii
昔から盾は立てておくものだったから
立て→盾って語源じゃないの?


690 :人間七七四年:2007/09/19(水) 00:34:41 ID:1Ml4v6eR
盾って重いよ。
走ったり、剣を使うとき鈍る。
しかも一体一での戦闘ならイザ知らず、騎馬兵やら槍やら突撃してくる白刃に盾でほんとに踏みこたえようと思う??
回り込まれたり、二の手三の手に重たい盾を片手でかざしながらじゃ間に合わない。」
鎌倉の時代から盾とかあったけど、地面に立てかけるやつが主流。
戦国時代は戦闘がもっともっと大規模になっていって、攻城のときとか城壁の前まで盾で組み立てたトンネルみたいなの通って接近。

694 :人間七七四年:2007/09/22(土) 18:56:47 ID:ME6zx0mT
手に携え、能動的に相手の攻撃を防ぐことを考えた
盾がなぜ普及しなかったか、だよな?


695 :人間七七四年:2007/09/22(土) 19:06:59 ID:yYEOxqKF
そのような使い方は歩兵にかぎられること。
歩兵一人では機能しない戦術であること。
動きが鈍重であること。
騎兵に対して有効でないこと。
鉄砲に無力であること。
船戦では機能しないこと。


696 :人間七七四年:2007/09/22(土) 19:54:32 ID:1XRSVmcQ
>>1アホか。西洋でも盾は廃れとるわ。
フェンシング見れば分かるだろ。合理的じゃねえんだよ。
盾で相手の攻撃を受けてから剣で反撃…ってそれじゃワンテンポ遅れる。
基本的に武器は攻防両方に使う。その方が力も集中できるしな。
中国武術の剣術刀術も片手で戦うが盾は持たない。
残りの手はどうするかというと、武器の誘導に使う。
武器は片手で持っても扱うのは全身の筋肉で操る。

盾なんかまともに持って戦ってる奴なんかゲームの世界くらいにしかいねえよw
それもRPGっていう単なる数字の足し算引き算やってるだけの
ゲームとしてはもっとも下等なゲームの世界ばかりでねw

707 :人間七七四年:2007/09/26(水) 01:05:38 ID:30kuXwrU
15世紀ドイツの武術指南役が書いた教本
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/104.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/105.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/107.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/111.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/121.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/116.jpg
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/ahund/manual/125.jpg


708 :人間七七四年:2007/09/26(水) 02:43:25 ID:8NSKkjs7
>>707
盾っつーか、途中から武器になっとるなw
それなら始めから武器で戦えよって話だ。
盾持ちが兵法が衰退するわけだw



714 :人間七七四年:2007/10/02(火) 21:45:33 ID:f7982CjJ
思うんだが、日本の防具は足下異常に弱くないか?
いくさのときの履き物っていえば、足袋&草鞋、草鞋のみ、裸足ぐらい
足やられると意外と不自由になるもんで籠手なんかより効果的な
戦法だと思うのだがどうだろう

しかし布ってのは意外と刀からの防御になるものなのか
中国で一時期布を鎧代わりにつかってたような気もする

717 :人間七七四年:2007/10/03(水) 00:56:55 ID:DwdPk0iP
>>714
足の防御には甲懸があるよ。
足の甲を鎖で繋いだ複数の鉄板や革、もしくは鎖だけで覆って、その上から草鞋が履けるようにしたもの。

この手の小具足は満智羅や脇引同様、具足本体と比べると保存価値がないように思われてあまり残ってないとか。
どれだけの頻度で用いられていたかもわからないが、そんなに多かったわけじゃないだろう。
戦装束で履く足袋は厚手だったみたいだけど、刃物は防げないだろ・・・
馬上だと日本の鐙は足を覆うようにできているので、あまり必要なかったりして。

布を鎧代わりというと戦袍かな?
清や明のだと鋲を打ったり裏に札を貼ってるが、オール布のやつもいっぱい使われてきた。
泥棒が包丁で刺してきたら布団で防げwとか言われてるくらいだし、
昔のアメリカの防弾チョッキは綿でできていたからけっこう強いのかも?

718 :人間七七四年:2007/10/03(水) 03:18:58 ID:mTO48NZQ
>>707
その教本、最後の絵必要?w


719 :人間七七四年:2007/10/04(木) 15:55:28 ID:RV+QVyrm
現代剣道は論外として基本的に古来の日本剣術(武芸全般という意味で)では足を前後に広く開いて腰を低く落とした構えが主流だった
こう構えると下方への意識は結構強まるので足に攻撃を食らう比率はだいぶ軽減される
しかも腰を落すと太もも部分は腕や武器の真下に入ってしまい受攻面積が減り当てやすいのは脛だけになる(なので脛当てはつけるわけだ)
こうなると鎧で防ぐというよりはフットワークで避けるか手持ちの武器で防ぐほうが効率がいい
そして防ぎ損じても武器が当たるのはほとんどが脛。
足の甲きられたら終わりだがそれはフットワークと装甲で天秤にかけたということだろう。




723 :人間七七四年:2007/10/08(月) 11:09:32 ID:qE9ufBEa
日本の持ち盾
http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/75/0000141975/21/imgd9727275ghpo4s.jpeg

724 :人間七七四年:2007/10/08(月) 12:56:56 ID:tcExDfEs
>>723
もう半分が見てぇ
つか鎧格好良い

725 :人間七七四年:2007/10/08(月) 19:26:29 ID:hYf+eiBY
地中海・欧州で本格的に盾を使用したのは
「海の民族」とその後継のアッシリアだと
言われている。
メソポタミアやエジプトのチャリオットの弓に
対抗するため、円形の大盾が発達したと。

726 :人間七七四年:2007/10/08(月) 20:31:41 ID:My4CYWQh
>>723
置き盾っぽくね?
短甲は靴まで銅や鉄のもあるんだよな

727 :人間七七四年:2007/10/08(月) 20:32:23 ID:My4CYWQh
>>725
海の民というとフェニキア人?

730 :人間七七四年:2007/10/09(火) 02:05:43 ID:zvVsESSi
騎兵に対しては長槍ってのが洋の東西とわず定番だよなあ。
戦場では太刀ではなく、結局、槍だってのも常識だよなあ。

槍を使う以上、両手がふさがる、盾は持てない・・・・それだけでね?


731 :人間七七四年:2007/10/09(火) 18:35:10 ID:Sa3DQtRo
>>730
ある意味そうかも。
平安後期から鎌倉にかけての武装だと騎兵は弓、歩兵は薙刀を初めとする長物各種だから、
こうした両手持ちの武装をずっとしてたのが盾を持つ習慣が減った一因だと思う。

734 :人間七七四年:2007/10/09(火) 22:55:46 ID:4Ek7KYYY
長槍の密集隊形で騎兵のチャージを防げても、
盾ではどう頑張っても防げないからな。

その槍衾を崩すために、鉄砲が普及していくわけで。

736 :人間七七四年:2007/10/11(木) 11:32:25 ID:Eh8CCgQS
>>730
ただ日本の盾が廃れた時代はまだ日本には槍がないんだよな
そこがみんなひっかかってるわけでさ
どのみち神武東征のさなかかあとかそのぐらいからこつぜんと盾と矛が消えいきなり弓と日本刀の時代になるんだよな


740 :人間七七四年:2007/10/12(金) 04:55:09 ID:Ia66yXcB
ギリシアの長槍はローマの剣に負けてるわけで。

741 :人間七七四年:2007/10/12(金) 17:23:05 ID:1QY4NKSX
片手使いの長槍と日本の長槍はまた違うんじゃないの

742 :人間七七四年:2007/10/12(金) 23:18:10 ID:Hsm9UeK8
>>740
ローマの長槍はガリアの剣に負けてるわけで

まぁどちらの例もファランクスがまともに機能できない地形での勝負だし

743 :人間七七四年:2007/10/13(土) 03:22:19 ID:MhVKZ8rt
ファランクスの最大の弱点はそのアドリブの効かなさなのかもしれないな
まともに機能できないのがわかってるなら他の闘い方すればいいのだが団体行動の訓練にほとんど時間をとられてるからもうそれしか出来ないんだな


746 :人間七七四年:2007/10/13(土) 11:12:06 ID:sLLPq+UO
68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 03:10:47 ID:dz5gOBAl
長刀、此レ倭中国ヲ犯スヨリ始テ之有リ
[日本海賊が中国に攻めてきたときに初めて我々は長い日本刀の力を知った]

彼ラ是ヲ持チテ跳躍光閃シテ前ニ進メバ我兵ハ己ニ気ヲ奪ワレルノミ。
[彼らが日本刀を使って稲妻のように早く攻め込んでくると我ら中国の兵は集中を乱し混乱するのみだった]

倭ハ躍ヲ善クシ、一度足ヲ逆エバ別チ丈余、刀長五尺ニテ、則一丈五尺ナリ。
[日本人はフットワークが巧みで一息で1丈も飛び込んでくる。彼らの日本刀の刀身は五尺あるので一丈五尺も先から斬り込まれる事になる]

我ガ短兵器ハ接シ難ク長器ハ捷ナラズ、身多ク両断ス。
[我々の武器のうち剣などの短めの武器では日本人には近づくことが難く槍などの長柄武器では遅すぎて日本人のスピードに付いていけない、我々の多くが両断されて死んだ。]

748 :人間七七四年:2007/10/13(土) 19:48:22 ID:xsCbv92p
いつも思うんだがその陰流の目録持って海賊行為してた連中は一体何者なんだろう


751 :人間七七四年:2007/10/14(日) 07:59:39 ID:xEUW85DE
陰流の目録とるくらいのやつなら、若い時期に結構本気で剣に打ち込んでた経験を
持ってるやつなんだろうな。まあそのあと、海賊に落ちぶれたわけだがw

しかし戦場で盾が多く使われるって形は、結局、どこでも古代の話でねーの?
ほんとは、鎧がちゃんとしてなかっただけでは。
単に経済力・工業生産力の問題だけだったりしてw

752 :人間七七四年:2007/10/14(日) 17:39:05 ID:i209i8Hc

海賊って言うとただ略奪してるようにみえるかもしれないけど
実際は商人なんだよ
ただ商談がこちらに有利に成立しなければ暴れるかもよという武力を背景に商談を進めるというなんともんぁーな商人なの

また倭寇はちょうど元寇のあとすぐが一番盛んなんだ

なので拉致被害者救出、略奪には略奪で報復、軍船の焼き討ち、大陸の軍事的情勢に関する情報収集も包括的にやってた
弘安の役までの元軍の規模などの情報収集などに倭寇は大きく貢献している
のちに大陸から幕府に泣きが入って「もうやめてくれ」っていうまでは幕府は見てみぬふりで傍観していた

753 :人間七七四年:2007/10/14(日) 19:01:48 ID:Rx3s5Xdf
つか、後期倭寇の90%程が日本人ではないという現実。

754 :人間七七四年:2007/10/14(日) 20:56:22 ID:6xhszBD3
真倭二三偽倭七八 でしょ。

明の兵士は盾+刀が多かったみたいだけど、利き腕でじゃない方の片手で日本刀のような両手武器の攻撃は受け切れなかったんだろうかね。
両手と左手で腕相撲するようなもんかなと。
戚継光の鴛鴦陣を見ると、両手用の盾で倭寇の攻撃を防いでいるし。
(無論、これでは攻撃が出来ないので、それは別な兵士が行う。)


755 :人間七七四年:2007/10/14(日) 22:31:06 ID:5WtCSmYL
>>754
明と朝鮮の盾って藤を編んだものだよね。
強度はどんなもんなんだろうな。


756 :人間七七四年:2007/10/15(月) 08:14:09 ID:aCwfmXr6
>>753
>>752の後の話だよそれは

幕府が倭寇をとりしまるようになってからも倭寇という名の海賊は活動を続ける
倭刀をもって和服っぽい格好をして海賊行為をするとみんなびびってにげごしになるため
初期の倭寇を騙って海賊をする者があとをたたなかったためだ


759 :人間七七四年:2007/10/16(火) 14:15:47 ID:Vtr4ZIOm
>>755
和弓で貫通する程度の強度のようだね
http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/moukoshurai/e04.htm

760 :人間七七四年:2007/10/17(水) 14:32:59 ID:dRXY96Yr
大袖を盾に使って刀刃を避ける描写が太平記にあるね


向ふ敵を御方の射手に射すくめさせて、七人の者共鎧の射向の袖汰合せ、
跳懸々々鍔本に火を散し、鋒に血を淋ひで切て廻けるに、
山名が前懸の兵四人目の前に討れて、三十人深手を負ければ、
跡につゞける三百余人進兼てぞ見へたりける。


762 :人間七七四年:2007/10/18(木) 00:11:51 ID:dl5k+jWH
>>760
射向の袖だから左肩を突き出して進んだのか

763 :人間七七四年:2007/10/18(木) 11:37:33 ID:/8hUc8Te
脇構えとか八双とかも鎧の袖を盾にしての構えとすれば
隙がねー構えってことになるんだな


764 :人間七七四年:2007/10/22(月) 13:04:18 ID:H+jqjnG3

日本人が全力で動くとき風のように漂って動く。常に一人で陣に入って、たくさんの兵も抵抗できない。
その刀の使い方は、長い方で構え守り、短いほうで止めを刺す。しゃがんでいるかのごとく低く移動し、決して下がらない。
相手が何人いようと対応する、日本列島の中だけの絶技である。


屈大均



765 :人間七七四年:2007/10/22(月) 22:40:54 ID:rADH/Bbt
中国に大量に輸出された刀って戦に使われた事はあったんだろうか


766 :人間七七四年:2007/10/23(火) 18:18:42 ID:D2QF+F/i
時代による。
でも主に美術品扱い

769 :人間七七四年:2007/10/24(水) 18:12:12 ID:0chVec2/

南北朝時代は日本刀そのものが巨大な打撃武器の性質も兼ね備えてるからなぁ
上で出てる太平記なんかでも脚を両断した同じ刀で鎧ごとぶん殴ったりしてる描写がいくつも出てくるしな
殴るのと斬るのを同じ刀でやってる


779 :人間七七四年:2007/10/26(金) 21:30:59 ID:2KhrcWWp
「小跳して片手打の払切に切て上りけるに、太刀の歯に当る敵は、どう中諸膝かけて落され、太刀の峯に当る兵は、或は中にづんど打上られ、或尻居にどうど打倒されて、血を吐てこそ死にけれ。 」

780 :人間七七四年:2007/10/26(金) 23:34:33 ID:yz8MDzET
しかし大太刀も金砕棒も南北朝を頂点にどんどん衰退していく。
大太刀に至っては、すり上げられる(刀身を短くする)始末だしね。

集団戦に向かなかったのと、振り回す系の武器は刺突系の武器とは相性が悪いらしい。


781 :人間七七四年:2007/10/27(土) 11:56:52 ID:HhrKPlTS
刺突系と相性が悪いというのは少し誤解があって
正確には集団で使われる日本の長「槍」襖と相性が悪かった
大太刀とはいえ一部例外を除き4尺から5尺が限界だが槍なら7尺ぐらいでも普通に扱えるから
日本の槍は中心が長く柄の部分のかなり深いところまで中心が入っているためなぎ払っても穂先が破壊されない

実際中国を荒らした初期倭寇は大太刀を使い、中国の槍相手に有効だったわけだし
刺す武器と相性が悪いというと少し意味合いがずれてくる
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
長刀、此レ倭中国ヲ犯スヨリ始テ之有リ
[日本海賊が中国に攻めてきたときに初めて我々は長い日本刀の力を知った]

彼ラ是ヲ持チテ跳躍光閃シテ前ニ進メバ我兵ハ己ニ気ヲ奪ワレルノミ。
[彼らが日本刀を使って稲妻のように早く攻め込んでくると我ら中国の兵は集中を乱し混乱するのみだった]

倭ハ躍ヲ善クシ、一度足ヲ逆エバ別チ丈余、刀長五尺ニテ、則一丈五尺ナリ。
[日本人はフットワークが巧みで一息で1丈も飛び込んでくる。彼らの日本刀の刀身は五尺あるので一丈五尺も先から斬り込まれる事になる]

我ガ短兵器ハ接シ難ク長器ハ捷ナラズ、身多ク両断ス。
[我々の武器のうち剣などの短めの武器では日本人には近づくことが難く槍などの長柄武器では遅すぎて日本人のスピードに付いていけない、我々の多くが両断されて死んだ。]


784 :人間七七四年:2007/10/28(日) 01:16:54 ID:JHVe+kb/
戦国時代は一対一を考えての戦術は考えてないから槍が使われたのでは?
槍は長い方が有利という考え方があったけど
一対一を考えるなら、一撃目を避けられたら長い方が弱いに決まっている。
しかし、縦列をつくって前進するという戦術単位を考えればその弱点を補い
長い方がより有利になってくる。

倭寇なんかは、そもそも規律正しい武装集団ではない。
遊撃部隊のようなもので、一人一人が
暴れ回っていたのだろうから、携帯品も身軽さを重視していたろうと思われる。
また、鎮圧するがわにとっても
倭寇は神出鬼没で軍が駐屯している町にきてくれるものではないから
盤面のチェスのような固定的な戦場で干かを交えるというものにはなりえなかったと思う。
小集団からなる警備兵との小競り合いに終始したのではなかろうか。
そういった場合、一対一、一対多に柔軟に対応できる武器がものをいう
そのような場面で、いきなり側面に攻撃をうけた場合柄で防いでは両断される日本刀は
新たに出現した脅威だった。ということではないかと推測してみる

785 :人間七七四年:2007/10/28(日) 03:06:40 ID:HWzGAVai
槍は密集陣と相性がいいからね。
薙刀とかだとスイング、斬撃が使えなくなるから戦法の幅も狭まるしリーチの面でも不利だし。
ちなみに古代ヨーロッパでもガリア人は大振りなロングソードで武装してて散会せざるをえなかったのに対して、
ローマ軍はメインアームに刺突メインの片手槍、サブアームに小振りなグラディウスだから、
密集陣を組んで防御と密度を高められたので優位に戦えたって話もあるらしいし。
787 :人間七七四年:2007/10/28(日) 14:06:26 ID:tCODAOEy
>>785
なぎなたって突き斬りや脚払いもあるけどやっぱり主に切り払う武器だというのが一般的な認識だとおもうけど

薙刀で斬撃しないなら
なぜスイングを意味する薙ぐという字があてられていたのかね

http://search.live.com/images/results.aspx?q=%E8%96%99%E5%88%80&mkt=ja-jp&scope=&FORM=LIVSOP

788 :人間七七四年:2007/10/28(日) 16:15:46 ID:tCODAOEy
>>784
初期倭寇は確かに非正規軍で乱戦が一番強かったのは確からしいんだけど
かなり統率された部隊だったと言われてる
中国の鄭若曾は胡蝶陣と呼んで記録に残してるが倭寇は部隊長の扇の指示によって部隊が一糸乱れず行動していたようだ


789 :人間七七四年:2007/10/28(日) 17:05:02 ID:lo9NElBy
>>787
よく読めと…。
おそらく、密集陣を組むと長刀の特色である払いが使えなくなる、使いにくくなるから
槍より密集陣の相性は悪いということでは?

>>788
なる。倭寇sugeeee!



790 :人間七七四年:2007/10/29(月) 12:45:12 ID:rjyUEPBJ
>>765-766
欧陽修『日本刀歌』
邑夷造透不麦通 世借切玉破線労 
宝刀近出日本国 負皮装貼香木報 
越雫得治海東  黄白向森鶴軋
古金偉人好事手 侃服可以址妖凶

玉石を斬れるようなすごい剣はわが中国ではもう造れない
だが近隣の日本国では香木など使った美しい拵えのそのような宝刀がまだ造られている
偉人や好事家はその刀を得るため例え悪魔に魂を売ろうとも金銀を持って森や海を越える
って感じかなぁ

791 :人間七七四年:2007/10/29(月) 18:05:49 ID:hVr1lKsq
>>790
室町時代の輸出貿易品じゃなくて、11世紀の古名刀のことを言ってるから
希少価値も品質もそのように言われておかしくない物だったんだろうな。


792 :人間七七四年:2007/10/30(火) 05:52:00 ID:EDcH0KLe
盾はどこでも古代のもので、時代とともに廃れていったって認識はすでに共有されてるぽいな。
そして銃砲が発達すると、重い鎧は意味無いから、同様に廃れていくと。


倭寇の強さを、あんま賛美するのも考えものだろう。
戦国まっただなかの日本と、平和まっただなかの明人では、最初からハンデがある。
武術としては拳術・棒術を基本とする中国とは違い、柔術・剣術を日本人が基本としたのは
興味深い両民族の文化的相違点だが・・・


日本人的な戦い方というものに、大陸の人は不慣れだったってのも大きいと思うぞ。
つまり文化の違いであり、時代の違いである。

793 :人間七七四年:2007/10/30(火) 14:54:34 ID:d0s63wFF
倭寇の活発だった時代は鎌倉時代で戦国時代ではないよ
倭寇の強さを賛美って言うけど当の中国人が賛美(恐怖・畏怖)してる資料があるよというだけ

明が平和っていったって隣国には軍事大国元があったんだから周囲に危機がなかったわけではないし
軍事に力を入れてなかったとすれば自業自得だけどね

というか万里の長城が現代のこる大規模なかたちになったのは明代なわけだが…
長城の築城費用は要するに莫大な軍事費なわけで城は作るが軍隊には力を入れませんとかいうのはありえない
つまり明は明なりに軍事にえらい力を入れていたんだからハンデも糞もない


796 :人間七七四年:2007/10/31(水) 04:14:09 ID:rlOW5yMj
刀は振り回す系の武器といわれてるが
倭寇などに使用者が多かったといわれる陰流などでは受け流しと斬りが同じアクションで行われるようになっている
なので単純に振り回すのとは違い特に突きに対して大きなアドバンテージがあった

陰流系統では「突きはばか者の技」といわれ刺突攻撃はカモにされていた


797 :人間七七四年:2007/10/31(水) 17:43:56 ID:YOEaDcmG
突きへの防御がフォローされてるってのは一部フェンシングと通じるものがあるね。
フェンシングだと先制権を取った側の攻撃(ほとんどは突き)からスタートし、
この突きを如何にスムーズに防御反撃するか、またその反撃に対して如何に迎撃するかっていう、
言わば反撃と反撃のキャッチボールがキモだからね。

しかし世界的に見るとこの突きへの防御がしっかりなされてる武術は意外と少ないんだよね。
明治以降の現代剣道でも突きへの防御が滅多に見られないし。

808 :人間七七四年:2007/11/06(火) 03:44:02 ID:gVNgYu8q

日本刀は「両手」で扱う
これは両手で柄を持って離さないという意味ではない
両手で振るい
片手で振るい
両手で防ぎ
片手で防ぐ
刀身に手を添えることもふくめどんな把持も可とされる
手を添えるのみならず肩に添え肘に乗せ胸にそわせ腰に当てと千変万化
片刃で反りのある日本刀ならではの攻撃法であり防御法であろう
それらを臨機応変に変化させる
刀身に手を触れたがらないのは競技剣道ぐらいのものだろう


818 :人間七七四年:2007/11/19(月) 13:22:32 ID:RDtbfXAQ
まあ大鎧みたいな全身鎧の発達が早かったからだろうな

819 :人間七七四年:2007/11/19(月) 15:00:35 ID:15Hd9LpS
ループも良いところだが、持ち盾の機能は大鎧に吸収されてるからな。

820 :人間七七四年:2007/11/19(月) 16:00:42 ID:WQPCnbct
ループするけどある程度攻撃を弾くことが出来る鎧を持ってるのに態々片手を潰してまで盾を持つ必要が無いからな

821 :人間七七四年:2007/11/19(月) 16:09:08 ID:15Hd9LpS
まあ要するに、このスレを見返せってこったな。

品性下劣。


858 :人間七七四年:2007/11/27(火) 21:12:23 ID:4zsQ/Awq
そもそも片手で戦う武器だって片方の手で盾を持ったりしないことが多い。



861 :人間七七四年:2007/11/27(火) 21:33:14 ID:PW81fFJ6
確かに剣だと片手で振り下ろすのはきつい。
ただ古代ローマでは、剣は斬るより刺突メインだった。
個人スペースの狭い密集隊形では突いた方がやりやすいんだろう。

862 :人間七七四年:2007/11/28(水) 10:06:46 ID:oreyVOCH
日本刀というか日本剣術の場合
流派によっては片手斬りを多用する流派もある
片手斬り多用の為に短い刀を使うことを好む流派や個人もいれば
長い日本刀を両手で使うのを好む流派や人もいる
基本は両手で戦うがいざとなると隠し玉として片手打ちすることもある
また介者剣法でよくあるのは両手持ちとして防御重視で接近し、相手の死角をついて片手で脇差を抜いて留めなど
最初から二刀をもって戦う人もいた

>片手で振り下ろすのはきつい
そういうこともあるけど日本の場合はきつくならないための技法を知る流派、習得している者しか片手打ちを多用しないからそこは心配ない様子


867 :人間七七四年:2007/11/29(木) 07:45:40 ID:zLqVazKv
日本刀自体は当の武士にとっても
象徴>実用性
もちろん日本刀にも十分な殺傷能力はあるけれど
合戦での主力兵器は日本刀を上回る槍であって
槍を基準に盾の有用性を考えないと

869 :人間七七四年:2007/11/29(木) 08:07:03 ID:zLqVazKv
騎士の持つ盾はRPGみたいなのじゃなく
騎士の鎧は重く馬から降りると歩くこともままならないようなもので
馬上にて長大な槍と盾を構えて固定し、腕で槍を突き出すのではなく
馬の走る勢いで槍先を相手にぶつけて突き落とすような戦い方だね。
日本の武士はそんな歩くことも出来ないような金属鎧は着用しないw

871 :人間七七四年:2007/11/29(木) 08:44:26 ID:g0UoBNOb
>>867
時代による
南北朝時代の白兵戦は長尺の日本刀の時代
槍はそのあと発明される


872 :人間七七四年:2007/11/29(木) 09:04:55 ID:zLqVazKv
>>871
なるほどねー
そもそも足軽という雑兵が生まれたのが応仁の乱以降で
それ以前の戦は武士によって行われていたから
馬に乗る武士にとって、片手は手綱を捌くため
常に両手がふさがってしまう盾はダメだったのかもね
騎士はよくわからんがw


873 :人間七七四年:2007/11/29(木) 09:34:51 ID:FJkuv0GQ
日本の大鎧も30kgオーバーのはザラで、同時代の騎士のチェーンメイルよりずっと重く
プレートアーマーくらい重くて当初騎乗戦しか想定されてなかった。

874 :人間七七四年:2007/11/29(木) 09:35:42 ID:FJkuv0GQ
あんまり重いってんで胴丸や腹巻の登場となるわけだが。

875 :人間七七四年:2007/11/29(木) 09:53:22 ID:pkcO3yT5
騎士の盾は紋章が彫ってあって
名前や家名の表示の役割ももっていたとか
武士で言うところの旗指物の役割ももっていたみたい
この辺が欧州でなかなか手持ち盾が廃れなかった遠因ではないだろうか


876 :人間七七四年:2007/11/29(木) 14:08:06 ID:g0UoBNOb
>>873
騎乗戦も船上戦もこなしてたけどね

878 :人間七七四年:2007/11/29(木) 17:42:43 ID:nOznp7lD
>>876
さらに日本の地形上馬で戦えない所もあったから
よく下馬して戦ってたけどね



879 :人間七七四年:2007/11/29(木) 19:38:33 ID:B2IOch8O
↑鈴木信者乙

880 :人間七七四年:2007/11/29(木) 21:47:00 ID:e+lvmZ7M
>>875
ヨーロッパじゃどこそこの家中の者かを見分ける監察官がいて、
監察官は殺してはならないっていう戦争のマナーがあったし、
紋章の決め方があまりにも複雑怪奇だから紋章学っていう専門の学問も生まれたくらいだもんね。
それとヨーロッパで盾が廃れた時期が、パイクや銃火器で武装した傭兵や常備軍の発達と、
それによる騎士ら重装騎兵の衰退の時期とほぼリンクしてるのも興味深いね。

881 :人間七七四年:2007/11/29(木) 22:10:51 ID:nOznp7lD
>>879
誰も馬に乗って戦ってないなんて言ってないぞ
湿地帯とか起伏に富んだ地形が多い日本では常に乗馬して戦える訳ではないから状況に応じて下馬して戦う事もあった

一つの事が否定されると全てを否定してしまうのはよくないと思う

883 :人間七七四年:2007/11/30(金) 09:22:14 ID:pVySb0zz

日本の鎧は総重量は西欧に匹敵する重いものだったけど
小具足の軽量化と動きやすさの発達が西欧とは段違い
なので重さが同じでも体感重量はだいぶ軽くなるよ



886 :人間七七四年:2007/12/01(土) 22:43:36 ID:lcnAN5xe
小具足っていっぱいあるよね。他に何があったっけ?おせーて

・面頬 顔の防御。まれに側頭部まで覆うものもある
・喉輪(垂) 喉の防御。首全集周を覆うやつを見たことがある
・襟廻(えりまわし) 首周りの防御
・小鰭(こびれ)亀甲鉄や鉄板製。肩先を守る
・上満智羅(うわまんちら) 南蛮鎧の影響をうけた、首周りを守る鉄板
・下満智羅(したまんちら) 布地に亀甲鉄や鎖製。胴の下に着て首・肩・胸の隙間を守る
・脇引 亀甲鉄や鎖製。胴の下に着て脇の隙間を守る
・袖 おなじみ肩の防御板
・籠手
・手甲 まれに指先まで鉄片と鎖で覆ったものや、グローブ状の鎖手袋もある
・佩楯(はいだて) 太ももの防御
・臑当(すねあて) すねの防御
・甲懸(こうがけ) 鉄板や鎖・革製。足の甲を覆う。

887 :人間七七四年:2007/12/01(土) 22:47:49 ID:lcnAN5xe
大鎧も基本装備に加えて
いろいろな小具足を鎧の隙間に着けて戦っていたらしく、
隙間は思ったより少ないそうです。ほんとですか?

888 :人間七七四年:2007/12/02(日) 08:03:28 ID:hIyWqwxc
金持ちだけです

889 :人間七七四年:2007/12/02(日) 12:46:34 ID:/ydjQdiG
>>887

隙間の少なさもあるかもしれないけど姿勢の問題も大きい
普通に突っ立ってるといろいろがら空きに見えても各古流や絵巻にあるような日本的立ち姿になると存外隙間が消える
空いているけど太刀が届かないみたいな感じになる


891 :人間七七四年:2007/12/03(月) 15:01:40 ID:7kqiBNyD
重装歩兵がはやんなかったから


ニュース 民族・風習・伝統 歴史 ブログ村 ブログパーツ 


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
  1. 名乗るほどの者では…  2008/01/27(日) /13:03

    ニップルシールドwwwwww

  2. 幻の武術 ~ 猿飛陰流への道  2008/02/06(水) /11:32

    「熊野水軍」は俗に云う「八幡海賊」の流れである。
    「八幡海賊」は東シナ海沿海州を荒らし回った。その剣法は三尺もの刀を船上で用いる荒技である。
    当時隣国の明では「八幡海賊」との戦いに相当苦戦した。
    中国で標準的な戦闘スタイルは「片手に刀、片手に盾」だったので、両手で構えて斬りかかってくる倭寇の戦法に明国水兵は怖れたのだ。

    久忠は若い頃から刀術をよく使い、武者修行などで九州・関東のみならず、遠く明国などに幾度も修行に訪れ、腕を磨いたと云われる。久忠は諸国を回っている内に一族伝承の海賊剣術を洗練された剣術へと磨いていったのであろう。戦国時代以前では3尺にもなる太刀を用いる剣術は珍しくなく、戦場でも有利だった。

    http://www5f.biglobe.ne.jp/~bun-bu/budono-ma/budo%20history/sarukege%2001.htm

  3. 大日本帝国  2008/02/07(木) /12:53

    http://thumb.imgup.org/file/iup551833.jpg
    http://thumb.imgup.org/file/iup551834.jpg
    盾最強だねw

  4. 名乗るほどの者では…  2008/08/19(火) /13:08

    盾と剣を持って戦う我が軍(支那)に対して 日本の賊の攻撃は日本刀で二回か三回打ち付けられるだけだが、 往々にして防ぎきれない。 彼らの日本刀の刀法の巧妙さを推して知るべきである。 ”陣記” 何良臣

コメントを投稿する
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://teitodennoumou.blog84.fc2.com/tb.php/3-4e86c36f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。