武士と騎士 どっちが強い

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武士騎士 どっちが強い【日本】【海外】

4 名前:天婦羅騎士団 [2006/05/22(月) 22:16:35 0]
ここはモンゴル帝国の騎馬兵団をサンプルにして考えましょう
まず日本の鎌倉武士団を筆頭とする武士は蒙古襲来の時、
台風の影響もありますが結果的に勝利しました 
それに対してヨーロッパ騎士団はワールシュタットの戦いで
蒙古軍に殲滅させられているので
武士の方が強いという事にしておいてください

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6 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/22(月) 22:19:59 0]
>>4
>蒙古襲来
だから、生粋の蒙古兵は少なかったって何度もガイシュツじゃん…。



7 名前:天婦羅騎士団 [2006/05/22(月) 22:26:43 0]
生粋も糞も関係ない蒙古軍は蒙古軍

20 名前:世界@名無史さん [2006/05/24(水) 08:54:56 0]
蒙古は「戦争のやり方が上手かった」のであって
別に個々のモンゴル兵が強かったわけではない

24 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/24(水) 21:50:38 0]
>>6
生粋の蒙古兵はアリク・ブカの乱でもナヤンの乱でもクビライの大元ウルスに
勝てなかったからな。
モンゴルを基準に判断すれば、
武士>大元ウルス>生粋の蒙古兵>騎士



25 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/25(木) 01:00:23 0]
アリクブカの主戦力は生粋のモンゴルというよりオイラートやナイマンじゃなかったか? うろ覚えだが


26 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/25(木) 12:44:39 0]
アラブの「ファーリス」は武士騎士のような固定的な身分ではなく、単に騎馬戦士という感じらしい。

サラディンのアイユーブ朝が1181年の時点でエジプトで動員できたファーリスは、
司令官「アミール」111騎、上級軍団「タワーシー」6976騎、下級軍団「カラグラーム」1553騎で合計8640騎。
ちなみに海軍力は1179年の時点で、国境防備用50隻、作戦用30隻の合計80隻。

この頃の日本は、ちょうど源頼朝や木曾義仲が挙兵して源平の戦いが始まった時期だ。


31 名前:世界@名無史さん [2006/05/27(土) 09:26:22 0]
武士は武器が無くなっても、徒手空拳で戦う術を持っていたが、騎士はどうだろう?


32 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/27(土) 12:40:49 0]
>>31
武士は武器が無くなっても、徒手空拳で戦う術を持っていたが、
ソースと言わんまでも、その根拠は?


33 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/27(土) 13:48:14 0]
柔術


34 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/27(土) 14:00:21 0]
武士がみんな柔術使いだったら、
騎士もパンクラチオン使いばかり、
モンゴル騎兵もブフ(モンゴル相撲)力士ばかりになるが。



35 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/27(土) 14:14:17 0]
鎌倉時代の武士には相撲が必修の武芸として重視されていたらしいぞ。
当時のすぐれた武士を讃える常套句が「弓馬・相撲の達者」。
この頃の相撲は今とは違って土俵とか無く、戦場での組討に直接つながる格闘技だったんだとさ。


36 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/27(土) 17:16:41 0]
八幡愚童訓についていろいろと調べたら、鎌倉武士は蒙古軍に一騎討ちなんか挑んでないことがわかった。
今まで「日本の戦はお互いに名乗りを上げて、一人ずつ勝負した」だと解釈されてた
文章は「日本軍はお互いに証人になって、名を高めようとする者は命がけで勝負した」
という意味の文章を書き間違えただけだった。


39 名前:世界@名無史さん [2006/05/28(日) 12:04:14 0]
突進しかできない騎士が勝つイメージが思いつかない。


40 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/28(日) 12:06:46 0]
そうだよ。
敵が横にいても前にしか進めないんだよ。

42 名前:世界@名無史さん [2006/05/28(日) 13:24:24 O]
一枚板のプレートアーマーに対して、札を組み合わせた当世具足は伸縮性がある分、運動性は格段に上なわけだが?

47 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/29(月) 01:20:54 0]
ルネサンス期ヨーロッパの甲冑はアーケバスやマスケットで試し撃ちをして品質を保障していた。
ちなみに当時のマスケットは日本の火縄銃より威力が強い。


48 名前:世界@名無史さん [2006/05/29(月) 03:20:10 0]
>>47
ルネサンス期にマスケットがあったのか・・・
マスケットっていつからあるの?
>ちなみに当時のマスケットは日本の火縄銃より威力が強い。
これのソースきぼん。
滑空式、鉛球、黒色火薬は変わらないのに威力が違う理由が分からんです。

50 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/29(月) 07:16:41 0]
>48
前装式の銃の威力は使用する弾の重量や火薬の装填量によって変化するので、
一概に強いとか弱いとかいえないよ。
あと、玉の跡が残っている具足は、鎧鍛冶がデモンストレーション用に準備したと言う話が有る。
つまり火薬の量を減らした弱装弾を当てて「ほらこんなに丈夫ですよー」とかやったらしい。

実際に鎧を火縄銃で打つという実験をやった人がいて、結果は「防ぐのは不可能」と言う結果に。
威力的にはマグナム弾を発射する拳銃並みの威力があるらしい。
日本は小銃による鎧の駆逐が起こる前に戦争が終わって軍縮しちゃったもんだから
19世紀まで鎧が生き残ることになってしまった。


 命中率ということになると火縄銃が高い。
 ヨーロッパやアメリカで前装式の古式銃による射撃大会があるのだけど、日本の火縄銃の射撃精度にみな驚いていて、
わざわざ日本の火縄銃を手に入れて試合に出る人もいるとか。


//
マスケットが強いというのは、元々マスケットというのは
大口径大重量のマッチロックのことを「マスケット」と言っていた事だと思う。
このマスケット、取り回しが難しい上に命中率が極めて悪くてそのうち消滅してしまう。
が、名前は生き残ってその後の前装式の小銃を「マスケット」と呼ぶようになったんだよ。
こっちのマスケットは日本の火縄銃と比べて威力が大きいとか言うのは特にない。


51 名前:47 mailto:sage [2006/05/29(月) 20:05:06 0]
考えてみたらマスケットは大筒と比較するべきなのかな。
フロイスの記録の邦訳で「ムスケット」を大筒と訳してたような。

威力の強い理由は50氏の書いてるとおり。口径がでかくて装薬量も大きい。




66 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/30(火) 08:11:49 0]
初期のマスケットと同じ用途の火縄銃というと狭間筒かな?
普通の火縄銃が全長130cmほどなのが
狭間筒だと150cm以上重量は10kg前後とマスケットとほぼ同サイズで、
用途もマスケット同様、城の狭間、船舶などに固定して射撃する。
十匁玉(37.5 g)を使用。
十匁筒は士分が持った火縄銃としては一般的なので、
狭間筒は火縄銃としては特別大口径と言うほどでもない。ただ、サイズが大きいだけ。
足軽や下士が所持したのは五匁筒。
こちらは時代が下った頃の銃兵が使用したマスケットと同クラス。



67 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/30(火) 18:18:06 0]
火縄銃など身分の低い足軽が使うもの
最強の武器は日本刀だと理解できないあたり、
武士道を知らん奴ばかりだな


76 名前:世界@名無史さん [2006/05/31(水) 00:58:05 0]
>>67
逆宣伝乙w
武士は鉄砲足軽を指揮する士官役であったので、
当然自身も鉄砲の運用に精通していた。
飛び道具は卑怯とか日本刀が美意識に合うと言った世迷い事は、
幕府が朱子学者を利用したプロパガンダ。

日本刀が神聖視されるのは室町時代中期以降。
それまでは単なる汎用性の高い打ち物と言った位置付け。


77 名前:世界@名無史さん [2006/05/31(水) 01:05:07 0]
西日本で打ち物と言えば金砕棒で刀は副兵装。
頑丈な鎧着た奴には長柄の打撃兵器が有効。
日本の鑓は打撃に特化した金砕棒等の延長線上にある。
長いソケット状の茎のおかげで〔長いソケット状の茎×、長い茎状の中子とすべき〕
刀に折られる心配が無く打撃性能も高い。
スイス傭兵のピケーは日本の上代に使用された鉾と同じ袋槍だったので、
ランツクネヒトのフランベルクにポキポキ折られて負けた。
鎌倉時代には鉾が実用兵器として消滅した事から、
鑓>野太刀=フランベルク>鉾=ピケー



78 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/05/31(水) 02:29:35 0]
信長・家康は自身で鉄砲を好んで使ったし
島津や長曾我部は士分にも鉄砲を装備させたしな
部隊によっては士分一人一丁という高い装備率もあった


79 名前:世界@名無史さん [2006/05/31(水) 10:00:43 0]
ヨーロッパで火器が登場したときには教会人が「銃砲は地獄で作られた兵器」「悪魔の道具」
などと非難したそうだが、日本ではとくにそういう例はなかったと思う。

イスラム圏を通って伝来したという事情もあるのかも知れないが。


81 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/02(金) 10:56:11 0]
騎士と武士 コストパフォーマンス勝負

・封建騎士
重歩兵装備の場合-約40ヘクタールの領地
重騎兵装備の場合-約150ヘクタールの領地

・封建武士
徒武者の場合-100石取り未満(大抵は土地持ちではなく切米と言う形の給料をもらっていた)
騎馬武者の場合-軍役で騎馬を命じられるのは200石取り以上(100石取り以上から騎乗を許される)
1反から米2石の収益。
100石取りの領地は、約5ヘクタールの領地
200石取りの場合は、約10ヘクタールの領地

中世期の穀物の収穫量は作物と農法の違いもあり、ヨーロッパは日本の約1/10。
兵の動員数は
日本は人口20人につき一人の割合。(100石につき5人動員)
ヨーロッパは人口100人につき一人未満の割合。

87 名前:世界@名無史さん [2006/06/04(日) 09:33:42 0]
騎士の鎧って通気性悪くて熱がダイレクトに伝わってくるし、脱水症状起こしやすそうだなー。
特に中東なんかに攻めた日には大変だったろうな



88 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/04(日) 10:45:16 0]
秀吉なら熱攻め戦法を使う


89 名前:世界@名無史さん [2006/06/04(日) 12:50:42 0]
>>87
川に鎧を着たまま飛び込んで死んだ王様もいるシナー


91 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/04(日) 16:59:17 0]
>>87
十字軍当時は鎖帷子が多かったんでない?


95 名前:世界@名無史さん [2006/06/04(日) 21:23:30 0]
馬具20kg+馬鎧30kg+プレートアーマー25kg+騎士60kg+α
合計135kg+α
馬も品種改良のそれ程進んでない時代なんで騎士の騎馬突撃なんて嘘っぱちです。

97 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/04(日) 22:05:10 0]
早歩きくらいのスピードしか出なかったとは言うけどね


98 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/04(日) 22:13:41 0]
騎馬突撃といっても従者や低い身分から徴集した歩兵を従えて、でしょ当時は
そうなると逆に早すぎても孤立するだけだから


99 名前:世界@名無史さん [2006/06/04(日) 22:24:22 0]
騎兵は存在していたが重装化したことで機動性が落ち、重要性は低下した。

結局、装甲性を捨て機動性に特化した軽騎兵が再注目されるようになった。



102 名前:世界@名無史さん [2006/06/04(日) 23:36:34 0]
重装騎兵は疲労の蓄積が酷かっただろうなー。うんこひとつするのも大変だったろうに。


104 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/05(月) 04:00:59 0]
>>4
ポーランドなんて西洋からすれば辺境の片田舎。
軍隊の数も多くなく、技術や装備面でもイギリスやフランスに比べて劣っていた。
その例をもってして「ヨーロッパ騎士団」を評価するのはおかしい。

また騎士の強さが全盛期なのは15世紀以降のフルプレート全盛期時代だということも忘れずに。




105 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/06/05(月) 07:12:26 0]
騎士の戦闘能力ということに関しては中世初期のほうが上。
これはなぜかと言うと、中世も中ごろになると騎士同士の戦いは様式化してしまい、
戦と言うより競技になってしまっているからです。
騎士同士による戦闘死亡率はきわめて低い。1会戦で数名と言うのが一般的。
これは騎士の戦いが相手を殺すためではなく、捕らえるために行われるため。
騎士は敵騎士を人質として捕らえその身代金を取ることで収入の一部を得ていたのです。

こんな騎士たちですから、一般兵の相手をするのをとても嫌いました。
相手を捕らえても身代金も出ず、なおかつ殺されてしまう可能性が極めて高い(相手は殺す気満々)
戦うだけ損なわけです。

よって、一般兵の相手は一般兵に任せて、露払いが住んだ後で騎士同士の戦いに入るというのが
中世における戦闘では一般的でした。
そんなところにそういったルールなんかお構い無しのモンゴル騎兵が襲い掛かったらどうなるかはお察しください、というところ。

119 名前:世界@名無史さん [2006/06/17(土) 15:33:02 0]
騎士のキリスト教は貞操観念やらで同性愛を禁止しているが、
武士の世は信長の小姓・森蘭丸が有名なように、
男色にも寛容な文化であった。
古代ギリシャにおいて少年愛が一般的とされていたように、
同性愛に理解のある社会は発展するのである。
よって武士の文化の勝ち。
ホモが嫌いな女子なんていません!


170 名前:世界@名無史さん [2006/08/14(月) 03:16:45 0]
騎士じゃないが、ファランクスを見てると日本の武士は鉄砲無しでは勝てる気がしない。

概ね武士が勝てるなら、誰か説得力のある解説頼む。



174 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 05:41:42 0]
>>170
槍衾は日本でも結構使われたじゃないか


175 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 09:09:13 0]
某スレからのコピペ

98 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2006/03/14(火) 19:46:32 0
もし日本の足軽とドイツのランツクネヒトが戦ったら

まず戦闘は銃撃戦から始まるだろう。
ランツクネヒトの中隊400人のうち少なくとも50人は火縄銃兵だったというから、銃装備率は最低でも約12%だ。
それに対して日本では鉄砲隊の活躍で有名な長篠の戦いですら、3万5千の織田・徳川軍が3千挺の銃しか
装備していないので(千挺という説もある)、銃装備率がやっと12%に届いているという有様だ。
要するに、互角の兵力なら火力の勝負ですでに圧倒されている可能性が高い。

銃を撃ちつくして接近戦が始まると、重装甲のドッペルゼルドナー(倍給傭兵)がハルバードや両手剣を振り回して
足軽の槍衾を左右に払いのけながら斬りこみ、その後からパイク兵が密集隊形で前進して長槍を突きこんでくる。
比較的ゆるい隊形で戦ってる足軽はこの猛攻に耐え切ることが出来ず、戦死者を残して壊走するのだった・・・

176 名前:世界@名無史さん [2006/08/14(月) 11:15:42 0]
>>170
武士の緒戦はをバリゲードにして矢衾を展開するので
ファランクスは接近戦に持ち込む前に全滅だな


>>172
騎士はホーバークと呼ばれる鎖帷子だ。
ロングボウとクロスボウが登場して以降は板金になるが
機動力は落ちるは傭兵を避けて騎士同士でしか戦わないはと
重装化と戦闘における騎士の存在意義が低下した時期は重なる。


>>175
長篠合戦は鉄砲が本格的に集団戦術化した日本に最初の戦争だ。
爆発的に取り入れられるのはそれ以降になってからで
長篠合戦から装備率を割り出す事自体認識不足な話だ。
朝鮮の役における日本側の「唐入軍役人数島津家分覚書」では
鑓300本に対して、鉄砲1500丁に弓1500張だった。
構成比率は鑓約9%、鉄砲約45%、弓約45%となる。


182 名前:世界@名無史さん [2006/08/14(月) 18:10:21 0]
>>175
あの時代の日本の銃の総数はヨーロッパより多いんだが

185 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 18:29:39 0]
>>180
一騎打ちでどちらが強いか比べるのははいいと思うんですが、
「騎士は騎士なりの装備があり、武士は武士なりの装備がある、一番の差がでるのが装備の違いやろ」
と御自身でも言ってるように、武士が騎乗したまま戦っていた頃(平安~南北朝)のメインアームは弓なんです。
だから飛び道具禁止だと「騎馬弓兵」としての武士の存在価値が無くなってしまうので・・・
よって一騎打ちを仮定するなら、トーナメントのジョスト(お互い馬に乗って交差するヤツ)方式で
武士の武器は弓というのが公平な戦い方でしょう(実戦的ではありませんが)。
交差するまでに弓でやっつければ日の勝ち、出来なければ欧の勝ちとなるはずですが・・・
矢は何本くらい撲てるのか、チェインメイルとカイトシールドで弓はどの程度防げるか僕には分からないので・・・ゴメンナサイ。


186 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 18:49:41 0]
日本でいうと源平合戦の頃に、ギリシャで
ノルマン人の重装騎士とイベリアのアルモガヴァル軽騎兵が決闘した記録がある。

ノルマン人騎士はランスを構えて真っ向から突撃したが、
アルモガヴァル軽騎兵は馬を狙ってジャベリンを投げ、ランスをかわし、
落馬した騎士に飛びかかって首筋をダガーで押さえ勝利したという。


当時の弓矢を装備した武士ならもっと簡単に勝てるだろう。


187 名前:世界@名無史さん [2006/08/14(月) 19:01:39 O]
それじゃ、騎士は弓を持った敵を相手に弓を使わずランスで突っ込ん行くほど無謀だったの?w

現代風に言えばピストル相手に刃物で立ち向かうようなもんじゃないかw



188 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 19:06:52 0]
一騎打ちするにしても何故武士が敵に向かっていかにゃならんのかと。
変則になるが、今の流鏑馬見たく横射ちすればいいじゃない。


191 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 19:39:35 0]
>187
無謀でした。
オマケに「飛び道具を使うような奴は根性なし」と見なされていたので、弓を装備することもなし。
しまいにはローマ教会に「クロボウ禁止」とかしてもらう始末。
それに騎士は農民兵を相手の戦いを嫌っていた。
相手はこちらを殺す気満々なうえ、捕虜にしても身代金が手に入らないという
当時の騎士にとっては危険ばかり多くてまったく得にならない相手だったのだ。
そういうわけで、戦いの最初は農民兵同士で戦わせて、後半騎士同士の戦いとなるわけ。

中世の騎士の戦いは、重装甲に頼った正面突撃一点張りの、
戦術的に硬直したものなのでいくらでも対処可能なのよ。



193 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 19:53:19 0]
犬追物とかでも前方射撃なんだから、基本は前方でしょ。
一騎打ちするならわざわざ騎士に向かっていく必要は無い。
横射ちなりパルティアンショットすりゃいいでしょって事。



198 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 20:35:36 0]

>「飛び道具を使うような奴は根性なし」と見なされていた


201 名前:世界@名無史さん [2006/08/14(月) 21:22:07 O]
なんか聞いてると騎士って、ただ紳士なだけでルール無用のなんでもありな相手だと弱そうだねw

戦争では騎士より従者や傭兵たちなど身分の低くそうな連中が実は強かったってオチ?w



204 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/14(月) 21:38:08 0]
>>186
アルモガヴァルって検索しても出てこなかったけど


210 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 01:27:40 0]
>>204
Almogavares
ttp://www.aragonesasi.com/historia/almogavares.php

イベリア半島の山岳牧畜民から召集された軽騎兵部隊。
語源はアラビア語のアル・ムガーウィル(略奪者)。

212 名前:世界@名無史さん [2006/08/15(火) 01:48:39 0]
>>175
それってかなり悪質なインチキ論理だよね。
長篠の戦いの時の織田・徳川軍は全体で3万5千もの大軍を動員したから、その
中に占める銃装備率が下がってしまったんだろ。
ランツクネヒトと互角の兵力で戦うのなら、銃装備率なんかいくらでも高める
ことができた。
長篠の戦いで信長は酒井忠次率いる別動隊4千を編成しているけど、その部隊には
徳川軍から選抜された弓兵・鉄砲兵2千と織田軍の鉄砲兵500が含まれていた。
>>175に従えば、ランツクネヒトが4千人ならその中の火縄銃兵は500人位だろ。
互角の兵力なら火力の勝負で圧倒されるのはランツクネヒトの方じゃん。


213 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 02:03:23 0]
ドイツ側も「少なくとも」12%って書いてあるから融通はきくんだろう。
実際スペイン方陣なんか、16世紀末ごろには長槍と銃の比率が
1:1にまでなってたらしいし。

それより>>175で問題なのは、鑓を振り上げて「叩く」という
足軽独特の戦術がまったく考慮されてない所。
あれを欧州のパイク兵に対してやったらどういう反応になるのか
ちょっと想像がつかない。


214 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 02:38:45 0]
それに銃を撃ち尽くしたら、白兵戦の前に弓を使うだろう(江戸時代の軍学書でもそうなってるそうだ)。
日本の弓は複合弓なので、かのロングボウより強力(最大射程で前者300m、後者250mもちろんバラツキ有り)。
そう簡単には接近戦になんか持ち込めないはず。
最も僕が司令官なら双方とも、弾薬をタプーリ用意して弾切れならない様にしますが(笑)。
215 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 02:51:27 0]
弓一つが強力でも連射能力と数が多くないと勝てないのが戦争
弓が強力であれば一つ打つ時間もかかるし、使用できる
人間も限られてくる。

218 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 07:10:42 0]
>>215
確かにそれは正しい。
ただしここは騎士と武士に関するスレ。
弓は武士のメインアームの1つなので大概の者はそれなりの鍛錬は積んでいる。
武士は「使用できる限られた人間」なのだよ。

数については>>176参照



219 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 09:07:45 0]
>弓が強力であれば一つ打つ時間もかかるし、使用できる
>人間も限られてくる。

トルコ弓なんかは100ヤード以内なら甲冑も貫通できたそうだが
それでも熟練した射手なら1分間に6本の矢を放ったという。
クロスボウや火縄銃なら1分間に1発程度。

ただ訓練するのに時間がかかり、射手が大量に戦死しても
簡単に補充できないのが難点。
この点銃は工業力や人口を直接戦力に結びつけられる利点がある。


223 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 12:41:59 0]
なんでこのスレは武士っつったら騎兵って事になってんの?


224 名前:世界@名無史さん [2006/08/15(火) 12:53:18 0]
>>223
平安~鎌倉時代の武士の話だろ
どっちかというとモンゴルスタイル。
重武装の欧州、シナとは戦術が違う。


234 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 14:55:43 0]
下馬して剣での戦い(ジョストでも決着付かないときはそうなった)では、
盾を持ってる上、鎧も大鎧よりチェーンメイルの方が軽いので、騎士の方が有利だろう。
相手のドヒョーで戦えばそっちが有利なのは当然ではある。


235 名前:世界@名無史さん [2006/08/15(火) 15:13:31 0]
>>230
山がちな日本に騎馬狩猟民なんていない。
後年に東国で騎射に長けた人間が多かったのは
漢人坂上田村麻呂の蝦夷征討で技術が伝播しただけ。
蝦夷征討で朝廷側が勝利した理由は馬による機動性の優位性。
蝦夷は狩猟民だが騎馬民族ではない。

>>231
装備の差を無視してフェア?
飛び道具があるから互角なわけがない。
ヨーロッパで弓兵の育成が進まなかったから
訓練せずに玉が飛ぶ弩や鉄砲が主体になった。
発射速度や飛び道具の総数程度は考えろ。


236 名前:世界@名無史さん [2006/08/15(火) 15:18:06 0]
>>234
弓馬相撲の道だから武士が馬を射て、
騎士が落馬して脳震盪起こしている所を
喜々としてお得意のお相撲で組討して
騎士の首を狩ってオシマイ。



237 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 15:53:53 0]
ジョストでは馬を突っつくのはNGだったので・・・
実戦ではどうだったんだろう?時代が下ると馬も鎧を着せてもらえたけど、あれは飛び道具対策だよな。
でも重いし、汗蒸れるし、馬カワイソッス。



240 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 16:23:18 0]
主力は一応騎士だろ。投射兵科は陣形崩しと突撃阻止と最初の撃ち合い位だと思うが。
主力の弓兵は騎兵に踏み潰されても構わないとか考えるヨーロッパ人はすごいね。
あと、イギリスは特殊だから省いた方がいいんじゃないの。
イギリスがヨーロッパの全てって言うなら知らないけれど。

243 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 16:46:26 0]
投射だけじゃ敵を完全には倒せない。
中途半端に痛めつけた挙句、篭城されてはお話にならない。
だから最終的に武士も突戦の後に馳組戦に移行する訳で。
日本は武士が投射具も白兵具も備えていた。一方ヨーロッパではそうではなかった。
より打撃力のある騎槍を主力に置いて、投射兵科をその支援に置いた。



251 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/15(火) 23:18:17 0]
騎士の戦法も対イスラム、対モンゴルなど異教徒相手にやったやり方で考えるべきだろうね。

256 名前:世界@名無史さん [2006/08/16(水) 00:31:50 O]
>>251
騎士は何も考えずに槍突撃しましたが、何か?


257 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 00:36:46 0]
モンゴルはともかくイスラムには結構、それで勝ってる


260 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 00:44:25 0]
>>251
戦術的にはあんまし変わんないみたいだが。
十字軍では攻城戦が多くチャージ戦闘の出番が余りなかったのと、手加減無し位かなあ(スマン詳しくない)。
初期はイスラム兵の弓の方が性能が良かったが、3回目辺りでヨーロッパでは禁断の兵器クロスボウが登場し、
ヨーロッパ内でも使われるようになったとか・・・


265 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 01:18:37 0]
例えば、

平安期の
【駅馬価格】
陸奥467束、常陸・下野417束、信濃・出羽400束、近江250束、他の畿内200束


266 名前:世界@名無史さん [2006/08/16(水) 01:20:33 O]
馬は臆病な動物でハードターゲットには突撃できない。
集団戦闘で騎馬突撃を敢行するには予め敵陣形を崩す必要がある。
援護射撃を軽視して騎馬突撃した結果、百年戦争でフランス騎士は敗北を重ねた。
近世で騎兵は馬上射撃や銃手による援護射撃後に突撃した。
騎士の突撃はヨーロッパにおける1対1のローカルルールで実戦的では無い。


280 名前:世界@名無史さん [2006/08/16(水) 02:04:02 O]
フス戦争で脱穀用の竿で武装した農民にすら勝てない騎士クオリティw

285 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 02:16:58 0]
シナだとこういう例もあるね
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1122789087/197


286 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 02:17:18 0]
いや人工的な障害物を作ることはどこでもやってるよ。
杭を立てるのが一番、有名かな?
ただそれはあくまで受身の戦いで積極的な野戦は難しい。

しかし、タブリン戦術の中に突っこむフランス軍って一体何なんだ・・・
弓と重装歩兵と杭のオンパレードじゃないか・・・


287 名前:世界@名無史さん [2006/08/16(水) 02:29:10 O]
それこそ騎士の誇りだろ?
新戦術を全否定して硬直化した戦術を守り、時代について行けないまま消えた騎士らしい生き様



291 名前:世界@名無史さん [2006/08/16(水) 03:54:37 0]
>>284
ポーランド騎兵が戦闘態勢に入る写真が高校世界史の資料集に載ってたお


292 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 04:30:48 0]
>>277,278
騎兵は馬に乗っているその形態を言うのではなく
機動力とそれによる偵察力と突破力を有する部隊の名称に変化してる
正面装備としての馬の役割減ってきたが、騎兵自体の役目は馬に変わる
他の兵器で立派に期待されているし
現実に第二次大戦には騎兵師団や騎兵上がりの指揮官が活躍しているよ
(実際に騎乗している騎兵も局地戦では活躍しているけどね)


293 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 04:43:17 0]
 弓兵の天敵は実は騎兵。
防御力に乏しいので、突撃を受けると簡単に壊滅する。
その点をカバーするのに歩兵を護衛に付けたり、地形的に有利な地点を選ぶ。
基本的にはこういった三すくみが形成される

騎兵>弓兵>歩兵>騎兵

 という訳でこれら3種の兵科をいかにうまく運用するかが勝利の鍵になる。
//

 イギリスがクロスボウではなくロングボウを使用したのは、工業力が他国より劣っていたせいだという話がある。
工業力をマンパワー(弓兵の技量)でカバーすると言う事をしたわけ。
長弓兵が強かったのは、長弓兵の長所を見極めうまく運用法した点が大きいと思うよ。
//

 弓兵対騎馬弓兵の対決だけど、
足を止めて打ち合う事をすれば弓兵が勝ち、
機動力を生かして、有利なポジションに移動しつつ一撃離脱を行なえば騎馬弓兵が勝つ。
これは歩兵対騎兵にも言える。機動戦に持ち込めば騎兵が勝ち、足を止めれば歩兵が勝つ。

 騎兵の利点はその機動力なのでそれを生かさねば。


294 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 08:28:55 0]
光栄のゲームだと
騎兵<弓兵<槍兵<騎兵で全く逆だなw
実際はどうなんだろうねえ
騎兵のほうが歩兵より弓矢の防御に向いてなさそうな気がするし
人数が同じなら流石に騎兵より歩兵のほうが強いってのはないような


295 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 08:57:10 O]
いやまあ、単純な貫通力とか、殲滅力とかなら槍兵のが上だろ。一応は。単純な攻撃力と言い換えても良い
弓兵は敵から攻撃されない位置から攻撃出来るから、その点を含む総合力では槍兵の上だな

しかし困ったな。このスレの話じゃ重装騎兵はあまり役に立たない事になってるじゃないか。
俺が創作しようとしてる話に、ランスで敵歩兵陣を打ち崩し、味方歩兵達に「後に続け!」と激を飛ばす重装騎兵を出すつもりだったのに……
重装騎兵のフルプレートは止めて、投げ槍を装備させ、ランスは突撃間際に構えさせて、弓騎兵の援護を付けて突撃させた上で、突撃地点になるべく早く歩兵部隊を突撃させねばならないじゃないか


296 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 09:23:37 0]
>295
重装騎兵に限らず騎兵は使いどころが難しいよ。
近世以前の場合、遊牧民でなければひどく高価で、人馬共に訓練にひどく時間がかかるから簡単に補充できない。
安易に戦闘に投入して消耗させるには高価すぎるユニット。

基本的には歩兵によって敵を拘束しておいて、騎兵や軽装歩兵(弓兵)で側面から攻撃する。
マケドニアのファランクス戦術がそれ。
マケドニアのファランクスは衝撃力より拘束力を重視している。
槍兵が金床で騎兵がハンマーだね。

騎兵は最後の止めを刺すため、もしくは追撃のための部隊と考えればいいね。

戦いの序盤に騎兵を投入する場合は、モンゴル軍が行ったような戦術になる。
投射武器を持った軽装騎兵によって敵陣を誘導・混乱・分散させ、その後重装騎兵による突撃をおこなう。



322 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/16(水) 15:40:12 0]
重騎兵の馬って馬車馬みたいな重種馬でしょ、
装甲兵が騎乗して300mを30秒で駆け抜けるのは無理でしょ1分でも難しいかも
優秀な軽種馬に軍服と銃だけを装備した兵隊が乗ってる時でも、
戦場は競馬場みたいな平坦地じゃないから300M強/分といった所じゃなかろうか

337 名前:322 mailto:sage [2006/08/17(木) 00:47:46 0]
現代の競走馬の速度はサラブレッドやアラブ馬といった軽種馬が
斤量60Kg未満、平坦な馬場で騎手がいわゆるモンキー乗りをして出せる速度でしょ
重装備した兵隊(100kg以上?)を載せた重種馬が、戦場で0~300mを
平均36kmで走るのはまあ無理だと思いますよ
普通に上手な馬乗りが山野で軽種馬をギャロップさせて出せるのが
40km/h程度なんですから



338 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/17(木) 04:36:43 0]
映画みたいに300メートルの地点からいきなりギャロップというのはありえないよ。
相当訓練をつんだ軍馬でもそんなことしていると1回の突撃で乗りつぶしてしまう。

ナポレオン時代の騎兵突撃の例を出せば
まずは常歩で敵陣に近づきます。
これで敵陣に動揺があれば、トロットに切り替えます。
この時点で防御側は小銃射撃を行ないます。
この射撃で騎兵側が打撃を受けなければ、ギャロップに移行して突撃を敢行します。(敵まで80メートルほど)
これで歩兵側が陣が崩れなければ、突撃を中止し矛先を変えます。
こんな感じ。
騎兵の突撃によるダメージは、物理的なダメージより心理的なものの方が大きいのよ。
相手を死傷させるより、士気を崩壊させて戦闘能力をなくさせる方が第一目的だからね。


339 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/17(木) 21:14:36 0]

ネタ元の本によると、十字軍騎士の突撃が弓矢で阻止されたというのは1244年のガザの戦い
(ラ・フォルビーの戦いのことか)で、十字軍・シリア諸侯連合軍の右翼を占めていたフランク人の歩騎6千と
アイユーブ朝・ホラズム連合軍の左翼だったマムルーク騎兵6千が対峙した際のことらしい。
もし事実関係に問題がないとすれば十字軍騎士がマムルークに突撃していったと考えられる。
弓射そのものについては、グラームやマムルークは正確で素早い射撃が必要な状況では馬を停止させて
いたそうなので、必ずしも騎射の不利点を考慮に入れる必要はないでしょう(マムルーク朝時代には
下馬して射撃を始めた例もあるという)。
トルコ弓の実際的なデータとしては、17世紀にウクライナを旅して当時のクリミア・タタール人の記録を残している
フランス人のボープランという人が、タタール人は60~100ペース(約46~76メートル)先のものを正確に射抜く
といっています。
また16世紀のアラビア語の弓術教本では(孫引きですが)、正確な射撃が可能な距離の限界は、現代の単位に
直すと80ヤード(約73メートル)少々だとしているそうです。
あとG・パターソンという人は自分でも色々実験したらしいけど、徒歩でなら狙撃は60ヤード(約55メートル)が
限界だといっている(ちなみに馬を馳せながらの騎射だと10ヤードが限界らしい)。
もしマムルークが騎士の突撃を待ち受けるような状況で、2・5秒で5本の矢、というのを額面通り受け入れるとすれば、
またフランク人側の歩兵を引いた騎士だけの数よりマムルーク騎兵が多かったとすれば、騎士のランスが敵に届くまでに
相当な数の矢に直面したのではないでしょうか。騎士が時速40キロで向かってきたとしても、最後の50メートルの間に
狙いの正確な少なくとも5~10本の矢を射たれる危険があります。トルコ弓は遠距離でなければメイル・ホウバーク
ぐらいは貫通できたらしい。

ただその場合騎士の突撃が始まるまでマムルークは何をしていたのか、というのが問題。



343 名前:世界@名無史さん [2006/08/17(木) 22:57:31 0]
ヘルメットを被った人間の視界の狭さも考慮してくれ。
アメフトの選手の動きみてもどかしく思ったことないか?
ラグビーとは大違いだ。
横槍入れられたら一巻の終わり。



352 名前:世界@名無史さん [2006/08/18(金) 07:21:29 0]
騎士道精神も武士道精神も基本的なことは変わらない。

違うのは
①ヨーロッパの封建的主従関係が契約的・双務的な性格で、
 日本の武士道のような無制限・絶対のものではない。
②武士道とちがい捕虜になることは原則的には恥ではない。


377 名前:世界@名無史さん [2006/08/21(月) 01:36:44 0]
いや一対一で戦わせたら武士が強かろうよ
まあ、これは日本の戦国期で考えた場合(その後、日本の軍事は特殊な扱いになるからな)
一対一なら軽装で機動力が生かせ時間戦える方が有利
和弓、槍坂、日本刀、鎧兜で武装した武士の方が強いと思う
同時代の騎士の武装は集団戦向きであるから、部隊戦闘を前提とすると又変わるかもしれんが・・
坂井三郎が零戦一対一なら零戦で負けないと断言してるのに似てる
(落とされなければ航続力がある方の勝ちというやつ)



378 名前:世界@名無史さん [2006/08/21(月) 01:38:34 0]
ペーストミスった
槍坂→槍
時間戦える→長時間・・・


379 名前:世界@名無史さん [2006/08/21(月) 02:12:43 0]
【教育】中国、韓国などアジア留学生に奨学金、日本で就職促す…月計20万~30万円相当2千人に国支給
ttp://news18.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1156027830/

 中国、韓国などアジア諸外国の優秀な人材に、日本企業にもっと入ってもらおうと、
日本の大学で学ぶ留学生への無償奨学金制度を07年度から経済産業・文部科学両省が始める。
大学・大学院に、採用意欲のある企業と提携して、留学生向けの専門講座やビジネス日本語講座
などの2年間の特別コースを新設してもらい、その受講生1人あたり、住居費分、学費免除分、
生活費など月計20万~30万円相当の支給を検討中だ。支援対象は約2000人を想定している。


395 名前:世界@名無史さん [2006/08/23(水) 03:25:38 O]
徳川幕府成立時の日本なら、世界有数の強国なんだけどなぁ。
武士対騎士ならどうかわからんな。どっちも戦争の主力じゃないし。

401 名前:世界@名無史さん [2006/08/23(水) 21:03:23 0]
=番外編=
モンゴルの強さの秘密は逃げながら後ろ向きに騎射出来たこと。
相手は挑発に乗り深追い。取り囲まれて一気に あぼーん

403 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/24(木) 01:45:01 0]
モンゴルの騎兵戦術のほとんどは古代からステップ遊牧民が実践していたもの。


404 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/24(木) 01:48:33 0]
>軍律

これを見ると戦国時代当時のロシアもかなり厳しかったようです。
キリスト教徒なのに玉砕を強いられてます。
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1140958359/34


406 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/25(金) 13:32:14 0]
手柄の為に相手の首を獲る事を目的とする武士の戦と、
身代金の為に相手を生け捕りにする事を目的とする騎士の戦争ごっこ。


413 名前:世界@名無史さん [2006/08/28(月) 20:32:48 0]
ヨーロッパは鉄が豊富だったから騎士は装備万全。
ついでに封建時代の日本人は特に小柄。
一対一なら侍の負け。



414 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/28(月) 21:10:42 0]
>>413
ヨーロッパは鉄を加工する技術の発達が遅く装備はガラクタ。
食料に乏しく成長ホルモン漬けの牛肉も無いので体格差は無い。
一対一なら射殺されて騎士の負け。


印象操作だけの夏欧厨しかいないのか?
智将は同じ事しか言わんな


415 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI mailto:sage [2006/08/28(月) 21:14:38 0]
前近代で一番体格がよかったのは鎌倉時代。身長が150~170cm台。
平均して160cm台でしょうが、170cmも珍しくなかった。
一番小さかったのが、江戸末期から明治にかけてです。



416 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/28(月) 21:50:07 0]
同じ鎖帷子でも日本は均一な太さの鉄の輪をビス留めした鎖帷子。
ヨーロッパは棒に巻き付けて変形させた針金を組んだ鎖帷子。
日本の鎖帷子=ホーバークでは無い点を注意!



418 名前:世界@名無史さん [2006/08/29(火) 01:03:40 0]
日本の鎧はパーツ同士を紐でつないでいるだけなので、ちゃちに見える。
城も紙と木で出来ているので簡単に焼失。南蛮人もビックリ!



419 名前:世界@名無史さん [2006/08/29(火) 19:10:47 0]
>>418
おっと、中世ヨーロッパの城が木造だったと知らない馬鹿が一人登場w


420 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 19:15:54 0]
>>419
西欧はあまり詳しくないけど、木造建築の国ロシアでも14世紀にはモスクワの城壁が石造りになってりしてる。
ドイツ騎士団なんかはもっと早くから煉瓦や石で城を築いていたはず。


421 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 20:19:50 0]
中はよく燃えるんだが。


422 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 21:18:55 0]
9~10世紀のヨーロッパの城は土塁に木造の城だった。
後進地域のヨーロッパでは、この程度でも篭城されると互いに手も足も出なかった。
そこで領主や騎士は身代金や領土を賭けて馬上槍による一騎打ちを行った。
篭城して決着が着かないより雌雄を決する戦争ゲームをしていたのだ。
十字軍運動の影響でオリエント式に石造になったのは11~12世紀である。


424 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 21:31:49 0]
石造になり一見より堅固になったようだが、実際はそうではない。
同時に正教圏や回教圏の進んだ攻城戦術もヨーロッパに入ってきた。
その一つがトンネルである。
軟弱地盤上の石造城壁は下にトンネルを掘られると容易に崩れてしまった。
1215年ロチェスター城はジョン英王がトンネルを掘ると簡単に陥落した。
さらに回教圏の新兵器・投石器はより凶悪だった。
投石器の前に石の城壁はやすやすと破壊されてしまった。
城が攻め落とされる危険が無ければ、身代金以外の財産は守られていた。
しかし、城の攻略が簡単となった時代には全財産を失う可能性が出てきた。
個人の技量に頼ったリスクの高い騎士の馬上槍遊びは攻城技術が発展したシビアな14世紀にはその役割を終えた。



425 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 21:43:17 0]
ヨーロッパの城壁は大規模な都市で外周300m。
通常は外周100mにも満たない小規模な城壁だった。
さらに扉は相変わらす剥き出しで木造だった。



426 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI mailto:sage [2006/08/29(火) 22:19:21 0]
>>423
奥州十二年合戦の頃まで騒々しかった東北が例外だった様な例もありますが、
基本的に「城」というのは恒常的な施設ではなく、臨時に天険の要害に掻
を並べ、逆茂木を組み、柵や板や空堀で囲んだ空間でした。
普段から居住する様な「城」が登場するのは、15世紀以降です。
(14世紀には攻城戦が目立っているのも注目していいでしょうが)
それまでの「城」は、臨時に造られたバリケード状のものが中心。
戦闘が長引く様な場合であれば、相応の居住空間も必要とされましたが。


427 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/29(火) 22:50:29 0]
>>424
投石器はアヴァール族が欧州に伝えたという説をどっかで読んだけど
普通は十字軍で伝来したことになってるのかな?


428 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/30(水) 15:31:02 0]
ギリシャ人の伝統芸能じゃないの。


429 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/30(水) 20:53:58 O]
ヨーロッパの投石機は回教圏から12世紀頃のイタリアに伝わった。
ヨーロッパの投石機は平行錘を利用した回教圏の回回砲と全く同じもの。
グレコローマンの攻城兵器は投石機では無く、破壊鎚や大型石弓である。
マケドニアのフィリプは大型石弓を渡河時の支援兵器として使用した。
なお、これを攻城に使用したのは息子アレキサンダー大王とされる。
大型石弓は投石機に比べると射程と石弾の重量が劣った。
また、大型石弓では防衛側の小型石弓の射程に入らなければならず、射手が遠殺される危険があった。
ビザンツ帝国は大型石弓を野戦や防衛に利用したがこれは正教圏の話だ。
カソリック圏の騎士はグレコローマンと歴史的断絶があり、異なる。


430 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/30(水) 21:06:26 0]
たしかにカウンターウエイト式投石器はシリアあたりの発明らしいけど
それ以前に人力でロープを引っ張って飛ばすタイプが伝来してなかったっけ。

436 名前:世界@名無史さん [2006/08/31(木) 20:56:41 0]
加藤清正は北京まで1日の所まで攻め込んだという。
大砲も持たずに何しにきたの?って感じだよねー


437 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI mailto:sage [2006/08/31(木) 21:40:03 0]
女真族の地(オランカイ)には入ったそうですが、一日は大袈裟では。


438 名前:世界@名無史さん [2006/08/31(木) 22:30:50 0]
明末の城壁都市なんて、まともな武装もしてない流民集団に簡単に攻略されてるじゃん。


439 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/31(木) 22:37:32 0]
闖王軍は普通に大砲とか使ってなかったか?
官軍が賊の攻城砲列に向かって「陰門陣」を行った例があったはず。


440 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/31(木) 23:27:50 0]
>>439
李自成軍の攻城法
1.兵士が城壁まで走って行って敷きがわらを一枚抜いてくる。
2.敷きがわらを取り終えたら、その穴から順次城壁の土を外へかき出す。
3.穴が4.8~8メートルに達したら、一本の土柱に大綱を結びつけ、大勢で一気に引っ張る。
4.土柱が折れて城壁が崩れる。
5.火薬を充たした瓶を城壁の壊れた所に並べ、爆発させて守備兵を一掃する。


441 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/08/31(木) 23:31:46 0]
>440
5がちょっとよく分からなかったんですけど
守備兵が城壁の裂け目に下りてきて守ってる状態?


442 名前:世界@名無史さん [2006/08/31(木) 23:34:35 0]
>>438
北京城は結局、政治的謀略によって中から鍵を開けたようなもんだけどな


443 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/09/01(金) 00:18:11 0]
>>437
加藤清正vs女真族って前から気になってたんだけど
どうも詳しい資料がないんですよね。
記録自体少ないのかもしれないけど。


444 名前:439 mailto:sage [2006/09/01(金) 20:41:36 0]
読み直してみたら陰門陣を使ったのは李自成の方だった

>>442
スパイに内側から呼応させて攻略するってのも多かったみたいですね


445 名前:世界@名無史さん [2006/09/01(金) 23:05:27 0]
>>443
結局実現しなかっただろー 明に断られて。

459 名前:世界@名無史さん [2006/09/07(木) 21:53:11 0]
中国が一番強い
中国は世界の中心


467 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/13(金) 20:09:09 0]
>>459
清代前半までは。アヘン戦争で負けてから転落、今は内紛の危機を迎えていて世界の盟主に復帰するのは当分は無理(当分が永久になるかもしれない)。


468 名前:世界@名無史さん [2006/10/14(土) 22:55:30 0]
>>467
清は中華支配(漢民族)じゃないけどね。

アレが世界の盟主になったら世界が滅ぶよ。ユダヤよりタチが悪い


469 名前:世界@名無史さん [2006/10/15(日) 00:06:50 0]
ユダヤは在日
シナが覇権は取ったら・・・・
戦前の白人の人種差別にも一理あった


470 名前:世界@名無史さん [2006/10/20(金) 22:39:38 0]
漢民族は虐殺大好きっ子だもんな。真っ先に日本人はホロコーストされると思われ。


471 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/21(土) 19:40:14 0]
食べる為に殺すのは仕方が無い事。


472 名前:世界@名無史さん [2006/10/31(火) 19:21:41 0]
時代劇とは違い武士はサラブレットのような大型の馬ではなく
本来は木曽馬のような短足な馬に乗っていた。
騎士のプレートアーマーは武士の鎧と違って隙間が少なく
見た目に反して機動性にも優れていた。
そして、その硬い鎧を破るための武器も発達していた。
体格も騎士のほうが明らかに上。
正面衝突では武士は絶対に騎士には勝てない。



473 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 19:51:56 0]
小型のモンゴル馬の持久力にキエフの大型馬の騎兵は敵わなくて
逃げるモンゴル軍を追撃したキエフ諸侯軍の騎兵隊は
かえって疲弊してしまいそこにまだ余力があるモンゴル騎兵が逆襲して
大将のハリツ候は圧死の刑に処されるなどして潰滅しているが。




475 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 20:12:37 0]
ロシアは小さいモンゴル馬の耐久力を思い知らされたのか、
コサックはサラブレッドよりモンゴル馬を使用している。


477 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 20:17:39 0]
重装備は馬の持久力を奪うし、大型馬は大量の飼葉を消費する為、
ヨーロッパ型の騎士は広大な平原地帯での戦いには向かない。
フン族やモンゴルのような飼葉が少なくて済み耐久力のある小型馬が
ユーラシアでは主流だった。


478 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 20:20:50 0]
武士の弓はイングランド軍のロングボウよりも強力だし、数でも圧倒している。
実際に戦えば、クレシーやポワティエ以上に騎士にとって悲惨な結果に終わるだろ。
まぁ、衝突する前に全滅するだろうな。。。



479 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 20:54:03 0]
モンゴルの騎馬軍にドイツ騎士団も大敗しハインリヒ二世が晒し首の憂き目にあっている。


480 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 21:54:09 0]
どちらにしても遊牧民ではない日本人が
モンゴルと同じような戦闘ができるとは思えないし
仮に奇策で騎士団を撃退できたとしても
攻城兵器も攻城戦術も貧弱な日本人が逆に攻めることはできないだろうな。



481 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 22:12:08 0]
中国や日本では城攻めで水責めは常套手段だが、ヨーロッパではあまり聞かない。



482 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 22:43:40 0]
>>480
対モンゴル戦を見る限り、ヨーロッパの城が朝鮮の城よりも防御力があるとは思えないな。

483 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/10/31(火) 23:21:07 0]
ヨーロッパでは城攻めは兵器が中心だが、日本や中国では突貫工事で川の流れを変え
城を水浸しにしてしまう作戦が多い。モンゴルもウルゲンチ攻略では水責めで皆殺しにしている。


489 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/01(水) 17:35:35 0]
日本だと、上田・紀伊大田・備中高松 しか浮かばなかった。



509 名前:世界@名無史さん [2006/11/03(金) 02:30:55 O]
貧農出身の豊臣秀吉は身長158センチ

武家の織田信長は165センチ。
同じく武家の前田利家は180センチと長身。
竹中重治も身長は170台と記憶。
1800年代スウェーデンの身長平均165センチ。
騎士が存在した中世では栄養状態も悪く、ヨーロッパ人もチビ助。
ラテン系ヨーロッパ人であれば更にチビ。
騎士厨外児は現代と過去の身長が違う事ぐらい気付けw

更に鎧の強度に関してだが、「中国武器集成」で弩の威力に関する実験があった。

その結果、板金よりも革が高い防御性能を発揮する事が証明された。

白人は体がでかいとか鎧は鉄だから強いとかイメージばかりの羅列だな。
幼稚な連想ゲームはよそでやれ。
騎士厨はゆとりの二学期制度が生んだ秋厨か?


512 名前:世界@名無史さん [2006/11/03(金) 03:34:57 0]
前田利家は、長身のイケメンだったので信長公の男色相手として寵愛されますた。

しかし、栄養状態がいいはずの徳川将軍は、なぜか大半が身長150cm台だったそうな。



513 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/03(金) 03:45:01 0]
利家の義理の甥の前田慶次も6尺5寸(197cm)だったそうだ。
血統的に長身だったのだろう。



514 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/03(金) 03:46:42 0]
武士や貴族だけの集団だった時代に比べて、近代国家の軍隊は、
農民や平民などが入ってくるため身長が低くなるんだよね。


515 名前:世界@名無史さん [2006/11/03(金) 03:52:38 0]
豊臣秀頼は身長2m近かったんだよね?
やっぱり淀殿の不倫の子?



516 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/03(金) 03:54:20 0]
>>515
母方の祖父である浅井長政の影響だろう。

520 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/03(金) 09:10:49 0]
現実の戦争ではヨーロッパの軍隊は小柄で軽装備のモンゴル軍に歯が立たなかったし、
イスラムに対しても劣勢だっただろ。




521 名前:世界@名無史さん [2006/11/03(金) 10:22:06 0]
武士の方が全然強いだろ
幕末でも薩英戦争で英人負けてるくらいだから



523 名前:世界@名無史さん [2006/11/03(金) 11:17:33 O]
身長で勝ってる現代人のお前らだが、江戸時代の農民に腕力で勝てない。

身長がでかいから強い訳ではない。


531 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/03(金) 20:18:37 0]
ベトナム兵は小さく腕力でも劣るが穴倉に潜んで鼠の肉を食べながら戦える。
一方のアメリカ兵は睡眠不足でもノイローゼに陥る。
この「耐久力」の差が、
見かけでは小さく華奢なベトナム兵が大柄で腕力の強いアメリカ兵に勝ち得た大きな要因かもしれない。

532 名前:世界@名無史さん [2006/11/04(土) 00:13:28 0]

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/sintyou.htm


フリードリヒ大王と言えば巨人軍で有名だが
プロイセンでは当時180cm以上の兵士を集める事に苦労し
知的障害者であっても強制的に徴兵した。
現在の身長は成長ホルモン漬けの牛肉食べてからだな。



533 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/04(土) 02:02:42 O]
大王ではなく、その父の1世の方ですね。
ポツダムの巨人連隊でしたっけ?




536 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/04(土) 09:06:09 0]
薩摩人こそ最強で偉大なのである。

1 秀吉vs明&朝鮮の戦いでは、薩摩兵が強すぎて明&朝鮮軍から疫病神のように恐れられた。

2 関ヶ原では退却の際、家康本陣に捨て身の突撃を見せつけ家康に後世の心配までさせる。

3 薩英戦争では当時最新鋭のアームストロング砲を持った英海軍を追っ払う。

4 西南戦争では近代兵器を装備した政府軍に白刃で突撃し散々悩ます。

548 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/06(月) 22:21:20 0]
ロシアは17世紀になっても、タタールに定期的に高価な貢物をしていた。
ロシアがタタールの襲撃から開放されたのは、ロシア版「万里の長城」の
ベルゴロド防衛線やイジューム防衛線が1680年代に完成してから。

ポーランドは1648年に勃発したフメリニツキーの乱で、ほぼポーランド軍と
同数のコサック・タタール連合軍に連戦連敗。
タタールがコサックとの同盟を解消するまで、まったく歯が立たなかった。


549 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/06(月) 23:11:06 0]
東欧なら17世紀でもタタールが強力だね。
ただ、西欧や北欧にはフランスやスウェーデンがいたからヨーロッパ最強と言うわけでもないだろう・・・
ってスレ違いだな



560 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/16(木) 22:03:36 0]
足軽鉄砲隊に潰滅させられる十字軍の騎士達



561 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/17(金) 01:29:26 0]
マジでそんな感じ。でも多分最後はどっちが勝っても和解だと思うよ。
あれひょっとしてコイツらは今まで戦ってきたやつらより話が通じる?みたいな。



564 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/17(金) 01:51:34 0]
日本の農民は武装しているから、異人が占領するのはまず無理だべ。


565 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/17(金) 11:41:39 0]
農民が戦わなくても普通に無理だと思うが
16世紀なら


566 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/17(金) 14:57:12 0]
豊臣秀吉が朝鮮攻めたとき、
向こうは長く平和が続いていた(NHKのチャングムとかいうドラマがその頃)せいで
対応が遅れたそうだけど、
日本はそういう時代は平安期と江戸時代くらいなのかな?


567 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2006/11/17(金) 15:29:18 0]
平安期に朝鮮が攻めて来た時には、あっさりと撃退したけどな。


568 名前:世界@名無史さん [2006/11/17(金) 20:38:48 0]
日本が弱けりゃ幕末に植民地になってるよ


578 名前:世界@名無史さん [2006/12/03(日) 10:48:08 0]
>566
朝鮮は平和が続いてたというより、社会が停滞してたんでしょう。
一方日本の戦乱は所有権の争いが本になっているのが多く、それだけ土地私有の原理が
封建制により社会に根付いていたんでしょう。


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コメント
この記事へのコメント
  1. 名乗るほどの者では…  2008/02/05(火) /02:38

    確かに騎士は汎用性はなかったと思うけど鎧つけた馬に乗って
    タンスチャージする限りは武士じゃ勝てないと思うんだけど?
    日本の武士の槍よりランスのほうが長いし体に固定されてるから威力も
    すごくあるからw
    武士は串刺しだよwwwww

  2. 名乗るほどの者では…  2008/02/05(火) /13:25

    武士も騎士も鉄砲で撃てば終わり
    インディジョーンズ最強。

  3. 名乗るほどの者では…  2008/02/06(水) /07:34

    クロコダイルダンディを忘れるとは幕末だねー

  4.     2008/02/06(水) /13:48

    タンス…

  5. 大日本帝国  2008/02/07(木) /11:44

    確かに箪笥チャージには武士も勝てない。
    参った。素直に負けを認めよう。

  6. 名乗るほどの者では…  2008/02/07(木) /18:09

    タンスチャージw

  7. 名乗るほどの者では…  2008/02/08(金) /10:48

    ゆとりだなぁ

  8.    2008/02/09(土) /19:24

    ナイト!ナイト!オールナイト!
    ナイト!ナイト!オールナイト!
    ナイト!ナイト!オールナイト!
    ナイト!ナイト!オールナイト!

    サムライ勝てナーイトwwwww

  9. 名乗るほどの者では…  2008/02/10(日) /11:19

    >2008/02/09(土) 19:24
    君はリアル小学生か?

  10. 名乗るほどの者では…  2008/02/10(日) /16:38

    煽りも低レベル過ぎる…
    騎士ヲタはネトゲ中毒者多そう。

  11. 名乗るほどの者では…  2008/02/12(火) /14:10

    タンス投げるのか?

  12. 名乗るほどの者では…  2008/02/13(水) /15:26

    >体に固定されてるから威力も
    >すごくあるからw
    そもそもランスが身体に固定されてるような鎧は
    それこそ落馬したら自力で起き上がれない鎧なんだが…

    もっとも普通のフルプレートでも手足をばたつかせながら
    時間をかけて起き上がるしかないので
    手を地面につかなくても跳ね起きることが可能な日本の鎧と柔術家に比べるとどっちにしろ
    「転んだら起き上がれないのと同じ」だけど

  13. 名乗るほどの者では…  2008/02/19(火) /17:25

    前田慶次ってデカかったんだな
    ドラマ化するなら阿部ちゃんだな

  14. 名乗るほどの者では…  2008/03/03(月) /13:05

    騎士厨のフルプレート信仰は痛いねぇ。
    なんであんな鉄の塊をそこまで神格化するのかわからない。
    現実にはモンゴルにも中東にもフルボッコされてあっという間に廃れちゃったのに。
    最近流行のクジラ様わぁ天の御使いデスぅ~(笑)とか信じちゃってるクチとおなじ感覚なのかねぇ?
    西洋には他にいくらでも優れたものがあるだろうに。カステラとか。

  15. 名乗るほどの者では…  2008/05/18(日) /13:26

    タンスチャージ涙目w

  16. 名乗るほどの者では…  2008/05/18(日) /15:30

    >>175
    ランツクネヒトもスイス兵のように目の前に槍を突き出しているだけならば何とかしようもあるだろうが

    彼らがいかにハルバードや両手剣を左右に振り回してもそこに無い槍は払えない。日本の槍は、はるか頭上に構えられている。


    柄の中まで鋼鉄で出来た日本の槍による天空から打ち下ろされる一撃を凌ぐすべは彼らには無い。

    仮に払えたところで柄の中まで鋼鉄で出来た日本の槍の破壊は不可能だろう。

    まあそれ以前に銃保有率でいって近づく前に勝負はついてるだろうけど。

    武士の勝ち。

  17. 名乗るほどの者では…  2008/05/20(火) /18:01

    >>234
    あらあらチェーンメイルの動きにくさったらないのに

  18. 名乗るほどの者では…  2008/05/24(土) /06:41

    まあ誤字は許してあげようよ

  19. 名乗るほどの者では…  2008/06/18(水) /11:35

    バカな兵隊をバカのまま放置し道具の方をバカでも使えるものにしようとする西洋と
    バカな兵隊がいたらどうやったら優秀な戦士に教育できるかを考え、優秀な戦士の為の道具を工夫する日本

  20. 名乗るほどの者では…  2008/07/24(木) /13:38

    騎士の鎧=鉄の棺桶

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