西暦1600年ぐらいの戦国武将で、一番強かったのは誰ですか?

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西暦1600年ぐらいの戦国武将で、一番強かったのは誰ですか?【日本】【天晴】
軍団ではなく、個人でお願いします。
本多平八郎忠勝のように武将で、強かった人が知りたいです。

ニュース 民族・風習・伝統 歴史 ブログ村 

回答日時: 2007/9/20 09:51:29 編集日時: 2007/9/20 10:00:55 回答番号: 40,848,214

一番かどうかは戦わせてみないとわかりませんが

 真柄直隆 
全長175cmの超大型の太郎太刀を振り回し、最後は打たれましたが、徳川方の
向坂兄弟3人を一度に相手に対等にわたりあった。呂布みたい?

 鬼小島彌太郎 
越後上杉氏にこの人ありと言われた6尺を越す偉丈夫。
山県昌景に花も実もある勇士と評されたとか。
 
 塙団右衛門
秀吉の朝鮮出兵の際に日本軍を代表する勇士として、大日章旗を背負う。
関が原にて鉄砲大将になったにもかかわらず開戦と共に部下を置き去りにして
一人で奮戦。
最後は、大坂の陣にて一人で数人相手に奮闘するも死を覚悟、辞世の句をしたため
つつ討ち死に。

富田 重政
中条流の達人で剣豪武将。
大坂の陣で19人の首級をあげる。名人越後と呼ばれる。

上泉秀綱
剣聖と呼ばれ新陰流の創始者。
主家滅亡後武田信玄に配下になるよう誘われるも固辞。

番外編
13代将軍足利義輝
上泉秀綱に教えを受け、剣豪塚原卜伝に奥義一の太刀を授けられた剣豪将軍。
圧巻はその最期。
押し寄せる三好勢の大群を屋敷で一人で迎え撃った。
足利将軍家秘蔵の名刀を抜き身で畳に一本一本刺し、敵兵を切りまくり、
刃こぼれして切れなくなった刀は惜しげなく捨て、他の刀に取替え奮戦し、
最期はあまりの強さに恐れた敵が、畳で数人掛かりで押さえつけ討ち取る
しか術がなかった。
日本史上最強の将軍は彼でしょう。

剣豪武将は皆強いでしょうが、もっとも豪傑らしいのは一説では288cmの
斬馬刀を振りまわして奮戦した真柄直隆や、逸話にことかかない、
塙団右衛門あたりでしょうか。

※本田忠勝が個人的武力に優れていたのかは少し疑問ありです。
なぜなら、彼の息子が当時流行の剣術をならおうとしたとき、
忠勝はそのようなものは歩卒の兵の技で、一軍の大将が習うべきのもの
ではない、そんなものを習うと戦場での駆け引きの勘がにぶるので
辞めろと。

忠勝は無敵の小部隊戦闘の妙手ではないでしょうか。


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