武士 VS 騎士 【日本】【天晴】

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1 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 20:53:52 ID:vYs7p5/i
ヤリなんぞ中性騎士の鎧には役立たない
刀なんぞ一度斬りつけただけでぼろぼろになる
斧やランスでブッ殺されて終了



2 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:01:56 ID:RNwVXKkC
つまり武士の勝ち

4 :種子島:2007/02/21(水) 21:15:33 ID:wLWxv6zY
世界に誇るTANEGASIMAで鎧ごと撃ち抜いてくれる
これからは銃の時代よ

5 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:20:20 ID:vYs7p5/i
弾こめてる間にランス部隊に突撃食らって全員死亡

6 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:23:22 ID:LtmDzhOS
実はチンギススレ?

7 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:25:50 ID:SFVD2877
流れを読まずにマヂレスすれば、
機動面で優位にあるのが侍。
刀剣等は主な到死要因にはならず、弓鉄砲が主要因。
機動を生かした戦術をとれるならば重装備の騎士に勝目は無いと。

8 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:27:12 ID:VC0p7zwu
騎士は絶対数が少ないだろ。
100人対100人ぐらいで戦争って言ってたぐらいだからな。


9 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 21:59:23 ID:7w+loWSO
転がせば騎士は起きれないから死亡確定

10 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 22:43:37 ID:yr4l60TA
騎士って後ろ振り向けないから機動力でかき回されたらアウト

11 :名無し曰く、:2007/02/21(水) 22:50:41 ID:/FpzZB/0
ケツがかゆくてもかけないからアウト

12 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 03:38:42 ID:9KKqYpaV
鎧着たままうんこするからアウト

13 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 05:39:07 ID:brnkBdf2
刀剣でガチ勝負したら武士の勝ち。鎧ごと真っ二つになるのは騎士の方
硬度、切れ味等 日本刀>>>>>世界各国の刀剣類だから
日中だかと日清戦争だか忘れたけど昔、中国の兵を日本刀で相手の刀剣、鎧ごと
叩き砕いて兵を倒してたらしい。日本刀は背中の方に曲げられてて技術が難しく
折れにくい形状らしい。
社会の先生から聞いた

15 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 10:29:31 ID:gIEjQ4Nf
逆に日本刀は鎧の隙間を斬るもの西洋の武器は鎧の上から叩きつけるものというのがセオリー。以外に間違って認識してる奴多い。兜割とかあるけどあんなの一発芸。でも武士の方が機動力あるってのは禿同。

17 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 11:36:35 ID:u3h6+qVZ
東欧諸侯連合軍が弓騎兵のアウトレンジ射撃で一方的に殲滅された
現実があるんだよな。


18 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 12:51:32 ID:Zjumf4sp
>>17
だから?
騎士VSモンゴル騎兵じゃないでしょ。
そのモンゴル騎兵もフランス重装歩兵とやりあってたら
どうなっていたかわかんないよ。
ワールシュタットの戦いは兵力比でも4:1でモンゴル軍優位だった訳だし。

そもそも重装騎兵だけが騎士じゃない。

21 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 13:46:51 ID:U9dQdsAL
そこで種子島の出番ですよ

22 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 14:13:18 ID:U8S7nyrX
少なくとも武士の主力兵器は刀じゃないだろ。

頻度的には、
弓→槍→刀。
火縄銃もあれば使う。

鉄砲は南蛮から渡来したが、
戦国期に拡がった量産体制、装備率は圧倒的に日本が世界一だったそうだ。

23 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 14:16:08 ID:lBFogu0M
平野が少ない日本で板金重武装+騎馬が使えるのかが問題だ。

26 :名無し曰く、:2007/02/22(木) 19:44:19 ID:u3h6+qVZ
>>18
そのフランス重装歩兵はイングランド弓兵の前に敗走してるんだが。
重装兵はこいつらを近接戦闘に持ってける指揮官がいないと全く役に立たん
加えてモンゴル軍は前衛に征服した地域の歩兵が居る。


27 :名無し曰く、:2007/02/23(金) 00:30:49 ID:C4BlmSZ1

男尊女卑に見えて実は母ちゃんの尻に敷かれている武士>>>レディーファーストと抜かして毒見をさせる騎士


29 :名無し曰く、:2007/02/25(日) 02:08:00 ID:oj8efMHW
どっちにしろ、鉄砲の物量は比べものにならないくらいに日本の方が多いんだから。
長篠の二の舞だろ。


36 :名無し曰く、:2007/02/27(火) 15:33:07 ID:WGbeR7m4
>>1は知らない
中世騎士の鎧と盾の重さを
>>1は知らない
中世騎士の鎧の中は汗でグチャグチャなのを
>>1は知らない
中世騎士の鎧を着て、ランスを持って軽快に動くなど不可能であるということを

37 :名無し曰く、:2007/02/27(火) 17:19:24 ID:5auAOcz5
時代によるだろうけど
一人じゃ馬にも乗れないくらい重くて、可動性きびしいみたいね

41 :名無し曰く、:2007/02/27(火) 23:05:55 ID:tj9gWjY4
ヨーロッパがチェインメイルの頃は日本は大鎧や胴丸か・・・
札が鉄小札なら胴丸のが防御力ありそう。


43 :名無し曰く、:2007/03/01(木) 11:49:10 ID:4QCSNBJb
食ってるものが違う
日本の武士は玄米だけ
騎士は肉
たんぱく質が足りないよ玄米だけでは


44 :名無し曰く、:2007/03/01(木) 14:56:17 ID:MoIzClLb
どんなに卑怯な手を使ってでも勝つのが武士。
正面きっての戦いを義務付けられ卑怯な手を使うと豪い目に合わされるのが騎士。
まともな武士なら、板金鎧着て戦いを挑んでくる騎士と正面対決するわけなんてない。
機動性で撹乱して動けなくなったところを死ぬまで殴り続けるだけ。

46 :名無し曰く、:2007/03/02(金) 21:18:56 ID:uMglQvyk
ジェダイの騎士

51 :名無し曰く、:2007/03/06(火) 20:38:27 ID:BQGs2T69
騎士も武士も相手を殺すのは組討がほとんど。
つまり柔術がある武士の圧勝。

52 :名無し曰く、:2007/03/07(水) 08:36:19 ID:6Drg453w
体格が違うので、へぼ武士の格闘技は役に立たずなぶり殺される

54 :名無し曰く、:2007/03/07(水) 17:05:54 ID:j3cV3vok
そもそも騎士って馬のってなんぼじゃないの
コロシアムみたいなとこで1on1やったらまず武士が勝つだろ

57 :名無し曰く、:2007/03/08(木) 15:25:15 ID:2iIqVVpC
当時の日本人の平均身長とか軍馬の質から見ても不利だと思われ。忠勝とかそのへんなら勝てるんじゃない?

58 :名無し曰く、:2007/03/08(木) 15:41:24 ID:5eP9hLvP
忠勝は身軽な装備だったそうだ

59 :名無し曰く、:2007/03/08(木) 15:57:59 ID:g+5paWmp
>>57
日本人の平均身長は江戸期になって縮んだ。
中世は現在の日本人男性の平均身長と殆ど変わらなかったそうだ。


62 :名無し曰く、:2007/03/09(金) 14:15:17 ID:/1HSA+ed
騎士って飛び道具使わないんだぜ?

というか何故使わなかったんだろう
武士やマムルークみたいに弓を携帯すればいいのに
騎馬突撃が病み付きになっちゃったのかな?

63 :名無し曰く、:2007/03/09(金) 16:22:59 ID:X4qu5f/s
>>62
・鎧が重過ぎて腕が上がらない
・西洋式の弓は取り回しが面倒で馬上では使えない
・遠距離兵器など下層階級が使う武器
どれでも好きな答えをどうぞ。

64 :名無し曰く、:2007/03/10(土) 11:25:07 ID:Ox2eQDoZ
カタフラクトは斧投げるから騎士じゃありませんかそうでしたか・・
チュートン騎士やプロノイア兵もやボイヤーも重装甲ですが騎士じゃありませんかね?

67 :名無し曰く、:2007/03/11(日) 10:13:10 ID:fBds0dJI
ちなみに騎士って元々は騎兵が雇えるくらいの有力者って意味でランスで突撃するものの意味じゃない
ナイトは訳すと太夫くらいの意味でそこまで位は高くないし国家への功労者ってくらいの意味で商人でも学者でもOK

 それから飛び道具は時代が下るにつれてどんどん主力になる クロスボウが主力になる頃には騎兵の仕事は追撃戦
 エドワード黒太子なんかどんどんロングボウ推奨 騎士が弓矢使わなかったのは十字軍時代まで

68 :名無し曰く、:2007/03/11(日) 14:53:43 ID:UGhj5jrX
黒太子は庶民出身の長弓兵をひたすら集めて射撃(モードアングレ)
一方フランス軍は騎士の騎馬突撃こそ戦の華とか言って無闇に突っ込んで敗北


72 :名無し曰く、:2007/04/04(水) 17:48:05 ID:f2/Lp6vQ
騎士より忍者の方が強いよ^^

75 :名無し曰く、:2007/04/05(木) 18:33:06 ID:3OKpDJuY
虎眼先生はいすぱにあ剣術に勝ったから侍のほうが強いと思う

79 :名無し曰く、:2007/04/09(月) 10:05:48 ID:WmN4aYIz
20世紀初頭まではそこまで肉体に差がなかったんだけど、
食事の差から一気に開いていったんだよね。


87 :名無し曰く、:2007/04/24(火) 16:05:43 ID:rH/0Rf6j
日本が山岳地帯なせいか騎馬戦すらろくにないしな、
日本人は馬から下りて戦うと戦国の時代には書かれてる。

88 :名無し曰く、:2007/04/25(水) 00:47:16 ID:6f2I6C4U
馬に乗って戦ったらお馬さんが傷ついてかわいそう。

89 :名無し曰く、:2007/04/25(水) 10:53:47 ID:xlRs/Ila
もともと日本で行われていた騎馬戦は、実際には騎射戦だからな。
日本馬は体が小さく馬力に欠けるから、騎乗状態での戦闘にはむいていない。
折角新田義貞が広めた薙刀も、結局は廃れちゃったし。

90 :名無し曰く、:2007/04/26(木) 00:34:26 ID:qQSq39xN
つまり日本ではヨーロッパに比べてお馬さんが傷つくことが少なかったってことか。
よかったよかった。

92 :名無し曰く、:2007/07/14(土) 00:36:42 ID:6zgqsGhm
ttp://www.4gamer.net/review/m2tw/img/02-01.jpg
歴史ゲーム板って事でゲーム画像だけど
実戦で使ってる鎧なんてこんなもんだろ
野太刀でも十分ぶった切れると思うぞ

95 :名無し曰く、:2007/07/15(日) 01:54:38 ID:UPDGJxDT
ttp://www.youtube.com/watch?v=L_vw_ldzlhU
ttp://www.youtube.com/watch?v=m8LDgLmkw0s
ttp://jp.youtube.com/watch?v=6uNgR4L3lkc&mode=related&search=

こんなのとまともに殴り合いしたら絶対負けるだろ…
武士は機動力を活かして弓で戦うのが正解だと思う。

96 :名無し曰く、:2007/07/15(日) 02:49:29 ID:hevDHFUA


転ぶと起き上がれない×
転ぶと起き上がらせてもらえない○



99 :名無し曰く、:2007/07/18(水) 01:45:34 ID:Na9UGFkj
何時の時代の話にするかでもかなり話が違ってくるぞ
武士だけ取っても鎌倉までの個人vs個人の儀式的な戦いと
それ以降の集団vs集団の合戦では


101 :名無し曰く、:2007/07/27(金) 19:13:45 ID:uaQ9j8Nu
じゃあなぜ装備が圧倒的に軽いモンゴル帝国騎馬隊に騎士がボコボコにされたのか
装備が強いはずの十字軍騎士がイスラム兵達にボコボコにされたのか




103 :名無し曰く、:2007/08/01(水) 13:45:48 ID:f2zHsdl1
装備は強い弱いというより相性だろ?

もし自分がモンゴル帝国騎馬隊と戦うなら間違いなく武士の当世具足を装備していきたい
西洋甲冑に比べて軽いし、弓対策はされているし取れる戦略の幅も広がるからな
でも、もし拠点防衛とか一対一の決闘なら騎士の西洋甲冑を選ぶ


104 :名無し曰く、:2007/08/01(水) 13:57:12 ID:u5wgOiPP
あの頃の戦いは機動力の高さが命だろ。
重装備はあんまり役に立たんよ。
百年戦争でも重装備の軍が長弓兵にボコられたわけだし・・。


110 :名無し曰く、:2007/08/13(月) 19:52:11 ID:Qr4tzD7U
>>95
一番上のとか、孔明にかかったら一瞬で火の海になりそう。


120 :名無し曰く、:2007/08/14(火) 13:45:44 ID:afpkZ4C/
>>119
重装備の兵と軽装備の兵が白兵戦したら前者が勝つのは常識、
モンゴル軍ですら西洋騎士の突撃で中央突破を許したことがあるんだよ。
弓矢だろうが刀だろうが無視する甲冑を着ている騎士相手に零距離で戦意を維持できる
兵士が何人いると思う?

まあそんな騎士連中もさんざん殺されてるんですがね


121 :名無し曰く、:2007/08/14(火) 16:52:12 ID:ziNIdnbp
>>120
戦術、戦略、計略次第で戦況は変わるんじゃないかな?
いくら何でも重装騎士団と武者軍団が正面から相対して、せーので両軍突撃したらそら武者軍団は不利よ。
戦車対装甲車みたいなもん。

1対1の決闘だったら戦い方にもよると思うけど重装騎士の攻撃は武者には当たらんのでは?
武者が逃げ回って鎧の隙間に突き入れられるかどうかじゃない?
まぁ、あくまで重装騎士対武者の考察だけど。
スレタイは騎士対武者だからねぇ。

134 :名無し曰く、:2007/08/15(水) 23:15:37 ID:pSXs01Tb
油かけて燃やしたりとかはどうだ?
とかいうと騎士武士関係ないな(笑

138 :名無し曰く、:2007/08/16(木) 15:16:19 ID:QGsvXB97
日本刀で隙間は狙わんだろ。
脇差に決まってる。
まぁ極端な話火縄銃持ってる方が勝つだろ。

141 :名無し曰く、:2007/08/16(木) 17:58:33 ID:4pvkRKj2
武士が集団戦で勝っている部分もある、くらいじゃね?
勿論個人戦でも、武士が勝ってるところがあるだろうし

142 :名無し曰く、:2007/08/16(木) 18:01:59 ID:m2QqnGV5
上泉信綱クラスが騎士とどう戦うかみてみたいw


143 :名無し曰く、:2007/08/16(木) 18:13:38 ID:m2QqnGV5
理論値では騎士のが強いのかもしれんが結局は戦う人の技量だと思うのだがどうか。


組討ちったって剣道三倍段っていうし組むのは難しいとおも。

あと、礼儀化したのは剣道になるにつれてだから剣術レベルでの話しではないかと。
剣じゃないけと西郷四郎あたりが強くなりたきゃ道をすてて古流(術)をやれっていってなかったっけ?

146 :名無し曰く、:2007/08/17(金) 02:46:57 ID:C4vESNMQ
西洋騎士騎士で実際強がった人ってどんな人居るの?
1500~1600年位で。

148 :名無し曰く、:2007/08/17(金) 08:47:16 ID:arLjNEPQ
>>146
その辺の時代になると
貴族が前線であまり戦わなくなりーの 銃が定着してきーので
名将はいても猛将って感じの人はあまり居ないな…

149 :名無し曰く、:2007/08/17(金) 09:40:29 ID:mc7V3r5U
強がった人は沢山いるんじゃなかろうか
強かった人は知らんけども


156 :名無し曰く、:2007/08/17(金) 20:16:47 ID:lbblnM7/
騎士っつーのはようは武装した地方領主+α。
んで、火器が充実してくる頃になると騎兵隊として組織された軍隊が出てくるようになる。
例によって初期の傭兵騎兵はカスでした。


157 :名無し曰く、:2007/08/18(土) 13:33:11 ID:gjfurcVm
まともに戦ったらあれだけど
山で戦えば重装備の騎士は動けないんじゃね?


166 :名無し曰く、:2007/08/19(日) 23:04:15 ID:/7cIe10f
海外に行った浪人集団はどうなったのだろう


167 :名無し曰く、:2007/08/20(月) 01:57:43 ID:1FrvEwTX
>166
海外にいった浪人たちはその忠実な態度と高い錬度から高い評価を受けたと何かで読んだ覚えがある。
彼らは自分が奴隷であるという認識は希薄であったとか。
別の話しだったかな?




騎士と武士と言っても時代による。
1200年あたりの騎射できる武士とリングメイルやチェーンメイルで武装した騎士じゃ騎士なんてお話にならない。
プレートアーマーができる16世紀は武士は騎射できないけど鉄砲の保有量が世界一だしなぁ。
ていうか、武士は日本だけど相手側の騎士に国の指定はないのか?
フランス騎士なんかは上で結構言われているけど15世紀でもかなりの重装甲だ。
ジェノバやドイツは機動性がいい鎧を着ている。ミラノとドイツは当時最高峰の鎧産業。
ジェノバの場合は騎士というより傭兵だけど。

騎士じゃなくて軍だったらまた面白い議論ができるんだけどなぁ。
スイスのパイク兵とかイングランドのロングボウとか。
16-17世紀は鎧としては完成度が高いけど騎士がもう戦場からいなくなっちゃうしなぁ。

179 :名無し曰く、:2007/08/23(木) 13:50:57 ID:xbtT9S9+
一対一のガチ勝負なら騎士の方が強いって思ってる人がほとんどだけど、武士の方が強いだろ。
西洋の鎧でも十分動けるって言ったって日本の鎧に比べれば全然じゃないの?
間接のところが工夫してあるっていったって基本重いんだからそんなに動けないだろ。
側転が出来るって言ったってあれは手足ピンと伸ばせばできるし。
さらに武器も重いんだから騎士の攻撃が武士に直撃するかかなり疑問なんだが。武士の攻撃が効かないって言ったって鎧通しもあるし。
あと上に上がってる動画見たら頭と腕だけよろいで体は皮のベストみたいなのとか結構いるみたいだがそう言うのは機動力があっても刀で切れそうなんだが。


181 :名無し曰く、:2007/08/23(木) 14:21:16 ID:XfM0HQ78
つか武士の鎧って対弓用だろ?

182 :名無し曰く、:2007/08/23(木) 22:38:09 ID:flpKSvg0
どっちの鎧(装備)も対騎士、対武士用装備じゃないからな。

もし、武士対騎士の戦いの歴史があったらお互いどんな装備、戦略、戦術で戦うか見ものではあるが。

体格では騎士に歩があるから単純集団戦は武士キツいんじゃまいか?

昔の日本人は身長低かったっしょ。


184 :名無し曰く、:2007/08/23(木) 23:51:34 ID:oV/juwcH
>182
戦国時代の日本人は平均160、江戸は150台だったとか。
理由は戦国時代には肉が食されていたが、江戸ではその文化が消滅したから。
ヨーロッパ側も身長は現代ほどではない。
というか、身長は地域によって高低がある。

チェーンメイルは板金と鎖の複合鎧だから、槍や弓に強いとは言いづらい。
187 :名無し曰く、:2007/08/26(日) 01:51:28 ID:E87pHMki
戦中もよおしてきたら騎士涙目武士悦。


188 :名無し曰く、:2007/08/31(金) 18:55:37 ID:6GFeTnhq
西洋の鎧着て全力疾走は無理
あと転んだら起き上がれないというのも半分本当だった
敵がいたら片足で押されるだけでいつまでも起き上がらせてもらえない


189 :名無し曰く、:2007/09/02(日) 00:11:29 ID:2EsHJCtR
その足斬ればよくね?

190 :名無し曰く、:2007/09/03(月) 17:52:03 ID:8v6d2k00
起き上がるとき地に手を突かなきゃならないから足切ろうとすればまたひっくり返る

192 :名無し曰く、:2007/09/03(月) 21:54:55 ID:Jag1ii22
>108は鎧着て素手で柔道でもやってたのか? どんだけ特殊な状況を想定してるんだ?

例え寝っ転がってる相手だろうが、包丁持ってたら足で押さえ続けるなんて無理だろ
足掴まれて差されてお仕舞い。

194 :名無し曰く、:2007/09/04(火) 17:02:15 ID:Xkga1xZh
立ち上がるときにちょいっと押されるだけでゴロン

いつまでも押さえつけ続けるとは誰も言っていない


195 :名無し曰く、:2007/09/04(火) 23:49:27 ID:nP6fh6lF
ちょいっと押さえる間がやばいんですが、相手は小回りの効く武器常備してる連中なんですが。
つかおまい何キロの鎧きたのよ?


197 :名無し曰く、:2007/09/05(水) 15:23:04 ID:JHbp5gZG
サムライ vs 騎士

キムが楯を構えて斬りを狙う体勢になっているのに対して、山木は斬鉄剣シリーズで使う、いつもの構え。 山木曰く、この構えは突きも斬りも自由自在にできる攻撃主体の構えだとか・・。

キム「いやぁ!!!」
キムが斬りを仕掛けるのに対して、山木が一歩引いて避けます。
その瞬間・・・
躊躇うことなく、突いた!!
どうやら、山木は殺る気まんまんのようだ
ただ、キムも予定していたのか楯でいなす!
そのまま楯で打ちかましを仕掛けるところが、戦略的に上手いっていや上手いのか?
山木「あ・・・ウグ!」
楯の一撃が右手にヒットしたみたいだな。山木の顔がちょびっと歪んで・・・そのまま揉み合いに・・ ならなかった。 変形の大外刈り? 小手返し?? よく解らないが、ひっくり返されたキムに馬乗りになって、首狩りを決める山木。

でも、これは勝負ありだろうな。誰が見ても、間違いなく。

なにせ、キム、一人で起き上がれないワケだし。
キム「うーぐー。助けてくれぇ・・・・」
手足をバタバタさせても一向に起き上がれない姿は、なんか情けないな・・・。


オオスミ「立て!立つんや、キム!お前はそれでええんか!?山木をコテンパンにするん
     やなかったんか!お前が勝たな、俺の給料の歩合が・・・いや、今が男を見せ
     る時やぞ、キム!!時代はお前に追い風を与えてるんや!」
キム「そっ、そうか! 時代は俺を求めているんだな!」
時代の追い風だか何だか知らないが、ドラクエの“さまよう鎧”のような形でオオスミに立ち上がらせられたキム。 おいおい、大丈夫か? 足元フラついてるぞ・・・?

まだだ、まだ終わらんよ!! ウァー!!!
どこかのアニメキャラクターのようなセリフと共に、特攻するさまよう鎧!
しかし、あわれかな、その剣は簡単にかわされ、いなされ・・・
クリティカルヒット!!
キムのノド元に痛恨の一撃!! って、大丈夫なのか?
今の攻撃、鎧着てなきゃ、確実に致命傷な箇所だぞ?
キム「ぐえ・・・」
ノドへの一撃で息が詰まったのか、さまよう鎧の動きが急に鈍くなった・・・って、当たり前だ!!

追い討ちのような脚鎧の繋ぎ目への攻撃で、動きが完全に止まる! フラフラになった所に、蜻蛉の構えからの一撃が楯ごと頭部へ・・・・って、大丈夫なのか!?

今の状況は、キチガイに刃物というか・・・バーサーカーというか・・・一方的になってきた感じだ。
キムには可哀相だが・・残念ながら、機動性が違い過ぎる。まぁ、そのアレだ。
簡単に言うと、勝ち目が無いってやつだな、うん。

キム「まいったぁ・・・・・」
ガシャーン・・・・   剣と楯を落とし、鎧の奏でる崩壊音とともに、堕ちるキム。
今度こそ、勝負はあった・・・
キム「う・・・・ぇ・・・」
うん・・・・キムの様子がおかしい・・・?
まさか、その破滅的な咽びは・・・まさか・・・
ウゲェ~~
編集部注:あまりにも見苦しいシーンの為、編集部で修正を加えました。御了承ください。
☆!■×@▼β★!!!!???
うわぁー 仮面を着けているから、もちろん、その状況は押して知るべし・・・・
なんて言っていいのやら・・・。昼下がりの公園、こんな結末が待っていようとは、誰が想像しただろうか・・・・



198 :名無し曰く、:2007/09/07(金) 18:44:32 ID:GBA08nr9
うーんこのコピペみたいに誰かに手伝ってもらわないと起き上がれないほどではなかったけど
相手がついて邪魔されながらだとやっぱ起き上がるのは難しいよ

それから足で押されるってのはこれが模擬で練習だから足でやってくれてるんで実際ならそのままたこ殴りでもいいし鎧の隙間に武器で攻撃されるんだって

プレート着てるときまず後ろにひっくり返されるわな
で倒れた瞬間からまず相手が見えないのよ空しか見えない
で急いで起き上がることになるんだけどまずうつぶせの状態にゴロンと自分の体を返さないと起きれないのよ
でそこから四つんばいになって起き上がるんだけどこのとき脇の下とかお尻とか股間がすきだらけになる
OTZ←こういう姿勢のときに後ろに回られるとどうしようもないのよ見えないし
で腹をちょこんと突かれたり足引っ張られたりして潰されると言うわけ

仰向けの状態から前に起き上がるって手もあるんだろうけどプレートって胴体の中が結構空洞になってて前後に長いもんだからつっかえるんだよね腹に
肩も前には自由に動くけど背中側に回すのが結構痛いんだよね
手足が重いし厳しいよ



201 :名無し曰く、:2007/09/10(月) 19:05:59 ID:99G66g62

騎士が完全装備で戦場に立つためにはそれこそ貴族の屋敷が立つぐらいの費用がかかる 穀物に換算して第二次大戦時の相場であらわすと戦車一台分に相当するそうだ。
日本の鎧も高価ではあったがさすがにこんなにしない。
騎士一人分の費用があれば武将クラスの意匠を凝らした高級品でも10領以上作れるんじゃなかろうか
一般の武士用のものならもっと安く出来るわけでもし双方で消費できるコストをそろえたら
完全武装の騎士一人に対して完全武装の武士が数十人用意できることになる
騎士は武士団にあっというまに飲み込まれて終わりだな


203 :名無し曰く、:2007/09/11(火) 19:01:59 ID:Y7cIiCcx
なるほどな
時代によるけどヨーロッパ各一国と江戸幕府だと大量の銀を背景にした江戸幕府のほうがはるかに資金面では潤沢だったな
食料もヨーロッパより恵まれてたし




204 :名無し曰く、:2007/09/11(火) 22:47:06 ID:sYym8VyE
当時主食にしていた米と小麦の生産方程式があまりに違いすぎる。
小麦の生産数少なすぎ。
三圃制度を採用してもトータル面で米の生産量に勝てないし。


205 :名無し曰く、:2007/09/14(金) 16:58:44 ID:3Ky3flbu
100人近い武士にフルボッコされる鉄の塊か…なんかかわいそうになってきた


206 :名無し曰く、:2007/09/14(金) 20:43:27 ID:7+yMjM4X
204だけど、計算式を載せておく。
意味ないかもしれないけど。

「小麦」
収穫量
―――
播種量

「米」
収穫量
―――
土地面積


この計算式をみれば穀物の生産量の差は明らか。
稲は水に強いから水害による被害は少ないし、日本がそもそも米作りにもってこいの地形。
ヨーロッパは小麦じゃ足りないから大麦とか育ててたけど、それでもなぁ。


207 :名無し曰く、:2007/09/14(金) 23:42:59 ID:PgUeNbL2
え?計算式は?


208 :名無し曰く、:2007/09/15(土) 04:47:30 ID:fP3iAGLT
>207
本当は計算式なんて大それたもんじゃない。

西洋農業
収穫量=播種量

日本農業
収穫量=土地面積

西洋の農業の効率の悪さは、種を撒かないとお話しにならない。
撒いた種が収穫に比例する。
詳しい収穫の算出法は失念した。

日本の稲は地力を取らず、水と土地があれば莫大な食料が生産できるのが強み。
地力は大きいと思う。
西洋は地力を取らないジャガイモがあるけど、収穫量はそれほどでも。


209 :名無し曰く、:2007/09/16(日) 04:28:23 ID:THqwuzSk
ジャガイモがヨーロッパに入ってきたのは割りと最近だったはず


210 :名無し曰く、:2007/09/16(日) 20:32:23 ID:Dfe/3Zfl
それまではカブとか喰ってたんだよなたしか


211 :名無し曰く、:2007/09/16(日) 21:02:56 ID:cvF9dmC1
ジャガイモが普及するまではヨーロッパ人の身長は150以下もざらだった


212 :名無し曰く、:2007/09/21(金) 18:30:28 ID:5e5BzILj
地力がわからなかったりする


213 :名無し曰く、:2007/09/22(土) 01:42:23 ID:LFdO5y3o
要は土地に含まれる養分の量でしょ


214 :名無し曰く、:2007/09/22(土) 05:25:58 ID:aqB7bXBQ
>212
213のいう通り、土地に含まれる養分のこと。
作物の大多数はこの養分を吸収しながら成長する。

ただ、土地には蓄えられた分の養分しか存在せず、この養分を吸い取ってしまったら土地を寝かせて養分を蘇らせなくてはならない。
といっても、作物によって吸収する養分は違うから、違う作物をローテーションで回すと無駄がなく養分が土地に蓄えられる。

例を挙げるなら、
ある土地にはA、Bの二つの養分が存在する。
そしてa、bの作物があり、aはAの、bはBの養分を吸収する。
ということは、aはBの養分を吸収せず、bはAの養分を吸収しない。
つまり、aの作物を育てている間はBの養分が土地に蓄えられ、Aの養分が減少する。
次にbの作物を育てるとAの養分が土地に蓄えられ、Bの養分が減少する。
連作は養分を吸いすぎるから駄目。

これを上手く使った農業体型が三圃農法。
小麦→大麦→休耕
のローテーション。
休耕の時に牧畜なんかもしたりする。動物の糞は地力のもとになるし合理的。

稲やジャガイモは地力を吸収しないから連作可能だったはず。


長文スマソ。
てか、世界史板にいった方がいい気がするのは気のせいか?


215 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 00:58:28 ID:MHnpEqcG
昔、学研の学習でこの話題をやっていた。

騎士は鎧が重すぎて身動きがとれないとのことだった。



216 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 01:59:41 ID:n7RNfw5B
要するに

足利義輝

カール大帝

ってことだろ。義輝の圧勝。


217 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 02:22:13 ID:SU13LvhC
騎士には熱湯と火を使え


218 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 02:42:36 ID:MHnpEqcG
集団戦法になったら武士より騎士の方があきらかに不利。

219 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 03:24:08 ID:iPMeOD3t
どっちもまとめてローマ軍団に蹂躙されて終了

220 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 04:49:59 ID:MHnpEqcG
ローマ軍のような古代の軍隊にはやられません。

221 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 05:24:18 ID:peVWYbp+
場所によるな
闘技場みたいに逃げ場や隠れる所がなく、平坦で狭い場所の1対1だったら騎士の装備でフルボッコ

広い地形や山岳、林など闘技場以外の地形だったら武士だな
隠れながら五時間くらい逃げ回り、相手がうんこ漏らすのを見てうっとりする

隠れる所や障害物があると騎士は圧倒的不利じゃね?



222 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 06:30:33 ID:6rTM7N+n
同じ条件でというのならお互いに相手の試合を見せて、一ヶ月後試合てのはいかがです?
期限までに作戦練ったり武器準備したり、ロマンないので飛び道具は無しで、あとはなんでもあり。
これならある種平等かと思います…なんか武士が凄いかっこで出てきそう…

223 :名無し曰く、:2007/09/23(日) 08:03:53 ID:3WM9EyCP
一対一こそ武士に有利だろ


224 :名無し曰く、:2007/09/24(月) 21:10:45 ID:lv9GehjY
西洋甲冑は対銃弾用に中央に鎬を作って威力を緩衝させる構造になってるうえ
一枚張りの鉄板を当てるから対刃防御力にも優れてる。
反面、重いし間接が曲げづらい(要は運動性能が低い)から和製の南蛮具足なんかでは草摺や籠手を練皮製にするなどしてスムーズに動けるよう工夫してた。
でも洋の東西を問わず、実際に白兵戦を行う兵卒はこんな高級品は買えない。
日本の足軽や下級武士が簡素な胴丸付けて戦ったように西洋の兵卒は綿毛を詰めた木綿の服の上から雨合羽みたいな形の鎖帷子をガボっと着た格好で戦ってた
豪壮なプレートメイル着れるのはある程度身分のある武将だけ。



226 :名無し曰く、:2007/09/24(月) 23:36:15 ID:K7rtlxl+
鎧通しという武器があってだな

237 :名無し曰く、:2007/09/25(火) 23:54:41 ID:nWRJz2Ma
そもそも騎士ってあの鎧どうしたんだろ?
遠い戦場に着て遠征はしないだろうし、馬車とかで運んで
直前に装着?

238 :名無し曰く、:2007/09/26(水) 00:25:06 ID:+YWNI47d
モンゴル軍が欧州相手に有利に戦ってるし、イスラム勢力だって十字軍を苦しめてるんだし、だいたい斬るのは鎧の隙間だから動きの悪い騎士には勝てるんじゃね?
剣術やってるやつの意見だが…


239 :名無し曰く、:2007/09/26(水) 03:50:30 ID:1MO0u3Ky
動きが悪いっつっても、ゴシック式のフルプレートとかだけだろ?
確かディスカバリーチャンネルかなんかで、甲冑着込んだまま身軽に動き回ってる映像(前転とか)を見たことあるぞ

モンゴルとか十字軍の時代なら、着てるのは鎖帷子にサーコートを羽織ってる程度、これくらいの装備はどの地域でもわりと普通

240 :名無し曰く、:2007/09/27(木) 10:43:07 ID:gFxYbceq
>>239
>確かディスカバリーチャンネルかなんかで、甲冑着込んだまま身軽に動き回ってる映像(前転とか)を見たことあるぞ
そのどれもが日本の甲冑ならもっと身軽にできる動き

>モンゴルとか十字軍の時代なら、着てるのは鎖帷子にサーコートを羽織ってる程度、これくらいの装備はどの地域でもわりと普通
その時代の武士はまるで短刀のように巨大な鏃のついた矢を馬上から射掛ける時代


241 :名無し曰く、:2007/09/27(木) 18:34:31 ID:/X+nX5b5
>>237
戦地で装着することもあれば城砦から甲冑着込んだまま戦場まで移動することもある。
ただ眉庇のバイザーを下げると視界が悪くなるから兜は外して従者に持たせるか戦うときにだけ下ろしてた。


242 :名無し曰く、:2007/09/28(金) 01:44:25 ID:gdF0AJEZ
実際軽装同士の方が良い戦いになるんじゃないでしょうか?
因みにフルプレートは固いと言われていますが、お互いフルプレート+ブロードソード+盾装備で戦うとどうなるのかも気になってます…微妙にすれ違いですが…


243 :名無し曰く、:2007/09/28(金) 07:30:57 ID:66dT2+zt
武士はKATANAしかつかっちゃいけないんすかね?

槍や鉄棒、戟に近いタイプの武器なら武士が有利じゃないかな?

ちなみに、斬るって動作は威嚇以外あまりしないと思いますよ。思いっきり突くんだよ


244 :名無し曰く、:2007/09/28(金) 09:57:40 ID:1jvQqzou
昭和の剣聖YK曰く
「突は馬鹿者の技ゆめゆめ乱用控えるべし」


249 :名無し曰く、:2007/09/29(土) 13:17:03 ID:XR8FdKvL
長刀、此レ倭中国ヲ犯スヨリ始テ之有リ
[日本海賊が中国に攻めてきたときに初めて我々は長い日本刀の力を知った]

彼ラ是ヲ持チテ跳躍光閃シテ前ニ進メバ我兵ハ己ニ気ヲ奪ワレルノミ。
[彼らが日本刀を使って稲妻のように早く攻め込んでくると我ら中国の兵は集中を乱し混乱するのみだった]

倭ハ躍ヲ善クシ、一度足ヲ逆エバ別チ丈余、刀長五尺ニテ、則一丈五尺ナリ。
[日本人はフットワークが巧みで一息で1丈も飛び込んでくる。彼らの日本刀の刀身は五尺あるので一丈五尺も先から斬り込まれる事になる]

我ガ短兵器ハ接シ難ク長器ハ捷ナラズ、身多ク両断ス。
[我々の武器のうち剣などの短めの武器では日本人には近づくことが難く槍などの長柄武器では遅すぎて日本人のスピードに付いていけない、我々の多くが両断されて死んだ。]



250 :名無し曰く、:2007/09/29(土) 18:01:44 ID:Pq9CNhJ2
事実戦国時代の朝倉配下の武将にいた真柄直隆は五尺三寸の太刀を使用して、織田の武将が三人ががりで倒したそうです、使い手は少なかったようですが、国内でも十分な脅威だった様です。
上級武士vs上級騎士なら武士有利じゃないかなと…



251 :名無し曰く、:2007/09/30(日) 00:42:38 ID:9epo1bHQ
五尺三寸て160cmぐらい?
そんなもん実際に振り回して戦えたのか疑問だ
誰か再現してくれんかね?
こないだ千本斬りした人とか、最初にやったえらい人とか


252 :名無し曰く、:2007/09/30(日) 00:52:40 ID:Suq6wkA5
251
一応真柄直隆は身長190越えの体重200越えだったとか…聞いた話なんで詳しくは…ただ事実なら一般的な体格じゃないから比較対象にならんかも…武器の『太郎太刀』は熱田神宮の宝物館にあるから見れるらしいす…
しかし実際使い勝手は不明ですね…野太刀はでかいの多いらしいですが…


253 :名無し曰く、:2007/09/30(日) 14:13:02 ID:h2U4KJYF
160センチぐらいだと2000グラムちょいぐらいか

254 :名無し曰く、:2007/10/01(月) 22:14:02 ID:oM1K+pyL ?2BP(0)
五寸三尺って服部半蔵の身長じゃねぇかw
太刀かっけ~~


255 :名無し曰く、:2007/10/01(月) 23:41:02 ID:rfxLoE9f
こういう時ってサラブレッドは全然役に立たないな、斤量65程度で故障必至と呼ばれる脚であるし
武士にしろ騎士にしろ、軍用馬は基本的にポニーより少し大きい程度だが脚はサラブレッドの2.3倍は太い

257 :名無し曰く、:2007/10/02(火) 22:42:53 ID:TWQPlQbp
武士は弓も銃も使い放題(というか主武装)だが、騎士は飛び道具が一切使えない。
勝敗はやる前から分かりきってる。
仮に騎士にも飛び道具の許可を出しても、使い方も分からないので勝敗は変わらん。

因みに欧州にも銃を使う騎兵などがいるが、あれはあくまで騎乗の兵であって騎士じゃない。
その時代になると騎士はただの社会上の階級(貴族の底辺)でしかない。


258 :名無し曰く、:2007/10/03(水) 18:31:34 ID:Z8qxZ5lD
MythBusters - Cutting a Sword (Part 1/2) http://www.youtube.com/watch?v=qD5U_4IHteQ
MythBusters - Cutting a Sword (Part 2/2) http://www.youtube.com/watch?v=lTGJPUHEfPM&mode=related&search=


259 :名無し曰く、:2007/10/05(金) 10:21:37 ID:NYmdyrtc
騎士って実際の戦闘ではあんまり戦わないんじゃないの?

260 :名無し曰く、:2007/10/05(金) 15:31:52 ID:lZ45ckAX
>>257
聖ヨハネ騎士団は?

261 :名無し曰く、:2007/10/05(金) 18:23:38 ID:2pn+gJ9Y
ただの宿泊施設です

263 :名無し曰く、:2007/10/06(土) 14:27:34 ID:fWsXvoAN
鎧を着けたまま馬上からのドロップキックで敵を落馬させそのまま首を掻き斬る
http://homepage1.nifty.com/sira/taiheiki/iganokami.html
浄妙坊が甲の手先に手を置いて、「悪しう候、浄妙坊」とて、肩をずんと踊り越えてぞ戦ひける
鎧を着けたまま平均台のような橋桁で味方の頭に手をかけて飛び越える一来法師
今で言うフリーランニングに近い身のこなしを身につけていた。
http://homepage1.nifty.com/heiankyo/heike2/hei15.html
馬上から巨大な太刀を振るい比叡山軍をなぎはらう佐治孫五郎
大太刀で馬の足を切り敵を吹き飛ばす豪鑒と豪仙
通常剣がもたないはずの峯で殴っても相手が血を吐いて死ぬという非常識なサイズの太刀で雑兵どもの胴体を胴丸ごと割ったと言う福間三郎
http://www.j-texts.com/taihei/tk008.html

西洋の最大に覆った状態と比較したら多少覆っている装甲が少なくてもこの身軽さと破壊力を両立したうえでの重装甲である。
懸垂や腕立て伏せなど多少のパフォーマンスは出来ても実質的には西洋の鎧を着た騎士はほとんど突っ立ったような高い腰でノタノタ近寄りながら武器を振り回す程度の機動性しかない

とここまで考えればどちらが有利かは言わずもがな

268 :名無し曰く、:2007/10/07(日) 04:38:06 ID:sGPgbTwZ
軍隊としての強さなのか、それとも戦士としての強さなのか。


269 :名無し曰く、:2007/10/07(日) 14:35:08 ID:jf6sNEve
起き上がれない

http://www.imgup.org/iup479190.jpg
鎧が重くて起き上がれないので敵側に何度もやっつけられていた人。
可哀相~(笑)だれか助けてあげて~



272 :名無し曰く、:2007/10/08(月) 06:25:59 ID:EW3nKhQo
結局だれにも邪魔されなければ起きれるが邪魔されたら鎧の重さに負けるというだけの話では?
>>197とか

275 :名無し曰く、:2007/10/08(月) 10:51:48 ID:OkSH75ZV
別に整地された狭い場所に一対一で閉じ込められた場合は西洋の騎士のほうが有利ってのは何度も出てるし誰も否定してないがなw
転ばなければね
逆に広ければあるいは竹林など遮蔽物や起伏がある自然の地形で戦場の移動にルールの制限がないならば動きやすさで勝る武士が時間の経過と共にどんどん有利になっていきますよというだけの話



276 :名無し曰く、:2007/10/08(月) 10:56:02 ID:OkSH75ZV
>短いツバイハンダーレベルだな・
刀や太刀だとこのサイズ(五寸三尺など)を振るのは無理とか言い出すやつ多いけど
実際はよくある長さってことね



282 :名無し曰く、:2007/10/09(火) 01:09:35 ID:DZFDHwbU
西洋騎士なんざしょせん傭兵、なるべく余計な戦いをせずに
陣取りして、そのうち領主がなんとかするだろうっていう連中だ。
食い物なきゃ契約破棄なんだよ。
戦国時代の武士は出入り上等のヤクザと思えばいい。相手ブッ殺してなんぼ。

米と麦の差だ。


283 :hage:2007/10/09(火) 01:14:41 ID:uNV+Jj/J
重武装の筈の騎士だってたいした装備の無いイスラム軍に負けてる。
(主に戦略の不備で疲れてる時とか)

特に重武装の鎧のせいでクタクタになってる所でね。
十字軍の歴史を見れば分かるけど。


そもそも日本の戦場の主力武器は槍だろ。


284 :名無し曰く、:2007/10/09(火) 01:59:23 ID:zpnnC4FM
>283
サラディンと戦った時が良い例だな。ただ、たいした装備が無いってのは異論がある。
あれのメインの戦法は騎馬弓兵なんだが、そいつらがどれだけ育成に時間が掛かって尚且つ
人間とは比べ物にならないぐらい飯を食って水も飲むのを知らないのか?
優れた馬具や高度な馬術だって、職人や部隊を何年も練成しないと使い物にならない。
西洋の騎士を戦車とするなら、彼らは戦闘機だと思えば良い。
大量生産することで生産性は向上するとはいえどっちも物凄く金がかかるんだよ。

たいした装備が無いなんて言い方は、あの時、世界で最も文明的だったイスラーム文化に失礼だ。

285 :名無し曰く、:2007/10/09(火) 12:24:36 ID:HEc4D1zD
>>283
>そもそも日本の戦場の主力武器は槍だろ。
時代によるな。日本は槍の時代は実は意外と最近(つっても六百数十年まえだが)
◇武器の移り変わり◇
矛(ソケット式の短槍)+盾&弓&たまに上古刀(直剣)
弓&平造り日本刀(騎馬同士の戦いにおいて矛が蕨手刀に負ける→早速取り入れる)
和弓&たまに日本刀(馬上打物時)
和弓&薙刀&たまに日本刀
和弓&薙刀&長い日本刀
和弓&長い日本刀
日本刀(北朝に統一後、一時的に戦争なしなので。土一揆とかは知らん)
<このあたりで室町幕府自壊>
和弓&槍(中心(nakago)式のため世界でのいわゆるSpearとよばれるものより頑丈)&ごくたまに日本刀(全部の絵巻見たわけじゃないが不思議なことに日本刀率と槍率はあんまかわらんのはなんでだろ)
和弓&長槍&鉄砲
<このあたりで江戸時代>
日本刀


投石とか丸太落したりとか熱湯撒くとかそういうのは割愛ね


286 :名無し曰く、:2007/10/09(火) 12:27:37 ID:HEc4D1zD
>>285
室町幕府崩壊のタイミング間違えたw
もう一列下だな
まあ見リャわかるか


287 :名無し曰く、:2007/10/09(火) 22:34:25 ID:zpnnC4FM
>285
(全部の絵巻見たわけじゃないが不思議なことに日本刀率と槍率はあんまかわらんのはなんでだろ)
推測だが、なんだかんだ言って長くて嵩張る槍は邪魔なので携帯に向いてない上に、山勝ちな日本の事
サブウェポンであったとしても腰物の方がが利便性には優れていたんだろうと思う。
ましてやいつ補給を貰えるか分からないような戦場であれば、刀で戦ったとしても不思議ではない。

洋の東西を問わず、旅人が槍を持たずに剣や刀、あるいは弓などを携帯したのと同じ理屈なんだがどうかな?


288 :名無し曰く、:2007/10/10(水) 00:27:31 ID:0V934NFn
戦国時代の戦いって主力は投石だろ

常識で考えても農民兵が弓矢なんか使えないし

290 :名無し曰く、:2007/10/10(水) 02:35:40 ID:kc9D/i7J
破れた騎士達は、装甲煌びやかな戦場の花形から落ち、ただの兵科の一つになっていく
相手の陣形に突撃して突き崩すという騎兵の存在価値は第一次世界大戦まで残っていたが
最早、戦場の主役は銃であり、相手を追い回さなくても引き金さえ引けば殺せる時代が到来する…


あー、銃好きには悪いが本当に近代の戦争はつまらん

武士と騎士が戦場を往来していた時代が本当の意味での戦いの時代だったと思うぜ。
自分達の二の腕で殺すの殺さないのを決めていた時代こそがな。
だからこのスレは面白いんだ。


292 :名無し曰く、:2007/10/10(水) 12:49:11 ID:5aq2U03i
>>288
武士以外でも弓使えるやつはそれなりにいたよ
騎射や3人引きは無理でも半弓はわりと武士以外にも使われてたよ狩猟用として
まあ引いて放てばいいだけだから狙撃は無理でも弾幕は張れるんじゃないかな
たしか真田の領民も戦時に弓で加勢した筈だが



293 :名無し曰く、:2007/10/10(水) 18:02:57 ID:GMqwz5mC
機動力の低い騎士では釣り野伏や啄木鳥戦法や十面埋伏なぞ成功しにくそうだな
軽装の蒙古騎兵が強かったのも上記のような作戦を使用して追ってくる西洋の兵士達を伏兵で殲滅したおかげ
機動力の低い騎兵なぞ単なる鉄屑の塊にすぎない



294 :sporran :2007/10/10(水) 22:48:19 ID:rTY3j1Mh
>>機動力の低い騎兵
そもそも日本には騎馬武者はいても騎兵隊という物自体なかったのだが?



297 :名無し曰く、:2007/10/11(木) 03:45:51 ID:7qGruCIW
戦国時代には馬上で弓を使う武士があんまりいなくなっちゃったね(馬上で鉄砲を使う武士は出てくるけど)
源平のころなんて遊牧民でもないのに騎馬はみんな弓騎兵だったのに


298 :名無し曰く、:2007/10/11(木) 04:04:13 ID:7qGruCIW
>>250
南北朝時代の大太刀もすごいよ
ttp://japantrip.tripod.com/nodachi/odachi_gallery.html
これとかやばすぎwww全長377cm、刃渡り226.7cmってw
ttp://japantrip.tripod.com/nodachi/norimitsu.html



299 :名無し曰く、:2007/10/11(木) 11:05:08 ID:VcswI0M6
>>298

>>263も同じ時代?
それ自体は奉納用だろうけど、四尺五尺(132~165)ぐらいは割と普通だったみたいね
なかごがなげーなそれ
つーかそんなでかくても14kgしかねーのか

301 :名無し曰く、:2007/10/12(金) 02:54:03 ID:SmePLr2v
>>294
騎馬隊は兵科として存在したが、部隊ごとの分散配置で西洋のように大規模ではなかったってところでは。
部隊編成ははっきり兵科別に分けられ、
長柄(長槍)足軽、鉄砲足軽、弓足軽、騎馬、旗持ち、徒士(徒歩の侍)・近習(侍大将の警護)、小荷駄からなってる。
これで数百人を構成し備と呼んだそうだ。

騎馬は武士身分だから、ヨーロッパの中世騎士のように従者を連れていたけど、
従者も突撃に付いて行く騎士と違い日本の従者は主の武器持ちで、原則戦闘に参加しないそうだ。
古代ローマの騎兵の従者も同じ。


302 :名無し曰く、:2007/10/12(金) 02:57:36 ID:SmePLr2v
もっと過激なやつだと某アマチュア歴史家が騎馬隊を否定してるけど、
あの人の本は読むに耐えない俗説で、とても鵜呑みにできるもんじゃない
ほかにも刀は首切り用だったとか(首を取るのは脇差や鎧通)、乗馬戦闘はほとんどなかったとか、 とてつもないことばかり書いてる。
戦国後期に鉄砲の影響で西国で下馬戦闘が増えた、くらいにしとけばいいものを。
昔から飛び道具が優位になれば、ロングボウに苦戦した百年戦争のフランス騎士のごとく下馬するもんだ。
北条家では1571年に騎馬武者に馬鎧の着用を義務付けた軍令状が残っているし、
徳川家康が信長に300領の馬鎧を贈った記録もある。
源平のころには、馬ごと敵に突っ込む馬当というショック戦法もあった。

戦国時代の乗崩戦法が突撃かどうかまではわからん。

日本の馬はポニーサイズだからというのもあんまりな言い方で、150kg程度のポニーを連想させるが
鎌倉末期に戦で埋葬された軍馬128体は平均体高130cm、300~400kgはあり一般的な西洋軍馬より小さいとはいえ、
突撃騎兵で有名なスエーデンの軍馬(装備目録によると騎兵用馬は体高113~133cm)より体格はいい。
同時代の西洋の馬はサラブレッドというのも滅茶苦茶。サラブレッドは18世紀に成立した種だし
競走馬で非常に負傷しやすく軍用には使えない。


この本が売れたばっかりに、あんな珍説が出回ってしまったのが至極残念。悪影響は計り知れない。
槍が主装備だったことや、鉄砲の普及で刀槍の出番が減っていったのは間違ってはいないが・・・
それがどうして刀はほとんど使われなかったと飛躍するのやら。
朝鮮出兵では朝鮮や明の記録に、日本人が振り回す長刀にはなすすべもないとか、
我々は鉄砲でなく日本刀の切れ味に負けたとまで言われてるのに。

もはや史家からは相手にされなくなってきているし、学会からは黙殺されてる。


303 :名無し曰く、:2007/10/12(金) 03:31:50 ID:SmePLr2v
戦国時代は甲冑を着たもの同士で戦う介者剣法で、北辰一刀流みたいな素肌剣法とは別物。
遠距離からの鉄砲玉すら跳ね返す、鋼鉄で全身を覆った当世具足の武者の胴を斬ってもノーダメージで刃こぼれするだけで、
もっぱら鎧の隙間を狙ったり(といっても脇や首など鎧の隙間には、鎖帷子や金属の小札を綴った小具足を付けていたが)、
野太刀で力任せに殴り打撲や骨折、脳震盪を起こさせたりし、最後は鎧通などで組み打ちし首をとった。
戦国時代には巨漢の力士を雇って大太刀を振り回すのが流行ったが、斬るというより鎧ごとブッ叩いてたんだろう。
南北朝時代にマサカリや金棒が流行ったのも似たような理由か。
股間を斬り上げたりもしていたらしい。


湯浅常山は常山楼筆餘で、甲冑は鋼鉄であり、斬ったり突いたりするのは容易ではない。
平時にいたずらに斬る、突くなどという練習をしても戦場では役に立たないことが多く、
10回戦えば6、7回は組み打ちになるのは必然で、だから相撲を取って組み打ちに備えろといってる。
刀や槍で何回斬る突くしてもなかなか死ななかったんだろうな。


304 :hage:2007/10/12(金) 07:19:19 ID:XMAeKMHs
まぁあの人は「歴史家」ではなく「小説家」だからね。
小説として見たら面白い文章なのは間違いないけど、あいつは事あるごとに
「史料」を持ち出して「ワテ、研究してまっせ!」というニュアンスをするくせに
竜馬のエピソードとか嘘ばっか。

本人にはどの辺に嘘と本当の境界があるのか知りたいくらいだ。

またそれに騙されちゃうしね、タチ悪いよあの人は。


305 :名無し曰く、:2007/10/12(金) 16:10:26 ID:suKkvCFt
>>265
まさかドロップキックが実戦でそんな形で実用化されるとは思わんかったなw


306 :名無し曰く、:2007/10/13(土) 01:18:21 ID:75JMUju8
実はバーリトゥードだった当時の戦w
篭手で裏拳とか痛そう

関係ないけどザクみたいに片方の肩にトゲトゲ着けた鎧なかったっけ?


307 :名無し曰く、:2007/10/13(土) 03:07:10 ID:wpGCJ7eh
関係ないけどグフのトゲって上向いてるから刺さらないよね


308 :名無し曰く、:2007/10/13(土) 03:12:46 ID:CHCxBlxd
腰を落として下からくぃっと股間に引っ掛けるというのはどうだね
古流であるよねそういう担ぎ技


309 :名無し曰く、:2007/10/13(土) 05:54:04 ID:pi+Z/Kuy
こぶしで殴るなんて事はしないけどな。
甲冑着てるからこっちが痛いし。
押さえつけて通し千本か脇差で隙間からグサッっといくんだよ。
首に腕入れて締め上げても逆に刺されるからまず殴りあったり締めあったりはしない。


310 :名無し曰く、:2007/10/13(土) 09:15:11 ID:Qnc4ps1Z
鎧着てる相手にでも当身を狙っていくとしたら諸賞流和ぐらいのもんだろうな
普通は殴らない


311 :名無し曰く、:2007/10/14(日) 12:07:52 ID:a2XwzXpX
伊達政宗の遺骨を鑑定したら、四肢の骨が太くてかなり筋肉が発達してたんだって。やっぱ大名もそうとう体鍛えてたのか。
藤堂高虎は足軽上がりの歴戦の兵で指が何本か無かったらしい・・・
ヤクザの化物みたいな迫力あったんだろーな。



312 :名無し曰く、:2007/10/14(日) 12:23:21 ID:a2XwzXpX
妄想だけど今川氏真も蹴鞠三昧でサッカー選手みたいにパンパンの太ももしてたんじゃないの?


313 :名無し曰く、:2007/10/14(日) 17:47:32 ID:6ACdfj4S
地元にある山城跡みにいったんだがよくまあこんなとこで戦ってたなっていうぐらい
平地がないんだよね
どことどこが戦ったかいうと地元バレしそうだからいわねーが
道がジグザグだしほぼ全部坂だしすぐに堀切があるし道は狭いし
城の規模とくらべて戦場になるであろう場所が狭いの何のって




314 :名無し曰く、:2007/10/15(月) 08:10:51 ID:gsoIDngG
小さい山城跡ならそれこそ日本中に数百はあるからなぁ。

んなこといったら信長とかが街道整備するまで今の道路みたいに道すらないような
所が多かったからね。


315 :名無し曰く、:2007/10/16(火) 14:53:29 ID:uQMGOft7
まあ日本の地形が戦場ならば騎士も日本の鎧を真似たものに改造して使うと思うね
フルプレートつうの?あれのまま戦おうとはしないだろうね
敵と戦う前に地形に殺されるわな
逆に整地でスポーツのように戦うなら日本側ももっと重武装にするだろうと




317 :名無し曰く、:2007/10/16(火) 22:19:53 ID:OtU8EPoI
まぁ一説によると戦国時代の日本の火器所持数は世界一だったらしいから、
軽装だろうと重武装だろうと殆ど関係ないと思うけどね。



318 :名無し曰く、:2007/10/16(火) 23:09:11 ID:GbCQPgjv
大鎧は25~40kgある。プレートアーマーは35kg前後くらいだったか?

戦国時代になって日本も胴にプレートを使うようになったが、重層化じゃなくて軽量化する方向にいったんだよな。
顔や胴の防御力が上がった反面、腕や脛の部分が簡略・軽量化されてて。
同時代のヨーロッパもスペインや神聖ローマなんかでは胸甲と兜だけの歩兵が生まれてた。


319 :sporran :2007/10/17(水) 01:09:10 ID:qWGMHsyc
ロングソードテクニック 
http://www.youtube.com/watch?v=Kj4Ng6DBfrg&mode=related&search=
ロングソードテクニック ソードレスリングという体術にもちこむ
やられたほうは自分がどうなったかわからないだろう
http://www.youtube.com/watch?v=9G_d98ewZmM&mode=related&search=



320 :名無し曰く、:2007/10/17(水) 13:31:26 ID:356ObhC+


念流や鹿島神流ではあたりまえのテクニックだな
他の流派にもあるだろうね




322 :名無し曰く、:2007/10/17(水) 14:45:42 ID:356ObhC+
>>318
>顔や胴の防御力が上がった反面、腕や脛の部分が簡略・軽量化されてて。
全体的な軽装化はそのとおりだけど小具足の発達に簡略の方向性は無いと思うけどね

小具足においては多分単純な重量面での軽量化はごくわずかか、むしろ鎌倉期や室町初期時代より戦国期のほうが逆に重くなってる可能性があるよ
ただ動きを阻害することを何より嫌ったのも確かなので重量があってもそれを感じさせない着心地は追求されてるといわれてるね
カニの甲羅を目指すのではなく鰐の鱗皮を目指したんじゃないかな



325 :名無し曰く、:2007/10/17(水) 19:36:35 ID:zdiVVwon
つーか鎧なんて東西関係なく集団戦用のものだろ?
騎士でも武士でも始めから一対一なら身軽な装備になるだろ。




330 :名無し曰く、:2007/10/18(木) 11:32:23 ID:74VC4zA4
>>320
日本剣術だとこうやって相手が投げたり崩したりしてきたら
わざとやられておいて相手がこちらに気持ちよく技を掛け切ったタイミングで
こっそり抜いておいた短刀で相手の首を掻き切る
とかそういう世界だしな



331 :名無し曰く、:2007/10/19(金) 11:31:04 ID:WrSg9g5l
 竹之内流腰廻小具足
http://www.youtube.com/watch?v=mRNSTj5I7xI
http://www.youtube.com/watch?v=Tdq6Oq_OSyw


332 :名無し曰く、:2007/10/19(金) 16:38:39 ID:WrSg9g5l
http://www.youtube.com/watch?v=eDC2MS5wozI
日本人にとってはやられたほうは自分がどうなったかわからないだろうっていうのはこういうレベルの事だと思うがね


333 :名無し曰く、:2007/10/20(土) 01:08:15 ID:HETp8lzX
VSって、一騎打ち?それとも万単位での会戦で決着をつけるってこと?


334 :名無し曰く、:2007/10/20(土) 13:33:41 ID:M2ViwTXz
集団なら>>201で結論が出てる


335 :名無し曰く、:2007/10/20(土) 14:26:17 ID:P/B4c5U5
ナポレオンがフランス国民軍を動員するまでヨーロッパの戦争はせいぜい10万もいりゃいいほうだったしな。
戦国時代の日本の豊臣・徳川時代の動員力は30~40万だし、まともにぶつかれば勝てそうだが。
まぁ戦略戦術次第だけど。



336 :名無し曰く、:2007/10/20(土) 23:38:13 ID:HETp8lzX
戦国時代後半~~江戸初期までなら日本の勝ち。
動員力もあるけど圧倒的な鉄砲の火力の差があるからね。



337 :名無し曰く、:2007/10/21(日) 03:07:40 ID:b9Qec9ae
フス教徒VS雑賀衆とか見てみたいな


338 :名無し曰く、:2007/10/21(日) 14:35:02 ID:QQcWkdky
ヨーロッパは大砲の性能がいいけどただの鉄弾か散弾で、
まだ榴弾がなかったから戦いを決定付けるほどのものでもない。

当時対歩兵の炸裂砲弾を持っていたのは中国と朝鮮の棒火矢くらいじゃないの?
連中は何十発も同時発射できるロケットランチャーも持ってたからなw



339 :名無し曰く、:2007/10/21(日) 22:46:44 ID:b9Qec9ae
江戸初期ぐらいまでを差すのだったらだったら、中国が当時持ってるのって只の炸裂弾であって(カタパルトで飛ばす奴)
炸裂「砲弾」じゃなかった気がするんだが
あれは江戸の末期あたりに漸く出てくる西洋の新兵器だろ? 
阿片戦争で清がフルボッコにされたのも炸裂砲弾がなかったからだし
いい加減な情報書くなよ


ちなみに日本は江戸末期にほぼ独自の技術で丸型砲弾を作り出し(触りだけ教えて貰った所で政治的圧力がかかった)
世界有数の保有率と高い炸裂性能を持ちえたそうな。素晴らしい


340 :名無し曰く、:2007/10/22(月) 11:59:22 ID:PSNb2nZo
h.        ↑
.        ○
. ̄l二ニ=-┃
|  {     ┃
L_二ニ=-┃
.        ┃
.        ┃ .∧_∧ <飛行機ももちろん韓国起源ニダ
     _. ┃<`∀´ / >     ____
   /  ヽ⊂       )__/´   /
 ∠     //⌒ヽ   )/|   /
    \ | ̄ ̄ ̄ ̄  ∧∧ /
   <∧|____<〃マヽ>
   <{{><}}>  <{{><}}>
   <ヽ.ムノ' >  <ヽ.ムノ'>
      ∨∨       ∨∨

航空力学に優れた世界初の韓国製飛行機『飛車』
朝鮮-飛車

ttp://homepage3.nifty.com/rx178/img-box/img20050531114005.jpg



こんなもんが本当に飛ぶとか信じてる連中がロケットランチャーもってましたとかいってもねぇ…



341 :名無し曰く、:2007/10/22(月) 21:00:34 ID:eXDVAKNh
>>339
棒火矢だよ。正確には大砲から発射する焼夷弾頭とでもいうべきもので、
筒状の弾体を撃ち炸裂すると百数十m四方に焼夷性物質が塗られた弾片を撒き散らすものだ。
朝鮮の役で朝鮮側が使用し日本にも伝わり、各地の砲術家は競って棒火矢術を編み出し、加賀藩などで特に流行した。
14~15世紀に発明され中国・朝鮮ではそれほど珍しい武器ではなく、朝鮮製の棒火矢は2000mほどの射程がある。
他に対人弾としては大砲から散弾を(日本も戦国後期には散弾が使用されていたが)撃つこともあったしね。


342 :名無し曰く、:2007/10/22(月) 21:30:12 ID:eXDVAKNh
大砲のテクノロジーや運用では中国の方が進んでいたのは否めなくないか?
明の兵器局は年間1000門の大砲を生産しており、
17世紀前半の孫承宗の車営陣では各軍団(営)5600人には、定数で大小256門の仏狼機砲、銃類1984丁が配備され、
歩兵小隊(乗)25名につき仏狼機2門、鳥銃2丁、三眼銃6丁。
他に司令部直属で大滅虜砲32門を含む100門以上の砲兵、予備騎兵3000騎がある。
10営56000人が集まれば大砲2600門という驚異的な火力だ。

いっぽう日本だと小田原の陣で1000門の大砲が集まったというが大鉄砲の類も集めての数だと思う。
大坂冬の陣では輸入したカノン砲12門、カルヴァリン砲4門、セーカー砲1門を含む大砲300門の砲撃が行なわれたが、 ほとんどは小口径の芝辻砲。


343 :名無し曰く、:2007/10/22(月) 21:48:54 ID:eXDVAKNh
日本はというと鉄砲の性能で凌駕していた。戦国後期以降は装備率も上がり、
兵士のほとんどが鉄砲を持っていた島津や、過半が装備していた長曽我部のような例がでてくる。
他の人のレスにあったが
文禄の役の加藤清正隊の編成は武将150名、騎馬578名、鉄砲1820名、弓256名、忍者10名で、
騎馬にも鉄砲を装備させ戦闘員の鉄砲装備率は90%を超えたそうだ。



344 :名無し曰く、:2007/10/22(月) 23:12:57 ID:OkhnLTVf
>341
棒火矢は自立型では無いけど仕組みは殆どロケットそのもの
人体への殺傷力も物質への破壊力も炸裂砲弾より遥かに劣るし、同列に語るの間違いじゃないか?

それに17世紀の中国はそれなりに火力を備えてたかもしらんけど、数が多いのと運用が上手いのはまた別問題
大体その武器を後生大事に200年以上も備え付けたままってのはどうかと思うぞ
結局、数が多いだけの烏合の衆ってのが欧米にバレちゃったし
まあそのお陰で日本の目が覚めて、それからの日本人達の死に物狂いの富国強兵によって
今の日本の歴史があるんだから、うちらにとっては良かったかもね


345 :名無し曰く、:2007/10/23(火) 21:18:34 ID:buvGyZdi
騎士っつっても部隊のほとんどは鎖帷子か革鎧の歩兵じゃないの?

346 :名無し曰く、::2007/10/23(火) 21:51:37 ID:bGvoTG6U
武士っつても部隊のほとんどは陣笠と和紙漆胴の雑兵じゃないの?

347 :名無し曰く、:2007/10/23(火) 22:18:09 ID:yOnjgDey
>>344
中国王朝は火力の採用も早かったし、いろいろ使えそうなものも発明
しているのだけど、何故かここぞという時に使わないんだよね…
モンゴルにせよ満州族にせよ、もっとドカドカバーンで圧倒できただ
ろうに。
で、彼らのほうが運用が上手かったりするし。

349 :名無し曰く、:2007/10/24(水) 02:03:04 ID:1S7jJXbB
>>346
足軽用具足(貸具足)はたいてい鉄製のシンプルな桶側胴。
横長の鉄板数枚をリベットで留め漆を塗っただけで、鉄砲玉にはちと心もとない。
粗末なのだと前しかない胴もある。
ttp://www.japaneseweapons.com/yoroi/rei/index.htm

日本の鉄砲は銃床を頬に当てて狙う方式。これは胴に鎧を着ても撃ちやすい反面
兜を被るとちょっと狙いにくい。で、接近戦の少ない鉄砲隊を中心に陣笠が普及した。
加藤清正のように鉄砲足軽に至るまで兜を被らせた大名もいるが・・・


350 :名無し曰く、:2007/10/24(水) 16:41:09 ID:u/daycpB
>>346
雑兵のほとんどは弓か鉄砲か長槍だから
鉄の陣笠と胴丸でもいいんでないの


352 :名無し曰く、:2007/10/25(木) 08:26:28 ID:ccznyzdG
武士(日本)→海・山
騎士→平地



353 :名無し曰く、:2007/10/25(木) 18:07:29 ID:NTppcnk5


MythBusters - Cutting a Sword (Part 1/2) http://www.youtube.com/watch?v=qD5U_4IHteQ
MythBusters - Cutting a Sword (Part 2/2) http://www.youtube.com/watch?v=lTGJPUHEfPM&mode=related&search=

模造刀を日本刀で斬る   模造刀が真っ二つに斬れる
日本刀鎬を日本刀で斬る  日本刀は折れない曲がらない
日本刀刃を日本刀で斬る  ぶつかった箇所は刃こぼれのみだが根元で折れる
レピアーを日本刀で斬る  レピアー粉砕される
日本刀を2倍の厚みと幅の西洋の剣で斬る 日本刀まるで平気




358 :名無し曰く、:2007/10/25(木) 22:41:14 ID:4DqrL+Y9
だいたい日本の銃撃戦なんてLVが低い信長は三段撃ちだったが
西洋はその当時七段うちや歩きながらの発砲を可能にしていた。
だれかが世界で一番火縄銃をもっていたというのをいったがそれは
火縄銃 西洋ではさらに進んだマッチロック式や自動点火式の
マスケット銃を使っていた。



359 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 00:50:10 ID:IJG5eXuN
なんとなくショー・コスギの「兜」を思い出した。


360 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 01:46:20 ID:b3w5cqba
>>358
マッチロック式は火縄銃を指す言葉だよ。
ヨーロッパの火縄銃は引金を引いた分だけ、点火する火挟が連動して動く緩発式で、命中率に難があり狙撃に向いてない。
だから50mくらいの距離から一斉射撃をするという戦術になった。
さらに射撃が安定しない為、長い杖のような銃架が必須。鎧を着ての発砲は肩当式の銃床のためかなり撃ち難い。

日本の場合は、引金を引いた瞬間アームが落ち発砲する瞬発式火縄銃。
東南アジアと日本で主に使われた。
命中精度で瞬発式を上回る銃は当時無く、鉄砲足軽は一斉放ちよりも個々に狙撃する場面が多かった。
ゆえにヨーロッパと比べかなりの遠距離から発砲を開始する。
実戦では2町(約250m)くらいから撃ち始め、1町(約120m)あたりから命中率が上がり始めたそうだ。
江戸時代には400~500m向こうの的を狙う競技(無論狙撃用の細筒だが)が流行った。
ヨーロッパの宣教師が、日本の火縄銃はヨーロッパのものより優れていると書いた書状もあったはず。
装填速度も簡易型薬莢といえる早合により短縮された。
タイプは違うが同時代のオランダでも発明されてるけどね。
雨天に際しても漆塗りの木箱を被せ、発砲が可能。

日本にもホイールロック銃やフリントロック銃は入ってきたが、
撃発時に発火するまでタイムラグがあり振動でブレも生じる為、命中率が悪いと判断され採用されなかった。


361 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 01:52:34 ID:b3w5cqba
確かに火縄ゆえの取り回し難さはあるが、日本の種子島銃の命中率は特筆すべきもの。
海外にも盛んに輸出され、最大の輸出先はオスマントルコだった。


実際の威力はどうかというと、50mの距離から口径9mm(1匁)火薬量3gのとても威力の弱い火縄銃で24mmの檜の板2枚を撃ったところ、
1枚目を貫通し2枚目の半分くらいで止まったと本に書いてあった。
普通の矢盾は厚さ30mmくらいなので、最も威力のない鉄砲も防げないようだ。

いっぽう16間(28.8m)の距離から、竹束を口径15.5mm(6匁、戦場で一般的に使われる口径) の火縄銃で撃つと、1発目は6本の竹全部を貫通した。
2発目は4本目で止まっていた。
口径18.4mm(10匁)では、やはり竹束を貫通。
30m以内での至近距離から竹束で防ぐのは難しいが、
50m以上離れるか、竹束を二重にすれば効果があるのではないかという結論だった。

命中率は、口径8mm(8分ほど)の小口径の銃で、30mから5発撃つと直径10~15cm以内に全弾が集束した。
50mから5発だと、着弾範囲は直径30cmほどに広がる。


364 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 09:55:20 ID:MLTsZ7HZ
時代によって強国は変わる。一時期には確かにトルコがつよかっただろう。
はっきりした年代を決めない限りこのスレ自体の答えはでないだろう。
しかし 人間・馬の体格 においては西洋がまさっていたのでは?
上杉謙信が戦国時代の平均身長で152cmとかっていうし、もし武器をもたずに体格のみで勝負すればあきらかでは?K!


365 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 09:59:12 ID:MLTsZ7HZ
そもそも航海術や大砲や鉄砲や日本になかったものだし信長なんてのは
それらを巧いこと使いこなせたんだと思う。てかそれより、クロスボウ
とか石弓ってなんで日本にないの?イギリスがフランスの騎馬隊倒した
っていう弓隊って日本みたいなちゃちい弓じゃないでしょ?



366 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 11:46:32 ID:u5qv8JsL
>>364
>しかし人間・馬の体格においては西洋がまさっていたのでは?
品種改良をしている西洋の馬の体格がいいのはわかるけど、
騎馬が活かせる地形じゃないと意味がないし、重い甲冑の騎士が乗ったら速度が落ちるだろ。
人間の体格も西洋の方がいいだろうが、体格がいいという事は、
逆に弾丸や弓矢が命中する可能性が高まり、機敏な動きも難しいという事になる。
ガタイがよくて最新の装備を誇ったアメリカ軍が、ベトナム戦士の機敏さに
苦戦したのはいい例だ。
>上杉謙信が戦国時代の平均身長で152cmとかっていうし
言っている意味が解らない。
戦国時代の平均身長は160cm前後だという説はあるけどな。

>もし武器をもたずに体格のみで勝負すればあきらかでは?
体格のみで勝負なら、世界最強の軍隊はオランダ軍という事になるが。


367 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 12:30:19 ID:u5qv8JsL
>>365
西洋人も、アラブの航海術・中国の火薬をうまく使ったわけだ。
大砲は小アジアのトルコが随一かね。
>クロスボウとか石弓ってなんで日本にないの?
昔はあったが廃れた、てかちょっとは調べてから書けよ。
弩は東洋発祥なんだから伝わってこないはずがない。
>イギリスがフランスの騎馬隊倒した
>っていう弓隊って日本みたいなちゃちい弓じゃないでしょ?

床弩の事言ってるのか?
弓そのものの大きさで見れば、日本の和弓は世界でも最大級だが。


370 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 19:59:17 ID:b3w5cqba

ヨーロッパ人も大きいといっても当時は160cm台だったみたいだが。
古代ローマのころのゲルマニア人男性の遺骨の平均身長は170cmだったそうだから、オランダやドイツなどのゲルマン系はもっと大きいんだろう。
ただ、フロイスが「ヨーロッパ人の肉体は繊弱なので、治癒が非常に遅い。
日本人の肉体は頑健なので重傷、骨折および災厄からも、われわれ以上に見事に、しかも一層速やかに快復する。」

と言っているが、日本人が頑健だという言葉は今の日本人を見たら出てこないだろうなあ。

371 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 20:00:15 ID:b3w5cqba
ブリテン島のロングボウは日本では奈良以降に使っていた丸木弓で、しかも直射なので射程は300m程度とあまり長くないんだが、
面制圧を重視した集中射戦術と速射性、鋭い矢じりによってとんでもない威力を発揮した。
日本の三枚打弓、四方竹弓など合成弓の方が飛ぶけど
こっちは曲射なので威力はどちらがあるのかわからない。
どっちも850mの記録があるトルコ弓に比べたらまったく飛ばないが・・・

弩は古代日本が専門官職まで設け製法を国家機密にしたほどの秘密兵器。
「強弩(弩砲。バリスタ)は神の如し」とまで讃えられたんだが
蝦夷から伝わった騎射戦法に押されて廃れてしまった。
日本の手弩の復元品
http://www.mahoron.fks.ed.jp/nenpou/nenpou2001_35.htm
ttp://www61.tok2.com/home2/adachikg/koreharu/PICT0024.jpg


372 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 21:27:18 ID:tDj+7yi/
なぜ直射が和弓に無いと思ったんだろう?


373 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 22:01:01 ID:b3w5cqba
>>372
失礼、三十三間堂の通し矢なんてのもあったな。


374 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 23:07:54 ID:MLTsZ7HZ
でもモンゴルから来た騎射が日本にきた時期ってそれならおかしくない?
それにこの資料見る分には西洋の石弓にくらべたらなんかおもちゃみたいな
石弓だしこれじゃあ役に立たなくてもしかたないよ


375 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 23:10:07 ID:MLTsZ7HZ
そもそも日本は西洋戦術のの集大成のアメリカに完敗したんだから
それまでの国だよ ここは信長や三国志オタしかいないから歴史を
湾曲してみている。ここでは議論しても無駄だね。客観的な見かた
ができないんだから


376 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 23:13:01 ID:MLTsZ7HZ
ちなみにこれが西洋式クロスボウ くらべればあきらかだ。日本のはおもちゃ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%82%A6


377 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 23:20:37 ID:MLTsZ7HZ
日本の槍衾とファランクスくらべても西洋の方がうえだよ。
一騎打ちでも日本人が現在柔道以外の格闘技で全然だめなのとおなじ
でおそらくその当時からだめだめだろう。ゲームでは信長とか家康とか
謙信とか信玄とか男前だけど 実際はどうだったか?
織田信長の子孫の信成みたいなサル顔の信長が秀吉をサルとえらそうに
よび 小沢一郎みたな顔した信玄が少年をFUCKする。それが真実だ
よ。あんたら夢みてんだよ。ロマンもちすぎ


378 :名無し曰く、:2007/10/26(金) 23:22:29 ID:LLQJZuLe
>>375
な、なんだ。何いきなりキレてるんだ?



379 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 01:05:24 ID:rY+d0WZJ
>>375、>>377
当時の日本や西洋を、大戦時だとか現在と同じと考える意味がわからない
大戦時や中世の医療や食文化、国際情勢くらいは把握してるのか?


380 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 01:20:52 ID:cBzi4ElE
>>374
もしかしてkj氏かな?
日本が石弓を盛んに使っていたのは6~10世紀くらいまで。
西洋ではローマ時代に多少使われたが廃れ、再び石弓を使う軍隊が出てくるのは11~12世紀以降。

騎射はモンゴルからは何も伝わってないよ。
7世紀以降、東北地方の蝦夷民族が俘囚として全国各地に移住させられた時に広まったと考えられている。
奈良時代に二万人を動員して騎射の訓練も行なわれてる。
ちなみに日本刀ももとは蝦夷の使う蕨手刀が源流。それまでは中国風の直刀または両刃剣だった。


381 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 01:30:50 ID:wP+9W73p
ID:MLTsZ7HZ すげえw ここまでDQNははじめて見たよ
ちなみにクロスボウは>>376のサイトにも載ってる通り、1分に1, 2発しか発射できないんだよ
超絶使いにくいっしょ
しかも日本のはおもちゃとか言ってるけど、現代のもシンプルなやつは>>371と大差無いよ
巻き上げ器とかの機械が付いてれば強いとか思ってんの?
当然その分連射速度が低下するんだけど


382 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 01:49:37 ID:cBzi4ElE
どの国が、地域が強いというのは時代によってバラバラでしょ。どの地方も停滞と進歩を繰り返してる。
紀元前4世紀はアレクサンドロスのマケドニアだろうし、
それ以降はローマ(西洋は騎兵の鐙を知らなかったので足で馬にしがみつくしかなく、中国の弩と鐙を持つ装甲騎兵に負ける恐れもある)。
西洋はローマ以降暗黒時代になり世界の辺境になってしまう。その頃最も強力でシステマティックな軍隊を持っていたのは唐だ。
12世紀後半~14世紀はモンゴル、ティムール帝国、15~16世紀はトルコ、17世紀西洋諸国、
18世紀後半~19世紀初頭フランス、以降イギリス、20世紀アメリカってとこかな?
383 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 02:11:32 ID:cBzi4ElE
まあ自分はローマ・ナポレオンびいきなんだが
ヨーロッパが他の国よりはっきりと強かったのは紀元前4世紀のマケドニアと紀元前3~紀元3世紀までのローマ、
17世紀以降から現代であって、
それ以外の時期も最強だったとは当のヨーロッパ人自身考えていないよ。


386 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 13:21:10 ID:7HB9HenJ
ID:MLTsZ7HZみたいな西洋厨はどいつもこいつも冷静に論説展開できるやつがいないな
いきなりキレて罵倒をくりかえすばかりではだれにも聞いてもらえんぞい
過去ログみると何度かそういう奴がきてるけど中の人全部同じ奴だったりしてなw





388 :名無し曰く、:2007/10/27(土) 15:04:12 ID:I2RAVbVd
http://www.ncn-t.net/ridwarn/tate.html
なんでこういう盾が日本では発達しなかったんだろう??

391 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 04:57:03 ID:vO+cp24I
日本は世界中の文化と発明が最後に集まる終点

その終点に改良好き・新しい物好き(しかもいろんな品が集まるもんだからカマキリがバッタのお腹だけ食べるみたいに選り好みをする)が住んでたんだから、
日本の兵器や戦術は基本的には開発元よりも改良されていると考えるのが自然
世界の国々が良い物をたくさんくれたのだから洗練されていたのは明白
(もちろん見返りがあっての事だし、後から見ればひどいぼったくりも見られるわけだが)



393 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 15:44:58 ID:q80m4/Xr
日本の大鎧や胴丸はラメラーアーマーと分類するには少し無理があるよね
スケイルアーマーでも無理がある
半分づつ重なって横列をつくりそれを更に縦に半分づつ重ねていくわけだから
最大で四枚重ね分の装甲に守られてることになる
しかも太くて丈夫な威糸で威してるから鎧全体がクッションになってる


396 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 15:59:59 ID:q80m4/Xr
>>388
西洋がいまだ防護範囲の広い鎧を広く普及できず大半の戦士は盾で防御することを工夫せざるを得なかった時代に日本ではとっくに大鎧が広く普及していたから
実際8世紀ぐらいまでは日本でも盾を持って戦ってたよ

また、大袖を盾に使って刀刃を避ける描写が太平記にあるね

向ふ敵を御方の射手に射すくめさせて、七人の者共鎧の射向の袖汰合せ、
跳懸々々鍔本に火を散し、鋒に血を淋ひで切て廻けるに、
山名が前懸の兵四人目の前に討れて、三十人深手を負ければ、
跡につゞける三百余人進兼てぞ見へたりける。



397 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 18:56:31 ID:rDVakAqw
盾スレから俺の他にも来てる人がw
そこでは、盾は鎧の防御力が十分でない兵士が持つもので、西洋もプレートアーマーが発達すると盾は持たなくなった。
日本では古代まで持ち盾(手盾)を使っていたが、弓など両手武器が発達したので
両肩に大袖として盾を着けるという方向になった、ということが語られてた。
戦では置き盾をずらりと並べて矢弾の応酬から始まったわけで。

398 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 19:14:03 ID:rDVakAqw
>>391
三段撃ちは明でも行なわれていてそれほど珍しいものでもないよ。
雑賀衆の二段撃ちや、1人が射手で3人が装填手という射法に悩まされた信長がそれを採用したのかは疑問とされているけど、
島津の関狩・繰り詰めの法もある。3列で発砲しながら進んでいく漸進射方法と、1人を射手にして2人を装填手にする方法があって
後者は検証した結果慣れると3~4秒に1発という発射速度だそうだ。


401 :名無し曰く、:2007/10/28(日) 21:39:06 ID:0QHDrIkY
制限が多い騎馬兵が騎士で、ほぼ万能な戦いができる山岳兵な武士。


402 :名無し曰く、:2007/10/29(月) 18:55:41 ID:Qjr+QlUQ
>>398
薩摩のその方法が最強だろうね。
実際に関が原では離脱する時にその方法で「すてがまり」という決死の士
達が鉄砲連射しつつ逃げて多大な損害を与えた。

追っても防ぐ暇なく追わなきゃならないからロクな防御もできなかったんだろうな。


406 :名無し曰く、:2007/10/30(火) 01:48:50 ID:OL/31u8g
ヨーロッパ山岳地帯の兵といやースイス傭兵だな。
ブルゴーニュの騎士軍団と戦って何度も打ち負かしてる。

百年戦争で活躍したイギリスのロングボウ兵の多くは
同じく山がちな地形でろくな産業が無かったウェールズ出身。
イングランドの王が農民に扶持を与えて育成していた。

日本みたいな地形で戦うなら騎士よりこういう山岳出身の
兵を多く率いていった方が強いだろうなあ



407 :名無し曰く、:2007/10/30(火) 02:32:54 ID:WrJIZVWH
下手したら鉄砲より弓の飛距離の方が長いしね。


408 :思考実験 鎧:2007/10/30(火) 02:40:44 ID:OL/31u8g
とりあえず14世紀なかばくらいで日本と西洋の鎧を比較してみるか。

日本だと南北朝と室町幕府の時代
西欧だとこのころ100年戦争が開始されてる。

西洋、特に英仏の騎士を例に取ってみると
この頃の鎧はチェーンメイル→板金鎧へ変遷する過渡期にあたり
胴体部分はチェーンメイルか布の裏に鉄板を裏打ちしたものが主流。
いわゆる南蛮胴のようなものはもーちょい後の時代になる。
手や足は既に板金を体型に沿わせる形で装甲化していた。
兜はシンプルな円錐形で顔の露出したバシネット兜の上に
顔全体を覆うバケツのようなグレートヘルムを装備。視界悪いし息がしにくい。
(クレシー,ポワティエの戦いだと押し合いへし合いで窒息死した兵も多い)

なんか頭の部分だけやたら重装備だな。打撃系の武器がそんな恐ろしかったのか

日本だと騎兵向けの大鎧→徒歩戦に向いた同丸と腹巻きが主流になりつつあった。
馬上、徒歩どちらにも対応した胴丸を例としてみると
小さな鉄板、小札を紐で連結して形成したラメラー鎧の進化系のようなブツ
手足は細長い板金を紐で合体した小手と脛当て。足下は草鞋。
兜も頭頂部を除いては小札を連結した部品で形成されてて顔は空いている。

こうして見るとやっぱ西欧の鎧は重装備で接近戦向け。
日本のは軽量で射撃、機動戦に向いてるかな。

長槍による槍襖が無いと西欧の重騎兵の突進を受け止めるのは難しそうだ。


418 :名無し曰く、:2007/10/30(火) 22:45:05 ID:0YSvj/ze
ちなみに、1500年代の
独逸野戦用鎧が19キロ
馬上試合用が41キロ
14世紀の長めの鎖帷子が31£(14キロ
黒太子の兜が7£2オンス
1450年頃の伊式野戦用鎧が57£(26瓩

422 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 00:31:53 ID:iWVxS+Zm
本場イギリスでの一コマ
起き上がれない

http://up2.viploader.net/pic/src/viploader503741.jpg

鎧が重くて起き上がれないので敵側に何度もやっつけられていた人
可哀相~(笑)
誰か起こしてあげて~




424 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 04:41:49 ID:X/7HvbBr


というか極東の小さな島国の戦士に対して広大なヨーロッパの様々な地方の戦士がそれぞれいいとこどりで合体して襲い掛かってくるってどんだけw


427 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 05:01:57 ID:OA3Y8ndR
南北朝時代の太刀は斬撃と打撃を兼ね備えています

「払切に切て上りけるに、太刀の歯に当る敵は、どう中諸膝かけて落され、
太刀の峯に当る兵は、或は中にづんど打上られ、或尻居にどうど打倒されて、血を吐てこそ死にけれ。」

「と云侭に、四尺余の大長刀水車に廻して、跳懸々々火を散してぞ切たりける。
是を打取らんと相近付ける武士共、多く馬の足を被薙、冑の鉢を被破て被討にけり。」




430 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 06:33:28 ID:phR4yD5P
百年戦争のクレシーやアジャンクールではイギリスのロングボウは騎士の鎧を傷つけるのは難しかったが、 防御陣地や狭いところに誘導して(というか血気盛んで規律軽視のフランス騎士が勝手に殺到w)矢の雨をふらし混乱させたことと、
乗馬を狙い傷ついたことで落馬しそこを軽歩兵に討ち取られ敗れた。
もちろんロングボウが連射速度でクロスボウに勝った部分もあるが。


431 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 10:29:16 ID:JaPvJ+4f
>>410
>ただ、英軍側は歩兵の装備も日本のより重装備で斬撃に対する耐性が高く
>下馬装甲兵も使えば防御面では圧倒的に優位に立つ。
そんな重装備だと機動性に劣るだけで、正面から馬鹿正直にぶつかる戦いならともかく、
日本側の騎射戦法や神出鬼没な用兵には対処できないだろう。

あと、太刀だけじゃなくて金砕棒やら槍やら薙刀やらもあるわけで、
斬撃に強いから有利と言われてもね。
>そこを考慮すれば日本側は可能な限り接近戦での衝突は避けたいところだ。
>となれば、日本側は軽装備の利をいかして平地での衝突はなるべく避け、
別に接近戦でも平地での勝負でも、日本側がそんなに劣るとは思えない。
本多忠勝が軽装備であるにも関わらず、傷を負わなかったとされているのに対し、
井伊直政は重装備でも傷だらけだったという話もあるしな。


432 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 10:52:16 ID:JaPvJ+4f
そもそも、格闘技じゃないんだから一騎討ちをする必要が無いし、
個人戦で強かったとしても戦争に勝てるというわけじゃない。
ドイツ騎士団はワールシュタットの戦いでボロ負けしているしな。


435 :名無し曰く、:2007/10/31(水) 16:48:11 ID:aekJLgFI
まあマクシミリアン甲冑が完成したころにはもう騎士そのものが絶滅のカウントダウンに入っていたわけだが
最後のあだ花というやつだな



436 :sporran:2007/10/31(水) 20:53:35 ID:Z8YIy5+f
私はフルプレートをきて両手剣を持ったまま飛び込み受身ができます。
甲冑の場合動けなくなるのは重さではなく関節の可動が原因です。
その多くは自分の体に合った鎧ではなく他人の鎧を着ていることが問題です
場合によっては倒れたときに盾が体の下になったり、ポールアームの柄が絡まったりすることもあります。
戦闘中に相手と自分の鎧がひっかかり動けなくなることも稀にあります。

山岳、私はフルプレートをきたまま日本の城の空堀を苦もなく登ることができました。

鎧には打撃系の武器が良いことは言うまでもなく、日本では金砕棒などありますがそこから発達した連結棍棒はほとんど見られません。
一方、西洋ではフットマンズ・フレイル、ホースマンズ・フレイルなど一般装備でした。
連結棍棒は遠心力でダメージを高めるだけではなく、槍や剣などのように使いこなすのに修練が必要でもなく、安価ですし、敵の防御の裏側に回りこんでくるため大変厄介な武器でした。
クロスボウは装填して発射するまで時間がかかりますが、いったん番えるとじっくりと狙いをつけることができます。
また、矢羽が照準の代わりにもなりますので使い方さえわかれば素人でも騎士を射殺すことができます。
また、現実にあったかどうかわかりませんが弦を引く係りとm装填、発射の係りを分けると発射スピードが上がります。
ただし、騎士はクロスボウ、弓を使いません

408~410 私も同じ考えです
地形効果ですが、他のかたがたの意見でも必然的に日本が山岳に誘い込む方法をのべています。
しかしながら、騎士も同様の地形であれば山岳で誘い込みをかけるでしょう。
狭い谷の敵を上から攻撃することは古今東西をとわず戦の基本です。

439 :名無し曰く、:2007/11/01(木) 13:04:05 ID:7XuOHdBo
他人の文章だがこんなのがあった
以下コピペ


日本甲冑は兜胴丸小具足の完全装備のまま自分の足にて全力疾走できる
(草摺しころがガチャガチャ上下しない和式走法ならば)。
四肢部の重量軽く各関節が生物的な可動性を有しているためである。
前立を外せばその場受身もでき(その場受身も使えないような不自由な装備
では敵前で転倒したときに敵の妨害の可能性のある中、立位に戻れる可能性
は低かろう)、蜻蛉も切れる(宙返りといっても側転に近い仕舞で習うよう
なほうだが)
体験したことは無いが着たまま泳ぐことすら可能というのだから恐れ入る。
(但し公平さの為にあえて告白すれば日本甲冑の兜は重い。というか兜だけ
をかぶっている気分だ。このバランスに慣れるのには現代人の自分には骨が
折れた。ただし当時の日本人の基礎体力と身体能力は西洋人も驚愕した旨の
記述が残っているようなのでひょとすると武士の体力なら兜の重さは気にな
らなかったかもしれない。)
着たまま十二分に動ける鎧があるのに裸になるなどという極端な事をする必
要はない。

といっても武士の中には蛮勇を誇示するためにあえて片肌もろ肌脱いで戦っ
た者はいたようだ。

以上コピペ終わり

441 :名無し曰く、:2007/11/01(木) 22:08:49 ID:xJYFoAYy
前田慶次とベルセル苦のガッツどっちが強いとか?


442 :名無し曰く、:2007/11/02(金) 00:02:41 ID:d+Ay4IIZ
人間的にアニキと呼びたいのは圧倒的に前田慶次だな
おもろいし

http://keiji-yz.hp.infoseek.co.jp/story.html#KAN


443 :名無し曰く、:2007/11/02(金) 17:51:34 ID:himRcceg
漫画っすか…作者次第ですね


444 :名無し曰く、:2007/11/02(金) 18:51:35 ID:iH3Z2Yko
昔の映画でサムライと騎士が決闘して、サムライが勝ったのみたことある。
映画題名なんだっけ?
ショーコスギが出てた奴

447 :名無し曰く、:2007/11/02(金) 22:27:36 ID:ezPzVkn/
>>444
それ見たことあるっすよ!「Kabuto」だったっけ?ものすごいB級映画だった記憶がw


450 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 02:08:11 ID:itOcwXkA

意外な話ですが
そのころの武士の大鎧は重量、防御力ともに
騎士のチェーンメイルやホウバークのそれを凌駕してたそうです。
自分の中の源平武士のイメージが
刀マンセー接近戦最強→騎射メインの軽騎兵→重装備,高機動の移動砲台


と情報を仕入れる度にどんどん変わっていく・・・


451 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 02:33:33 ID:itOcwXkA
ちなみにこの頃最も重装備だったと思われる騎兵は
チェーンメイルにラメラーアーマーを重ね着し盾まで装備した
ビザンツ帝国のカタフラクト。
彼等は剣や槍だけでなく弓矢の扱いに長けた者もいたそうで
騎射戦法=軽騎兵、という図式は必ずしも当てはまらないようです。

あ、しまった。こいつら騎士じゃねえや。
まあいいか

13世紀に入ると
歩騎を問わず優れた投射能力を持つイスラム軍に対抗するため
十字軍に参加した騎士は馬にもチェーンメイルを着せるようになり、
その重装化をすげー勢いで押し進めていくことになります。
(一方でキリスト教に改宗した現地部族を軽騎兵として雇ったり
クロスボウ兵を増やし投射能力を増強したりと
騎士だけに頼らず多面的に軍隊の質の強化を図っていた)


452 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 03:05:49 ID:oGYDMJdG
>>439
宙返りできるってすげーな
何流の話なんだろうな



453 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 03:12:48 ID:itOcwXkA
こっからは具体的な証拠に乏しい妄想になるんですが

源平~鎌倉期の武士の騎射戦法というのは
モンゴルやトルコ系イスラム軍の軽騎兵が駆使したような
運動性を生かして相手を取り囲み翻弄する、というタイプの戦い方ではなく、
直線的な機動による一撃離脱攻撃の反復、というどちらかつーと
大戦時のアメリカ戦闘機のような戦い方をしたんじゃないか?
(ただし単体ではなく数騎が纏まって突撃する)
と考えてます。
でなけりゃ騎射を専らとする武士の大鎧にそんな過剰な重量と防御力を
与えたりはしないと思うんですが・・・
どうですかね

454 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 04:53:58 ID:nyc/EsTc
単一のパターンで語れるほど戦法が少ないとは思えないです
もちろん俺もおっしゃるように一撃離脱の反復も行ったと思います。このパターンの資料がぱっ出てこないのですが…元寇とかがそれに相当するのかもしれないですね
騎射しながら突っ込みそのまま白兵戦ということもあったようにおもえますね
また数倍の軍をひきつけて河原に誘い込み逃げながら騎射、相手が退却し始めると今度は追いながら騎射したという戦法を記載したものもありますし
谷間でお互い徒歩、退却側も小物に盾を背負わせ、武士は弓を撃ちながら逃げ、追う側もこれまた先頭に盾を持たせた小物を一列に並べて走らせ武士はその後ろから撃つという場面を描いた絵巻もあります

ただどちらにせよ武士の最大の敵は他の武士だったんだとおもいます
自分の使う長大な弓と同じ弓を敵が使ってくるのですからその破壊力と射程に対抗せねばならないというあたりが大鎧の防御力につながっていると思います
白兵戦やお互いに前に向かって撃つことだけ考えれば左面と前面だけ防御すればよさそうなものですが日本の鎧はむしろ後ろからの攻撃に対して大きなシコロと大袖、組紐などで幾重にも用心を張っています
そういうわけで俺は騎射での戦い方のパターンは複数、かなりのパターンを使っていたと判断してます


455 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 05:06:24 ID:8WPTBkSn
>>452
大鎧ってことはないでしょうけど胴丸という書き方が気になりますね
当世具足なのかもう少し以前のものなのか知りたいものですね

456 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 05:56:00 ID:itOcwXkA
>>454
見た感じ想像以上に多彩なようですね。興味をそそられます。
そうした騎兵の戦法に関して一括に纏めた
研究書みたいなのがあれば話は早いんですが
この分野じゃ研究文献もなかなか見当たらなくて・・・

「武士同士の戦いは一騎討ちが主流」という説から脱したあたりから
どーも明確なイメージが湧きにくくなってしまった。
西洋の騎士だと誕生初期から滅亡までひたすらランスチャージ重視、
ひたすら重装備化、と流れがすごい分かりやすかったのにな。

457 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 14:19:19 ID:8WPTBkSn
>>444、>>447
検索してみた
Shogun Mayedaが原題らしい
鎧を着た状態でのアクロバット的なシーンもあるそうだ

458 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 17:34:46 ID:8WPTBkSn
武神として摩利支天が広く信仰されてたりするぐらいだからな
基本的に武士の戦闘思想の中には華々しい正々堂々とした面と
まるで陽炎や蜃気楼のような幻惑、策略をめぐらすゲリラ的な面という
普通は矛盾して両立しないもんがどういうわけか両立してたんだとおもう

一つのパターンに凝り固まりたくないというような意思を感じるよ


459 :名無し曰く、:2007/11/03(土) 22:59:52 ID:9C/6RGLH
まあ大鎧は騎乗を前提にしているんで重さに頓着しなかったと言う話しだ。

馬に乗るのも機動力をあげるんじゃなく
機動力を低下させない事が主眼。

460 :名無し曰く、:2007/11/04(日) 02:55:50 ID:zsKxm18f
馬の凶暴性も重要な要素だったらしいね
騎馬戦では馬も一緒に戦ってたとか

461 :名無し曰く、:2007/11/04(日) 15:15:40 ID:9YEYJJbJ
大鎧の時代は水上戦の時代でもあった
地上ほど広い距離を駆け回るわけではないにせよ自分の足で立って戦うことも多かった


462 :名無し曰く、:2007/11/04(日) 17:30:04 ID:z5CGBCq4
あの鎧、舟から落ちたら泳げたのかなw
江戸時代は甲冑水泳術とかあるけど

463 :名無し曰く、:2007/11/04(日) 18:25:49 ID:zsKxm18f
船に乗ってドンパチやってたぐらいだから
当然泳げたでしょ

464 :名無し曰く、:2007/11/05(月) 04:11:50 ID:bevddpcm
船に乗っての戦いなら
大鎧よりは胴丸を着て行ったんじゃないでしょうか。

胴丸は大鎧に比べると鉄板の使用枚数が少ない分
防御力に劣りますがその分軽量で量産性に優れます。
また徒歩戦に対応するため大鎧より防御部位が
接近戦向けに変更されているのが特徴です。
船上での戦いならこちらの方が向いているかと・・・

相手の船に乗り込んでいくか
射撃戦に終止するかでも変わってきそうですが。

465 :名無し曰く、:2007/11/05(月) 05:30:58 ID:aX9RHceH
>>464
そういうこともあったと思うけど初期は大鎧のまま戦ったとおもう
胴丸は格下の鎧という認識が改まって「これけっこう便利だね」って認識に変わってくるのは14世紀ぐらいだと記憶している
http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/moukoshurai/e12.htm
http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/moukoshurai/e11.htm

あと胴丸を武士が着るようになった初期は大型の鳩尾栴檀板をつけていたし
袖も大袖だった。なので身分がほぼ同じならば防御力はそこまで変わらない。
また鉄板の量は胴丸か大鎧かというよりはオーダーした武士の好みや財布次第という側面のほうが大きかったとおもう
逆にいえば「この大鎧は船で使うからこざねの中身は煮革でやってくれ」ということもあったんじゃないかな


466 :名無し曰く、:2007/11/05(月) 19:24:31 ID:Devoozpe
こざねの鉄と革の割合で
革1:1鉄なら一枚まぜ
革1:2鉄なら二枚まぜ
みたいに表現してたんだったか



467 :名無し曰く、:2007/11/06(火) 02:47:15 ID:2daIdXZ9
蜃気楼、形のないもの、あやふやなものの象徴である摩利支天を武神として認識するセンスすごいと思う

469 :名無し曰く、:2007/11/06(火) 18:45:34 ID:9ffiZjWI
無足の法か


470 :名無し曰く、:2007/11/08(木) 15:51:28 ID:JadynmLo
>>439は柔術のあの流派かな?


471 :名無し曰く、:2007/11/09(金) 18:06:09 ID:TGh0PDfQ
>顔全体を覆うバケツのようなグレートヘルムを装備。視界悪いし息がしにくい。
>(クレシー,ポワティエの戦いだと押し合いへし合いで窒息死した兵も多い)

戦って死ぬならまだしも窒息死とは…
戦に生きるものの死に様としてはなんとも浮かばれねぇな…



なんまんだぶなんまんだぶ(-人-)



474 :名無し曰く、:2007/11/10(土) 20:40:42 ID:tY0FEu0Y
侍がつかう鉄砲で、たまにバズーカみたいにでかいのあるよね?
博物館でみたのは弾が350ml缶くらいの直径でびっくりした
そういう持って撃つ小型砲みたいなのが発達したのはなんでなんだろう
あと狭間筒。銃身が2mくらいあって城や船の鉄砲狭間に取り付ける大型銃だけど
李舜臣も船内にいたのが舟を貫通したこれの弾で戦死してるね
西洋ではウォールガンがこれにあたるけどどれくらい用いられていたんだろうか?


475 :名無し曰く、:2007/11/10(土) 22:12:56 ID:tDolEEC/
大鉄炮の事だな
機動性重視の日本の武士達は大砲の変わりにこういう兵器を良く使ってたんだよな
船に取り付けたあり得ないほど巨大な大鉄炮の画像をどこかで見たんだけど中々見つからないなぁ
外洋航海能力は最低クラスだけど武装だけなら西洋の軍艦にも引けを取らないと思う

477 :名無し曰く、:2007/11/10(土) 23:26:09 ID:1626vcET
>>471
アメリカなら鎧職人は訴訟起こされてるなw

「この鎧を使用中は過度の運動は避けてください。窒息の原因になる場合があります」
とか注意書きあったら笑える




481 :名無し曰く、:2007/11/11(日) 19:59:03 ID:lEHaw5ZM
14cでいなくなった騎士と19cまでちょんまげしてた
土人をくらべるの難あり。おそらくなにしても騎士のが強い。
体の大きさ、戦いの経験値 鎧の丈夫さ、武器の技術力、大砲 なにを
おいても武士のまけ



482 :名無し曰く、:2007/11/11(日) 22:30:20 ID:XG9cguZo
むしろズールー族の戦士と武士とではどちらが強かったのか気になる。


483 :名無し曰く、:2007/11/11(日) 22:30:44 ID:qf8v2hWg
またあんたか
コサックスでもやってろよ
戦術性皆無のおこちゃま運動会ゲーム


484 :名無し曰く、:2007/11/12(月) 03:07:41 ID:wbnmRDVH
土人で頭があったという二点こそが日本人の強さのもとだと私は思うが…
やっぱどっちもどっこいになる気がするな、お互いの有利不利相殺しあって結局決着つかんみたいな…


485 :名無し曰く、:2007/11/12(月) 15:07:30 ID:U974oVrS
己の有利不利をどう生かして戦うかは
まあ指揮官の腕次第なとこもある。

ズールー族はどうだったか知らんが
狩猟採集生活を送ってる部族ってえのは
槍とか石とかをすげえ精度で投げることができる。
そういう部族との戦いは飛び道具勝負になるだろうな


486 :名無し曰く、:2007/11/12(月) 16:22:36 ID:OUurvOQ2
>>483
西洋厨はヤカンかぶって酸欠になってるだけだから許してやれ


487 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 11:36:10 ID:4jlW5XS3
「ヨーロッパ人の肉体は繊弱なので、治癒が非常に遅い。
日本人の肉体は頑健なので重傷、骨折および災厄からも、
われわれ以上に見事に、しかも一層速やかに快復する。」

                   ルイスフロイス




488 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 14:55:13 ID:4jlW5XS3
大航海時代以前の西洋人は日本人と同じかそれよりも貧相
特に関東地方の武士はでかいので比肩するのはゲルマン人ぐらい



489 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 14:56:54 ID:D/k3h5cY
中世以降の鉄砲と火薬の力で世界を支配した歴史を振り返ってみると
意外に思えるかもしれないけど
西洋の戦に関する思想は、銃が戦場の主役になるまでは
(場合によってはその後まで)他の地域に比べると異様なまでの
「接近戦至上主義」に凝り固まっていた。

古くはギリシャ、ローマの重装歩兵戦術。
中世では騎兵突撃とそれに対する密集長槍戦術。
近世においては帝政ロシアの銃剣突撃重視の戦法に
第一次大戦で機関銃と鉄条網に突撃して膨大な死者を出した
フランスの「エラン・ヴィタール」に至るまで。



490 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 15:14:14 ID:D/k3h5cY
中世だとヨーロッパ以外で比較的接近戦を重視してたのは
漢民族くらいかなー。
ロシアも旅順防衛戦や第二次大戦とかで「火力,砲兵礼賛」の印象が強いけど
タタールのくびきを脱した後は次第に接近戦至上主義に
凝り固まっていた。

あとは日本、中央アジア、インド、アラブに北アフリカあたりも
弓、投げ槍といった飛び道具の方が戦のメインで
接近戦はサブとしての位置付けが大きい。
新大陸のインディアンやインカ帝国の戦士たちとの戦いでも
最も恐れられたのは投石や投げ槍といった飛び道具による攻撃だし。


491 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 15:34:43 ID:D/k3h5cY
文字どおり全身を装甲化し、顔まで多い尽くすほどの異様な重装備の
騎兵や歩兵は中世ヨーロッパ以外では見られない特徴だ。
戦術的な有利不利を越えて接近戦に執着する何か特別な要素が
西洋にはあったんだろうか。

近年の日本におけるカタナの過剰な神聖化もいうたら
西洋の接近戦至上主義を江戸時代の武士道の神聖化と歪曲の中で
そのまま日本版として焼き直しただけのもので
実態は飛び道具重視の傾向の方がでかかった。

個人的には武士と騎士って戦術的な位置付けからしてまず違うから
決して公平な戦いにはならないと思うんだよねー


492 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 15:58:27 ID:m3zw9M2x
弓兵と槍兵どっちが強いかと言ってるようなものだからな


494 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 16:40:13 ID:4jlW5XS3
>>490
日本の場合はサブのほうであるはずの接近戦武器の使用技術についても弓同様手を抜かないという点では少し毛色が異なるけどな
「使用頻度に差はあれどもどちらかがより比重を増す戦場は必ずあるためどっちも絶対必要」というのが武士の考え方




495 :名無し曰く、:2007/11/13(火) 16:56:08 ID:D/k3h5cY
>>494
弓矢から始まって槍術、剣術、柔術とすげー幅広いね。
両者の戦いにおいてなにかルールとレギュレーションを定めるなら
その分武士には有利に働きそうだ。
特に日本、武士側の有利だと思われる点は
「異国の戦術や戦い方に比較的短期間で馴染める柔軟性」てのがあるな。
幕末のときもそれがあったからこそ近隣諸国に比して非常な
短期間で近代的な軍隊が持てた訳だし
そこから考えると昭和期の迷走ぶりと頑迷さは残念だ。

一方西洋の騎士も普段は騎兵槍の扱い方だけじゃなく
剣術、レスリングとかもやってたし
狩りにおいては弓矢や弩も普通に扱ってた。
しっかしこれが戦場になると突撃一辺倒で時代が下る毎に極めて
融通性に欠ける兵種に変貌していくのが
不思議っちゃー不思議なんですがね。



496 :名無し曰く、:2007/11/15(木) 00:02:40 ID:1gHRbF4q
イングランドのロングボウアーチャー部隊とか、ジェノバのクロスボウ傭兵隊とか、フス教徒とかは無視かよ。

そもそもマケドニアのファランクスやローマのレギオンに正面からぶつかる奴なんか昔からいない。
あれは弓兵、投石兵、騎兵との連携で敵を重装歩兵という死地に追い込む戦法なだけで
あのまま突撃していっても逃げられてお仕舞いというのは当の本人達が良く分かってた筈だぜ。


497 :名無し曰く、:2007/11/15(木) 00:05:19 ID:XznVrgHe
そもそも騎士があそこまで重装甲になったのは弓対策だからな



500 :名無し曰く、:2007/11/15(木) 01:44:11 ID:jgAuNVOw
あれだけの装備をしたら疲れて3分も戦えないんじね?
後、トイレが気になる。やっぱり垂れ流しか?w


501 :名無し曰く、:2007/11/15(木) 07:12:36 ID:XznVrgHe
日本は保守性、革新性両方持ってるからな
基本的には強い保守性があって中々文化、伝統を捨てようとしないけど
革新の必要性に迫られると凄い勢いで革新していく



503 :名無し曰く、:2007/11/15(木) 07:29:10 ID:bpsUrnN/
日本には銀があったのでポルトガルにせよプロシアにせよ
可能ならば日本も占領したがってたのは確か
まあ無理だったんだけど




505 :sporran:2007/11/16(金) 00:10:11 ID:03D+8FGe
名無しの弊害というものは、時としてまったく方向の違うほうに弾を撃つ喜劇を生じるようですね。


507 :名無し曰く、:2007/11/16(金) 16:09:59 ID:2P/ZZ8hE
163 :sporran:2007/10/08(月) 08:05:17
そりゃあんた整備不良の武器渡されたら躊躇する罠

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/08(月) 11:16:22
この人いつも煽りとかばっかりだな

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 13:49:18
T田さんはリアルでいじめられていたせいで日本そのものがきらいになっちゃった人なので多目に見てあげて欲しい


166 :sporran:2007/10/09(火) 21:55:09
せこい書き方せずに(個人名)さんと本名出せよ。軟弱者!


167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 12:38:24
あららキレてるよ

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 11:08:12
ここでキレてないで当時実際いじめられた相手にキレてればいいのにw
軟弱だなぁ

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 17:37:15
どこの板でも固定はきもいもんだがこいつはひどい

まだやりたきゃメンヘル板にでもいけ
お友達がいっぱいいるぞ

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 15:46:14
sporranって人はいつも煽りばっかりで亀田兄弟みたいだな

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 03:10:27
俺もそうだがフェンシングに進む前に子供の頃剣道から入った奴って多いし剣道にも思い入れが強いんだよね
こういう技術論の体裁をしながらいつも剣道批判したいだけの盲文垂れ流しする奴は身内と思いたくない


(以後、sporran逃亡)



508 :名無し曰く、:2007/11/16(金) 16:48:59 ID:BPm1RUny
タイマンでも武士が勝つだろうな。
重装備で鈍重な動きしかできないなら
まともに正面から戦う必要がない。
スタミナ切れか武器手放させるか狙って
あとは転ばせば終わり。



509 :名無し曰く、:2007/11/16(金) 17:31:59 ID:2P/ZZ8hE

江戸幕府もアヘン戦争後は夷敵への脅威はきちんと感じていた



512 :名無し曰く、:2007/11/17(土) 17:49:20 ID:FvDyLa/s
一瞬で相手を屠る最小の暫撃!
虎眼流中目録以上の者のみ使用を許され同門稽古での使用を
一切禁止されたその握りを「流れ」と呼ぶなり。


513 :名無し曰く、:2007/11/17(土) 19:16:03 ID:h/aAK1p+
ありゃ漫画の中だけのものだけど
ただあまりバカにできるもんでもなくて
実は古流だと一見使えそうにない面白い握りというか刀の持ち方はけっこうあるんだよね
こりゃいんちきだろと思っても自分の稽古が進むと外見同じでも全然ちがうみたいなことがあって
ああなるほどこういう時使うのねー
ってあとからわかるときがある



514 :名無し曰く、:2007/11/17(土) 22:13:11 ID:jsC6AUxc
日欧以外に武士騎士にあたる階級はどんなのがある?
エジプトのマムルークとか?


515 :名無し曰く、:2007/11/18(日) 04:00:49 ID:e7+c1E2p
マムルークは・・・
和訳すると「奴隷軍人」とかそんな感じになるのかな?
武士や騎士とも少し違う感じがする。
コサックやハイランダーも違うしなー


516 :名無し曰く、:2007/11/18(日) 04:44:49 ID:9tjFCveW
マルムークは「奴隷傭兵親衛隊」じゃね?
スルタン死んだら次の君主には使えなくてもいいしなw
次の君主に虐殺されたり逆に反乱起こしたりなんてわけのわからん
制度なんだろうと思うが、そうする事で凄まじい忠誠を得ていたのかもが。


517 :名無し曰く、:2007/11/18(日) 18:52:01 ID:z4xhcU+y
マムルークって響きがかっこいい
ちょっと武士とは違うみたいだけどどんな装備だったんでしょ
サラディンのアイユーブ朝軍にははマムルークはいたのかな


518 :名無し曰く、:2007/11/18(日) 19:20:43 ID:6VNEuRD4
軽装で馬に乗って弓を射たり剣を持って突撃したり
モンゴル帝国とヨーロッパ諸国とで三つ巴の戦いをして互角以上に戦ってたぐらいだから
中々侮れないぜ


519 :名無し曰く、:2007/11/18(日) 23:00:27 ID:z4xhcU+y
確か一線級の部隊じゃなかったとはいえモンゴル軍を破ったんだよね!


520 :名無し曰く、:2007/11/19(月) 03:32:00 ID:rfa1uF9Y
アイン・ジャルートの戦いね。
マムルークがモンゴル軍を先鋒の偽装撤退で誘い出し本隊で包囲殲滅して勝利。
この戦術は本来モンゴル側が得意とするものだったけど
かってモンゴルの捕虜となった経験のあるマムルーク側の指揮官
バイバルスが、自軍の戦術として取り入れていたんだ。

この戦いから察するにマムルークも機動力の高い軽騎兵が主力だったみたいね。
マムルーク朝は奴隷の中でも特に乗馬や騎射の技能を持つ者を
戦力として優先的に集めていた.
構成としてはハンガリーのクマン族やトルコ系のセルジューク族といった
中央アジア、遊牧騎馬民族出身の者が多く、
装備や戦法もそれに準じたものになったはずだ。



521 :名無し曰く、:2007/11/19(月) 08:21:37 ID:GQznfrD3
マムルークにはモンゴル人も居たしな


522 :名無し曰く、:2007/11/19(月) 09:25:04 ID:yREdg8Hu
ポーランドもモンゴルを真似た軽騎兵戦法で勝ってるな


523 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 16:16:59 ID:F6x3Myw3
「この国の人々は、私が遭遇した国民の中でもっとも傑出している。
どの非キリスト教徒も、日本人より優れている者はいないと考える。
日本人は相対的によい素質を持ち、悪意がなく、交際して気持ちがよい。
彼らの名誉心はことさら強烈で、彼らにとって名誉がすべてである。
日本人の生活には節度がある。
ただ呑むことにおいては、いくらか過ぎる国民である。
彼らは盗みの悪を非常に憎んでいる。
私は今日まで旅した国において、
それがキリスト教徒たると異教徒たるとを問わず
盗みにおいてこんなに信用すべき国民をみたことがない。
彼らは、皆、理性的な話を喜んで聞く。
          スペイン人宣教師フランシスコ・ザビエル



524 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 20:55:51 ID:mLPdxxNA
今でも日本に来た観光客はスリ、置き引きの被害の少なさ、
治安の良さに驚くことがしばしばある。

しかし戦国の頃からそうだったとはなー
ザビエルさんが寄ったとこは特に治安が良かったのかしらん。


525 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 22:18:40 ID:p5TiChf2
昔の日本は家に鍵なんかなくて
基本全て開けっ放しで外から丸見えなんだぜ
逆に盗みに入りにくいだろうけどねw


526 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 22:21:05 ID:eM4CuYbf
江戸時代の大工の労働時間は5時間だったそうだ。いいなぁ~。
今じゃ9時出勤夜10時まで残業なんて普通。
戦前もゆったりしていて、今みたいにセカセカしてなかったとか・・・
もっとも、戦前の日本製品は粗悪品の代名詞だったがw


527 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 22:22:03 ID:eM4CuYbf
>>525
関係ないが昔の台湾やアイルランドも鍵を開けっ放しにするくらい治安がよかったそうだ。


528 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 23:05:26 ID:eM4CuYbf
幕末、
「日本を西洋化する必要はない。
彼等はそんなものがなくとも満ち足りて幸福だ。
西洋文明は日本を堕落させる結果になるだろう」
と誰だったかプロイセン人が書いているがその通りになったな・・・
もはや日本はかつて外国人が驚嘆したように勤勉でもないし、幸福そうでもないし、助け合ってもいない。
俺達は中世に培った伝統と国民性の残りカスにすがって繁栄しただけなのかもしれん・・・
ローマが質実剛健のローマ精神を忘れ堕落したように・・・


529 :名無し曰く、:2007/11/20(火) 23:11:29 ID:p5TiChf2
>>526
江戸の町なんてフリーター天国で
金に困ったときだけ働くって感じだったらしいな
農民は結構厳しいけど


530 :名無し曰く、:2007/11/21(水) 10:15:53 ID:tGerBXeN
江戸時代の例もあるように勤勉っつっても現代人のイメージする勤勉とはまたちがうんだよね
かれらの勤勉は「出来上がりにベストを尽くすためならいくらでも時間をかけるしインスピレーション沸くまで遊びまくる」だからなー
それこそやらねーとなったら毎日ごろごろだがやり始めると餓死寸前まで止まらないという



531 :名無し曰く、:2007/11/22(木) 11:43:56 ID:5daTTMFe
最近の硬い殺陣とちがって上体も柔らかいしええ動きやね
懐に入って斬るとことか刀の返しとか古流に近いトコ多いね
http://www.youtube.com/watch?v=wh4CM9y46Z0



532 :名無し曰く、:2007/11/22(木) 11:53:10 ID:wSuQZdcg
実際と比べてどうかは置いておいて
説得力はあるな


533 :名無し曰く、:2007/11/24(土) 15:23:03 ID:B7/XrQdu
飛び込みながらの脚斬りに笑ったw
かっけーw


534 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 00:00:52 ID:4802xMBL
実戦で太刀もった武士とエペもったヤシが戦っても、
エペで軽症与えてるうちに、太刀で頭勝ち割られて
the endだろ。



535 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 02:55:24 ID:UBqI+Qaw
>>534
長刀、此レ倭中国ヲ犯スヨリ始テ之有リ
[日本海賊が中国に攻めてきたときに初めて我々は長い日本刀の力を知った]

彼ラ是ヲ持チテ跳躍光閃シテ前ニ進メバ我兵ハ己ニ気ヲ奪ワレルノミ。
[彼らが日本刀を使って稲妻のように早く攻め込んでくると我ら中国の兵は集中を乱し混乱するのみだった]

倭ハ躍ヲ善クシ、一度足ヲ逆エバ別チ丈余、刀長五尺ニテ、則一丈五尺ナリ。
[日本人はフットワークが巧みで一息で1丈も飛び込んでくる。彼らの日本刀の刀身は五尺あるので一丈五尺も先から斬り込まれる事になる]

我ガ短兵器ハ接シ難ク長器ハ捷ナラズ、身多ク両断ス。
[我々の武器のうち剣などの短めの武器では日本人には近づくことが難く槍などの長柄武器では遅すぎて日本人のスピードに付いていけない、我々の多くが両断されて死んだ。]


↑軽装同士ならこうなると思うよ。
軽めで長い直剣を手先の変化で片手使いをする場合の戦果はこうなったみたいだね
フェンシングと中国剣はちがうけどまあ対武士ということで大まかに近似値として考えれば。
もっともこのときの中国兵は決して軽装備じゃないんだけど
もちろん何例かは逆にエペ側が武士の指だの腕だのに小さい傷つけた後無事間合いから脱出して武士の失血死待ちという例もでると思うけど


536 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 21:43:43 ID:h6glIASn
攻城戦では攻めでも受けでも日本の方が強いイメージがあるんだがどうかね?
実際に城とか見学すると絶対落とせない絶望感が出てくるんだが。
支城システムとかも優秀っぽいし。



537 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 21:58:20 ID:7DW6UD4I
朝鮮出兵の時も和城は一つも落とされなかったらしいね


538 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 23:34:15 ID:sTMa9wlV
会津若松城と熊本城は明治の近代兵器とアームストロング砲でも落ちなかったからな・・・
会津は兵糧攻めで開城だし



539 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 23:51:51 ID:sTMa9wlV
日本の城は本丸、二の丸、三の丸とか多重ブロック構造だから
一箇所から侵入を許しても、攻撃側は本丸までさらにいくつかのブロックを制圧しなければならないし
防御側は戦力の立て直しができる。
更に城内は最低2方向から攻撃できるよう射角が計算されて櫓・壁・門が配置されているから、
侵入した部隊は迷路みたいな城内で前面・側面・背面の矢・鉄砲狭間から一方的に攻撃され、犠牲を強要させられる仕組みになってる。


ヨーロッパは騎士の時代なら高い壁、後には大砲の発達に抗して低めで厚い壁になったんだっけ?
壁を壊すまでが一苦労。
向こうは中国みたいに町ごと城壁で囲んでるところが多いが、日本では小田原城くらいしか知らん。


540 :名無し曰く、:2007/11/26(月) 03:33:37 ID:dWiCW8iR
ヨーロッパだと人種戦争みたいなもんになりやすくて騎士でも領民でも襲われるんだろ?

日本は多少の略奪はあっても基本武士の戦争は武士同士かってにやってるからな
戦場に駆り出された足軽は別にして施設というか町は基本スルーされる



541 :sporran:2007/11/26(月) 17:40:50 ID:WtOSEKZ2
507
訂正があります172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 03:10:27
俺もそうだがフェンシングに進む前に子供の頃剣道から入った奴って多いし剣道にも思い入れが強いんだよね
こういう技術論の体裁をしながらいつも剣道批判したいだけの盲文垂れ流しする奴は身内と思いたくない

私はフェンシング以前に「子供のころから剣道」をしておりませんが。
きちんと事実を確認した上でお煽りください。

また、私を意識しておられるのはあなただけのようでございます。他の方々は私を意識しておりません。






544 :名無し曰く、:2007/11/26(月) 23:43:31 ID:vIgYPtnZ
コピペにマジレスしてる馬鹿がいるなw


545 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 01:11:08 ID:9b5nSWl/
>>540
目の前に戦利品が有るのにスルーする訳が無い
相手の士気も落とせるしな


546 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 01:58:58 ID:0RHpZgd+
戦の勝敗そっちのけで略奪ばっかしてるような兵士は
大将にとっても扱いにくいと思うんだけどなー。
所謂初期の足軽だとどの程度まで上の統率が効いてたんだろう。

たとえば西洋だと陥落させた町は3日だけ略奪自由、
それ以外はお預けで勝手にやってんのがバレたら厳罰、てルールがあって
ロクデナシの傭兵の動きをある程度縛ってたそうだけど
日本にもそういう決まりはあったんだろか




547 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 04:38:22 ID:tZMjQJ6z
>>545
略奪ばっかやってたら勝った後支配しにくいだろ
下は略奪したがるが上はさせたくないってのが本当のところだろ
あとは上の指導力次第



548 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 17:09:31 ID:0RHpZgd+
>>540
あとヨーロッパでは「騎行」といって
敵領土での略奪や畑荒らしを戦術の一環として行う
騎兵の運用法があった。
10~100人くらいの騎兵の小部隊が基地から飼葉を満載にして出発し
敵領土からの略奪品を満載にして戻って来るという。
消耗が激しい正規軍同士の衝突を避け敵を経済的に疲弊させるのが
目的だとか何とか・・・


549 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 17:25:36 ID:0RHpZgd+
ちなみにこの戦法はドイツ騎士団などが主に非キリスト教の国に対して行った。

ビザンツ帝国下の小アジアでもセルジューク・トルコの進出期には
断続的な襲撃を受けた農民が城壁のある都市部へ逃げ出し農地が荒廃、
税収が減少し経済が打撃を受けた、という例がある。

戦術としての選択か、兵士の自活のための行動か、という差はあるにせよ
敵地において軍隊が通った町や村は経済的な打撃を受けるのを免れなかった、
てのが昔の戦争の一般的な例なわけで。
これは日本の場合もほぼ同様だったと思う。
その細部に関しては調べ方が足りないからよく分からないんだけどね


550 :名無し曰く、:2007/11/27(火) 21:29:03 ID:/W24RlmH
孫子は兵糧の現地調達を勧めてるね
孫子を読んだナポレオンがロシア遠征で現地調達をしようとしたが、焦土作戦で目論見が大はずれしたのはご愛嬌


551 :名無し曰く、:2007/11/28(水) 09:18:35 ID:xvQVuZPY
日本の場合現地調達のときに金出して買うことも多かったけどね


552 :名無し曰く、:2007/11/28(水) 13:52:45 ID:pmNk/4Hb
>>551
戦場にまで商人が出入りして、兵糧その他を売ってたらしい・・・


553 :名無し曰く、:2007/11/28(水) 14:32:18 ID:8zHje3Uq
我は兵にて戦いを決する。塩にて敵を屈せしめることはしない」 上杉謙信


554 :名無し曰く、:2007/11/28(水) 14:37:04 ID:8zHje3Uq
536 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 21:43:43 ID:h6glIASn
攻城戦では攻めでも受けでも日本の方が強いイメージがあるんだがどうかね?
実際に城とか見学すると絶対落とせない絶望感が出てくるんだが。
支城システムとかも優秀っぽいし。


537 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 21:58:20 ID:7DW6UD4I
朝鮮出兵の時も和城は一つも落とされなかったらしいね


538 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 23:34:15 ID:sTMa9wlV
会津若松城と熊本城は明治の近代兵器とアームストロング砲でも落ちなかったからな・・・
会津は兵糧攻めで開城だし


539 :名無し曰く、:2007/11/25(日) 23:51:51 ID:sTMa9wlV
日本の城は本丸、二の丸、三の丸とか多重ブロック構造だから
一箇所から侵入を許しても、攻撃側は本丸までさらにいくつかのブロックを制圧しなければならないし
防御側は戦力の立て直しができる。
更に城内は最低2方向から攻撃できるよう射角が計算されて櫓・壁・門が配置されているから、
侵入した部隊は迷路みたいな城内で前面・側面・背面の矢・鉄砲狭間から一方的に攻撃され、犠牲を強要させられる仕組みになってる。



上で出てくる「支城システム」ってなにかね?


555 :名無し曰く、:2007/11/29(木) 00:25:00 ID:BiHPoZLz
そのまま支城(網)の構築の仕方のことだろ、たぶん。
なんかかなり執拗な作り方だったらしいが詳しいことは良く知らん。


556 :名無し曰く、:2007/11/29(木) 03:02:48 ID:AYDQVZ0G
尼子氏は本拠月山富田城の半径10km四方に10個支城があったそうだが。
これって多いほう?


557 :名無し曰く、:2007/11/29(木) 08:36:20 ID:99p7iVdh
>>544
あのage荒らしは書かれた元のスレで何も言い返せないからここに書いてるんでしょうw
哀れなものです


558 :名無し曰く、:2007/11/29(木) 18:06:35 ID:rlljSsPJ
>>554
お城ってのは単体で成り立ってるものじゃなくて
後方策源地との関係性や
複数の城のネットワークで防衛を成り立たせているものが多い。

例えば城Aが包囲されたら近隣の城Bから救援部隊を出して
Aが持ちこたえてる間に城の包囲部隊に攻撃をかける、というように
相互に支えあうことで防衛機能を高めてる。

だから支城っていうのは
「単体での防衛能力はあるけど、食料備蓄や置いておける兵力の少なさのため
野戦軍の基地としてはあまり使えないような城」とか
「最大拠点にある城の守備力を地域単位で補強するため周辺に建てた城」
みたいなものを指すんじゃないかしら



559 :名無し曰く、:2007/11/29(木) 18:56:20 ID:rlljSsPJ
>>554

絵で描くとこんな感じになるかなあ
支城

http://litz.sakura.ne.jp/upload/file/1196330090.jpg


560 :名無し曰く、:2007/11/30(金) 23:50:46 ID:gs9kS8Ua
後詰めって奴だっけ?
戦力が効率的に使えるんかね。

561 :名無し曰く、:2007/12/02(日) 01:54:43 ID:fQ4QOClE
本城や支城が攻撃を受けた場合、篭城してる間に他の支城から増援がくる。
簡単に言うとこれだけの話だけど、上にも書かれてるとおり網の張り方が
執拗で城攻めしてる側が逆包囲されたり、城攻め側の増援や補給線を他の
支城が遮断したりする。

さらに進発した支城の軍が敵と交戦後、そのまま戦場を突っ切って他の支城に
飛び込んで補給をしたりするいかれたシステム。
どちらにしても日本の城が鉄砲を有効に使えるから成り立つシステム(篭城側が進発して
支城軍勢と連携をとり易い、鉄砲の援護で退却も有効に行える)


562 :名無し曰く、:2007/12/02(日) 12:35:50 ID:4feEzKb/
鎌倉や南北朝の頃のそういった話はないの?

563 :名無し曰く、:2007/12/02(日) 14:59:07 ID:i/lG1Ni9
長篠の戦いも後詰決戦だよね
武田が長篠城を囲んでる間に織田徳川が野戦軍で駆けつけた
攻める側は城を囲む兵力を残して、野戦をしなきゃいけないので不利だな

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コメント
この記事へのコメント
  1. 名乗るほどの者では…  2007/12/23(日) /16:04

    ほぼ同等の防御力をもってるのに機動性は圧倒的に武士が上。
    勝負にならんとおもう

  2.     2007/12/28(金) /19:01

    『懲録』
    賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
    賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
    全くその勢いには抗すべき道がなかった。

  3. 名乗るほどの者では…  2008/01/13(日) /17:55

    武士つえwwww
    目から鱗だなー

  4. 名乗るほどの者では…  2008/01/18(金) /13:18

    ふー長いけど面白かった。
    なんか騎士擁護派の人は冷静な人少ないね。
    初めから荒らす気で書き込んでる人ばっかりだ。

  5. 名乗るほどの者では…  2008/01/21(月) /11:54

    冷静に考えてろくに前も見えないほど全身を板金で覆うのって普通に怖いんですけど。
    自分達のほうが数が多いならまだしも敵のほうが数多かったら簡単に手足押さえつけられてなぶり殺しになる。
    力が強くても機動性が低ければ多勢に無勢のときにはどうにもならないもんね。勝つどころか逃げることも出来ない。
    そう考えると騎士は自分達のほうが多いときしか強くないんじゃない?

  6.    2008/02/04(月) /10:52

    色々勉強になります。
    何が何でも日本のものを貶めたい奴ばっかな中で
    ここは貴重だと思いますよ。

  7. 名乗るほどの者では…  2008/02/06(水) /07:42

    >自分達のほうが数が多いならまだしも敵のほうが数多かったら簡単に手足押さえつけられてなぶり殺しになる。

    武人の比率で考えても日本の武人の数は軽く騎士を圧倒してる
    単体でも集団でも騎士はどうしようもない

  8. 名乗るほどの者では…  2008/02/16(土) /04:12

    >>269
    騎士は転んだら起き上がれないってデマだと思ってたけど
    本当なんだな

  9. 名乗るほどの者では…  2008/02/20(水) /05:28

    鉄の棺桶着て戦ってたなんて
    騎士は葬儀の手間が省けていいね

  10. 名乗るほどの者では…  2008/10/19(日) /03:51

    食事に関しては玄米食の武士は筋力もスタミナも有利らしい

    ベルツとかいうドイツ人の研究によれば

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