戦国時代より南北朝時代の方が面白い

戦国時代より南北朝時代の方が面白いの情報ページです。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
戦国時代より南北朝時代の方が面白い【日本】


鉄砲が戦争をつまらなくした


ニュース 民族・風習・伝統 歴史 ブログ村 戦国・歴史
戦国時代より南北朝時代の方が面白い
1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 02:39:56 ID:Y0FIDQS1
お前ら太平記読めよ。
戦国時代並に各地の勢力が動いてて面白いぞ。


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 02:42:56 ID:9FMVymK0
鉄砲が戦争をつまらなくした


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 02:54:35 ID:mzpkYtmc
南北朝時代がおもしろいのは同感


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 03:03:30 ID:F67W9xsU
高師直は不当に評価されてるよね
名将だと思うが

忠臣蔵がこの時代が舞台で、悪役とされてきた影響が大きすぎるのかね


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 04:01:13 ID:wWgACARM
小説から入ったんだけど、北畠顕家って本当にすごい人なの?


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 04:19:21 ID:FC+sJHRV
後醍醐と北畠親房こそ南朝の癌だった
顕家を殺し
顕信、顕能の足かせになったのは
父親である親房その人の古い思想のせいだ


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 20:13:42 ID:zxoaS729
戦国と比較してもあまりにカオスな時代だな。尊氏が南朝方になったり、
楠木正成の息子が北朝方になったり、何でもありの時代。


8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 21:01:00 ID:OD9e2v4l
名和長年なめんな。


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 00:30:17 ID:fnFaf10O
>>8
激しく同意


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 02:40:17 ID:qUhh+pri
>>5
私は「破軍の星」で知ったが、あなたは何?

最近、太平記を読み始めました。


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:42:26 ID:mT6vm+N7
北畠太平記もよんどけ


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 05:55:28 ID:rIW0LDqd
山崎正和の太平記

わけわかめ


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 06:49:36 ID:eAcZM34A
ちょっと興味あるけど
動員兵力とかショボそ~だよな


14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 09:42:11 ID:tYyclr/z
>>13
何を言っとるんだ、80万騎とか100万騎とか普通に動員される時代だゾ。


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 17:53:52 ID:UBt51K6M
全国各地で戦いがあるし、皇族、貴族、武士、寺社、土豪など各勢力がそれぞれの動きをするから複雑だけど楽しいよね


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 18:20:41 ID:RmygIxDa
この時代の小説探したがなかった、南北のわかりやすくて面白い小説あんの?


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 20:09:24 ID:660f6F40
面白そうに見えて非常に虚しい時代だよ。



21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 00:53:21 ID:7a3byZDp
戦国の没落大名達が、星の様に輝いてる


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 21:03:22 ID:wvuEGxN+
維新の時のショボショボ大名が星のように輝いてる戦国時代


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 18:05:37 ID:haNb0eLY
伊達の事か~


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:51:28 ID:JqR1nFRE
つまり、毛利・島津最強と。


25 :10:2006/11/02(木) 15:31:25 ID:jpK2LQNl
帝が奈良?へ移りました。


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 01:34:55 ID:OVdQ7bso
戦国時代を待たずに滅亡した津軽の曽我氏に萌え


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 02:38:32 ID:q7Ldzf8e
山田風太郎「婆沙羅」講談社文庫
200P程度で薄い。
どうよメインで関東はあまり出てこない。新田とかも。
大雑把な流れは掴み易い。


28 :10:2006/11/05(日) 03:39:54 ID:zTmROy1Z
太平記をぽつぽつと読み始めて一週間ほど。
ついに楠が登場!
平家物語を読んだときと違って、なんとなく人を覚えやすくて嬉しい。
各エピソードがスリリングで楽しいですね。


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 10:20:21 ID:HHQ1/ipY
副首都格の大阪府民にして大阪市民たる俺がふと気付いたこと。
近頃の浪花では、楠木正成の影が異常に薄い。
きっと忠臣だからだな。こんなところにもB利権の影が。


30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 12:19:59 ID:nHRcrZhM
南北朝時代って「天下統一」っていう最高の終わり方がないんだよね。
内紛ダラダラやってていつの間にか終わってたみたいななんか
スッキリしない展開だし。
もし尊氏が秀吉・家康のような圧倒的支配力をみせつけてれば
もっと人気は出たとは思う。


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 14:26:47 ID:P8WNeff4
>>29
戦前は日本史最高のヒーローだったらしいね。
楠。
実際太平記ではめちゃかっこいいし。
平家物語より面白いし。
義経なんか、目じゃないよ。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:14:12 ID:bYaqlEzg
圧倒的な支配力といえば、義満なんだがな。南北朝より更に下って
後南朝まで追いかけるとミステリーの領域だな。


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 01:59:26 ID:ALQaA7aU
楠木は今風に言うと極右だろ、ただの電波


34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 02:10:30 ID:H+A+v23P
極左よりはまし。

と済ませたい所だが、現代の極右とは違うんじゃないかい?
頭の固いやつ(たとえば理より法を優先するようなやつ)が
ちから(当時は武力、現代なら経済力)も持っているって印象。
それが極右だといわれると、そうかもしれないけれど。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 02:44:32 ID:vlT9wl3e
楠木正成は忠義を尽くしたのがたまたま天皇だっただけ
それを明治以降に当時とは異なる天皇及び国家の価値観に結び付けた


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:45:54 ID:yXzkISPj
>>35
戦後の左派イデオロギーに洗脳されたな。

楠木正成は読み本分野を通じて庶民の間では江戸時代より爆発的人気がある。
そして彼を天皇への忠節へと結びつけたのは水戸光圀。
光圀が打ち立てし水戸学派が尊皇攘夷の根本になりえた。
明治以降楠木信奉を政府が支持したとするならば、それは大衆に迎合したに過ぎん。


37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 14:01:03 ID:PWyVUdUS
>>36
>>35は>>33に反論じゃね?現在の右翼とは違うって事を強調したいんだろ

まあ俺は佐々木道誉派なんだけどw


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:11:23 ID:KmP4SN+a
俺は円心派。


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 10:15:01 ID:DauuBzly
てか、何で楠木が忠臣で尊氏が逆賊扱いなのかさっぱりわからん。
今の天皇は北朝じゃん。
尊氏に感謝すべきだろ。


40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 13:16:00 ID:Ni7zYwha
楠木正成の子孫が「先祖の逆賊扱いをやめてくれ。」
と豊臣秀吉に陳情して受け入れられたって話があるよ。
北朝正統が本来の流れだったけど水戸黄門が逆転させた。


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 09:22:57 ID:XyROrjzt
結局「大日本史」も江戸時代の朱子学の価値観で書かれてるから


42 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 13:29:31 ID:30g0Ybkf
歴史上の事実を正確に書くのは必要だし、可能だとしても、
その評価について何の価値観にも縛られない書き方って、ほとんど不可能だと思うけどね。


43 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 22:44:19 ID:D0WB7cLi
悪党の裔


44 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 23:05:18 ID:+ApdvLE7
江戸時代には北朝が正統であり、朝臣のほとんどが北朝公家の末裔だったから異論の余地が無かった。
松平定信が家斉の名代で上洛した際に吉野の後醍醐天皇の墓に立ち寄ってから入京したために公家達から叩かれたはず。


45 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 02:09:03 ID:iRszkJHu
朝鮮半島スレかと思ったらただの糞スレか


46 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 16:16:54 ID:k4RFqWxS
>>45
南北朝の文字を見て半島をイメージするとは、相当汚染されているな。


47 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 00:49:32 ID:CT7U9TyX
まだ中国と間違えるのは許せるが。

っていうか、ウィキの執筆者で
単に[[戦国時代]]・[[南北朝時代]]と書いても曖昧さ回避のページにしか繋がらない事を知らない奴多すぎ。



48 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:12:44 ID:ByrU/NWQ
南北朝時代の城跡や本拠地跡は山過ぎてびびる


49 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 17:18:35 ID:QUbcOy/u
ほんと山だよな
南北朝時代の地元は新田氏が落ち延びてきててその城跡があるんだけど
ほんっと山ン中、ちょっと道外れたらそのまま白い骨になるんじゃないかと思うほど


50 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 01:58:10 ID:AaZyq6lX
南北の始まりはやっぱ1336年?


51 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/24(水) 23:37:01 ID:9s/W5a7g
おそらく。


52 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/25(木) 01:26:23 ID:yNA6+dW0
吉野朝時代より賀名生時代に萌える


53 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/26(金) 20:09:05 ID:Iyo5rSsY
この時代って、何か印象が中途半端で忘れ去られやすいんだよなぁ・・・結構調べると面白いのに
都道府県で言うと鳥取県みたいなモン


54 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/26(金) 22:06:00 ID:V6POG4ch
それは南北朝時代に失礼だろう


55 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/26(金) 23:23:47 ID:zGqam+M5
円心が鳥取に攻め込みました。


56 :人間七七四年:2007/02/15(木) 09:04:55 ID:bDb8ypjQ
戦後教育でタブー視された皇国史観的な逸話が満載だからかな

南北朝時代は皇族関係が絡む新説を出しにくいから学問としても発展しにくいし


57 :人間七七四年:2007/03/11(日) 21:58:14 ID:8z/etuNm
>>39
>>44
明治時代に南北のどちらが正統かの論争が起こって
明治天皇が南朝を正統としたらしい。

今の天皇家が実は南朝…という噂もあるが
これはな~


58 :人間七七四年:2007/03/13(火) 18:36:54 ID:rrPJTsyG
南北どっちでもいいんでね?
同じ皇族だし、南朝側から正式に神器も譲り受けてるし。


59 :人間七七四年:2007/03/21(水) 22:37:00 ID:xXodiq8c
朝廷が二つの系統に分かれたのは蒙古襲来が原因らしいね。
冷や飯食いになった方が元朝に付いて道先案内したら大変だってことで
順番に交代する条件で双方とも納得する様に鎌倉幕府が骨折りしたとか。


60 :人間七七四年:2007/04/28(土) 23:55:30 ID:ww47kjLE
大河で足利尊氏を希望します


61 :人間七七四年:2007/04/29(日) 05:48:41 ID:dD+sOKAZ
既にやってるじゃん


62 :肥後者:2007/04/29(日) 17:05:26 ID:3G9Od2RQ
 おいおい 壊良親王の名がでてないぞ
この時代の九州は輝いていた 
菊池氏・阿蘇氏・名和氏など 




65 :人間七七四年:2007/04/29(日) 18:06:57 ID:lSXJDJKg
むしろそれぞれが独立して勝手に考える戦国時代の方が集めにくい



66 :人間七七四年:2007/04/29(日) 19:16:57 ID:naREsCTm
オマイラいま吉川英治の太平記を読んでるけどツマンネーゾ
若き尊氏が京で暴れて故郷に帰る寸前に、
新田方に捕縛され蟄居させられた上に弟が蟄居先に侵入失敗して新田方と乱戦。
足利方から新田方にこの事件を鎌倉にチクらないでお願いって使者だして…なんだこりゃ架空話がずっと続くのか?


67 :人間七七四年:2007/05/02(水) 11:03:17 ID:jD1KL1e0
山岡と吉川の両方を昔読んだが、
鬱な可哀想な尊氏が出てくるのは、私本太平記だったっけ?


68 :肥後者:2007/05/02(水) 12:15:27 ID:TvAcRLOW
人が書いた架空話じゃなくて、古文書を読め!


69 :人間七七四年:2007/05/02(水) 13:09:40 ID:98rrPmn5
山崎正和の太平記を読もうと思うが、
むずかしいかなあ。

いちおう、現代語訳らしいが。


70 :人間七七四年:2007/05/02(水) 15:28:21 ID:Au1YQSl3
うちの近くに光明寺ってあんねんけど看板に「太平記ゆかりの地」て書いてあるんやけど何の舞台か誰か知ってる?地理的に赤松円心則房のゆかりかな?


71 :人間七七四年:2007/05/02(水) 15:31:53 ID:U6aczU4F
ちょっと前に岩波から太平記出ていたのを確認したけれど、もう絶版かな。


72 :人間七七四年:2007/05/02(水) 15:37:39 ID:jD1KL1e0
>>70
ほい

五峰山・光明寺
ttp://www.town.takino.hyogo.jp/kankou/gobu.html


73 :人間七七四年:2007/05/02(水) 15:43:30 ID:Au1YQSl3
72 かたじけない。
古戦場みたいなもんかな?


74 :人間七七四年:2007/05/02(水) 15:53:59 ID:jD1KL1e0
そのようだね、ネットで調べてみれば


75 :人間七七四年:2007/05/02(水) 23:44:41 ID:d+HK2pV1
よく分らないが、明治になるまで日本の人口は3000万くらいでずっと推移してきたと聞いた気がする。刀狩りとか無かった南北朝の頃は、ラ、マルセ~ユみたいな大義名文さえ有れば、お祭り騒ぎみたいに、何十万単位の人間が全国から集まったのかなぁと思う。


76 :人間七七四年:2007/05/03(木) 15:13:24 ID:mYYk/I15
所領を安堵してもらう為に全国から集まってきたんだろ。



78 :人間七七四年:2007/05/03(木) 21:21:53 ID:T7qxrRj+
南北朝時代より南北朝鮮の方が面白いぞ、傍で見てる分には。



関わり合いは持ちたくねーけどな。


79 :人間七七四年:2007/05/04(金) 01:32:54 ID:eOAwTlAj
少弐暗黒時代の幕開け

83 :人間七七四年:2007/05/04(金) 09:07:42 ID:nBZx8LZU
動員の多い戦いを並べると

白村江→大和・百済連合軍4万7000
坂上田村麻呂の北征→朝廷軍10万
倶利伽羅峠→平家方主力7万騎・能登方面軍3万騎
奥州合戦→鎌倉方28万騎(かなりあやしい公称数)
承久の乱→幕府方東海道方面軍10万騎・東山道方面軍5万騎・北陸方面軍4万騎
弘安の役→日本12万騎、元14万
元弘の乱・分倍河原の戦い→幕府軍10万騎、新田軍10万騎
元弘の乱・東勝寺合戦→幕府方1万6000騎、新田軍60万7000騎(ちょwww)
湊川の戦い→足利軍50万騎(絶対嘘だろwww)、朝廷軍5万騎
青野原の戦い→奥州方50万(wwww)、足利軍8万
応仁の乱→東軍8万5000~16万、西軍8~11万
河越夜戦→北条1万1000、古河公方・関東管領・扇谷上杉連合軍7~10万
永禄四年小田原包囲→上杉連合軍7~11万3000
小田原攻め→豊臣方21万5000、北条方8万2000
朝鮮の役→文禄17万、慶長14万
関ヶ原→東軍10万、西軍8万
大阪冬の陣→徳川方20万、豊臣方11万
島原の乱 幕府方12万8000、一揆方2万7000~3万7000
日露戦争・奉天会戦→日本軍25万、ロシア軍37万
日中戦争・徐州会戦→日本軍24万、国民党軍60万
日中戦争・武漢作戦→日本軍35万、国民党軍110万
日中戦争・大陸打通作戦→日本軍40万、国民党軍39万

新田>>>>>>日本軍



87 :人間七七四年:2007/05/11(金) 16:11:43 ID:wnv3lFdy
楠木正成伝
ttp://www.t3.rim.or.jp/~miukun/masasige%20mokuzi.htm

ここ、なかなか面白い。オススメ


88 :人間七七四年:2007/05/11(金) 16:41:02 ID:LR4CkdYj
南北朝時代を調べてると鬱になる。


89 :人間七七四年:2007/05/12(土) 22:23:42 ID:JgGeTjDp
鎌倉大草紙を読んだ人いる?
いま現代語訳を出してる出版社ってある?
あれって大平記の続編って位置付けなの?


90 :人間七七四年:2007/05/13(日) 01:24:05 ID:cv2Q+unp
90get!


91 :人間七七四年:2007/05/13(日) 15:57:37 ID:WoSOEd6S
太平記は当時の幕府が検閲済みらしいが、よく発行を
許したな。江戸時代に豊臣を賛美するような書籍を出したら
即発禁ものだぞ。


92 :人間七七四年:2007/05/13(日) 17:26:08 ID:iN3XXlsN
直義がチェックしたって記録が残ってるんだっけ?>太平記


93 :人間七七四年:2007/05/13(日) 20:09:21 ID:utaPpo8s
江戸幕府ほど統制力は無いだろ


94 :人間七七四年:2007/05/13(日) 20:22:44 ID:osVr8UEP
直義が尊氏に都合が悪いことを自分に着せさせてから発行を許したという話は良く聞く


95 :人間七七四年:2007/05/14(月) 19:28:50 ID:O27/7+OA
>>87
菊池の小説まであるwマニアだな。


96 :人間七七四年:2007/05/16(水) 10:51:46 ID:WL5GJzdi
菊池といえば日本で始めて槍を使用したところだな


97 :人間七七四年:2007/05/24(木) 20:51:15 ID:EcdKi7LH
関東公方から愛をこめて


98 :人間七七四年:2007/05/25(金) 01:35:48 ID:VxcR+PQN
この時代は刀が他の時代に比べればって程度ではあるがけっこう戦場の主役級なのが萌えポイント


99 :人間七七四年:2007/05/30(水) 01:57:17 ID:v6OlOxFg
南朝北朝の争い、公家と武士の争い、武士と寺社の争い、幕府内部の主導権争い、守護同士の争い、守護と国人の争い

あらゆるレベルの争いが全国各地で行われたこの時代の方が戦国時代より乱世の名に相応しい



104 :人間七七四年:2007/06/21(木) 00:15:04 ID:cNP9Zgwo
マサカリとか金棒とかブッ叩く武器が登場しだしたのがいい




107 :人間七七四年:2007/06/30(土) 03:38:35 ID:jbSjWoXP
この時の菊池は輝いていた…


108 :人間七七四年:2007/07/02(月) 20:11:27 ID:XXd8yxLd
鎧も鉄製の小札が増えて、半頬も出てくるんだよな


109 :人間七七四年:2007/07/05(木) 09:08:46 ID:IF9hsOPB
司馬がこの時代は難しいしややこしいから
やはり書きにくいらしい


110 :人間七七四年:2007/07/05(木) 15:26:38 ID:0vD6Jnep
南北朝だけじゃなく室町全体がそんな感じだね。
応仁の乱なんか離散集合の繰り返しの上に
祭り上げた人間が途中でそっくりそのまま入れ替わって
まさにカオスだし。
そこがいいんだけど。




113 :人間七七四年:2007/07/07(土) 00:07:10 ID:eACKXux7
将軍も尊氏に始まり義満、義教、義政、義輝、義昭と個性的な面子が多いな。


114 :人間七七四年:2007/07/07(土) 01:18:09 ID:L9wOGrP8
鎌倉の方の足利も入れると混乱する


115 :人間七七四年:2007/07/07(土) 23:07:54 ID:HwfNrGyC
将軍に限らず、キチガイだらけだよ>室町
代々反抗期のBADBOY・鎌倉公方足利氏とか


116 :人間七七四年:2007/07/07(土) 23:37:55 ID:ObWG67hm
この時代の攻城戦って、よく落城しちゃうんだよな。
途中で和平なんてやらないし。
で、大抵敵将を捕らえ損ねるんだよな。

城の作り方も戦い方も、まだ未発達だったんだろうね。


117 :人間七七四年:2007/07/08(日) 00:03:40 ID:L9wOGrP8
負けると思ったらさっさと引いてるんじゃないかと


118 :実乃丸:2007/07/08(日) 08:47:27 ID:ibP9UwU/
>>91
そんなことない。
太閤記なんてとんでもない嘘っぱちの秀吉ワッショイ。

関係ないけど思い出した。以下東京人向け。

東京の神輿担ぎの掛け声が変わったよね。
お祭りの《粋》も何も消え去って。
どこの地方から来た掛け声なんだろ?
元々の土地で聴けば下品でもなんでもないのかもしれないけど。
お祭りはその土地の風習にあってないとね。
あれの掛け声が聴こえるだけでお祭り行きたくなくなりそ。


119 :人間七七四年:2007/07/11(水) 01:03:28 ID:hbfY+tl3
面白くねーよ


120 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/07/11(水) 01:12:03 ID:YFwHXhzE
少弐頼尚大友氏時筑後川で菊池武光に敗れる・・・
少弐氏衰退の始まりであった。


121 :人間七七四年:2007/07/11(水) 02:08:05 ID:XE2c8CeN
少弐なんて初代資頼以来没落気味じゃねーか?


122 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/07/11(水) 02:40:56 ID:YFwHXhzE
>>121
図星だ・・・
ただ、少弐氏全盛期を没落させる要因を作った
頼尚が目立つだけなんだな。
これ以後少弐氏の当主は討ち死にが続く。


123 :人間七七四年:2007/07/13(金) 01:42:48 ID:JEgErrKg
師直と直義が戦わなければ綺麗に終ったのにね


124 :人間七七四年:2007/07/13(金) 15:29:57 ID:m6E2nU/K
特に功績をあげたわけでもないのに北九州の太守になれました
先祖の家柄も定かではないのに名門扱いしてくれます
歴代の当主の多くが無念な最期を遂げました
大内くん、僕をいじめないで下さい
家兼くん、疑ってごめんね。君の力がないと僕はやっていけないよ


125 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/07/13(金) 15:52:45 ID:1bhZNfGu
少弐と大内は仇敵だが、実際少弐が圧倒的に負けてる。
大内は盛見が戦死したぐらいだが、少弐は満貞資嗣教頼胤資政資
高経頼高資元冬尚胤頼ら一族殆ど戦死。
スレ違いすまん。


126 :人間七七四年:2007/07/14(土) 00:04:50 ID:DA5QjAsu
でもまあ、菊池や大内よりかろうじて長く家が続いたから少弐氏も満足だろうて
東の武藤大宝寺氏もギリギリ江戸時代までもったし


127 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2007/07/14(土) 07:23:38 ID:SBXqiiP6
NHKの大河ドラマを見てた。前半、特に尊氏が挙兵の決断をするまでが
ちょっと長すぎたためか後半がバタバタになってしまった感じもするけど。
佐々木導誉も本来の名は高氏なんだよね。導誉は晩年になってからつけた。
足利氏って鎌倉幕府の中では有力御家人だったんだよね。
同じ源氏でも新田氏はやや格が下だった感じ。確か血筋では新田氏の方が
嫡流だったはず。(源義国の)やはり先祖の処世術の差が明暗を分けたのかな。


128 :人間七七四年:2007/07/18(水) 21:38:45 ID:d3b99KXN
尊氏挙兵は遅すぎ



129 :人間七七四年:2007/07/18(水) 22:12:42 ID:fBVaiQ5O
南北朝・室町時代は「その時歴史が動いた」ことが盛りだくさん。
その数の多さと重要度は戦国・天正時代の比ではない。

NHKは戦国~江戸初期が異常なほど大好きだが
なぜ南北朝室町期は取り上げたがらない?




130 :人間七七四年:2007/07/18(水) 22:40:49 ID:Xihse9xi
多聞やーん(T_T)


131 :人間七七四年:2007/07/18(水) 23:03:23 ID:8/fn4AKl
楠木正成は、戦前にさんざん持ち上げられた反動で人気が沈静したかに見えるが、
それでも依然として、日本の歴史上の不動の英雄であることは確かだと思う。

そうでないと、戦前に、戦争遂行のために利用された以前に、
江戸時代の庶民や武士をあそこまで熱狂させた理由が分からないし
実際、明治維新の奇跡に、すでに存在していない楠木正成が果たした役割は大きい

そこで、なぜかを仮説してみた。

日本の歴史上で、英雄と呼ばれるためには、いくつかの要件がある

1.朝廷の側に立って戦っていること(朝廷を旗印に据えていること)
2.天寿を全うしないこと(最後には敗者になること)
3.実際に歴史の展開の立役者となること

3を満たす史上人物は多いが、1と2がなければ、誰もが認める国民的な英雄とならない
これを満たす人間は歴史上限られており、楠木正成、坂本竜馬、西郷隆盛など。
その意味で、楠木正成は典型的な国民の理想的英雄像を体現している

というのが、わたくしの仮説であります。


132 :人間七七四年:2007/07/18(水) 23:44:10 ID:APatkZ35
明智光秀もあてはまらない?
てか性格には1は昔強者でありながら衰えて弱者になった勢力の側が正解のような
平家とか豊臣とか


133 :人間七七四年:2007/07/19(木) 01:50:37 ID:xOtaZlta
まあ、朝廷云々は関係ないわな

つか、正成だって、北朝からすれば朝敵なわけだしw


134 :人間七七四年:2007/07/19(木) 01:54:31 ID:zgn4vH5/
単純に

1、敗者であること
2、庶民に近いこと

だろう。判官贔屓だな
義経も歴史的に敗者であり、頼朝蜂起の前は京の市勢だった
以後、楠木も含め秀吉、幸村なども下層の出身・あるいは没落してそういう暮らしをしたことがある


135 :人間七七四年:2007/07/19(木) 02:04:06 ID:tR7zUlmK
南北朝に限らず
戦国時代の前の時代が分かると戦国時代がもっと楽しめる。
戦国時代の武将の先祖が分かったりするしね。



140 :人間七七四年:2007/07/20(金) 06:28:09 ID:cXwH8ZaR
室町時代も関東は独立してるし
一時的に義教が統一したぐらいでずっと分裂状態だった


141 :人間七七四年:2007/07/20(金) 07:21:30 ID:YXNev30A
偉大にして親愛なる太陽政策スレはここですね


142 :人間七七四年:2007/07/20(金) 10:11:59 ID:2v6/ZUNU
戦国時代の作家だって応仁や明応にまで遡って書ける人間なんて殆ど、いない現状
せいぜい家系の名前を羅列する程度


143 :人間七七四年:2007/07/21(土) 10:09:02 ID:XhQ33RlC
史料がなさすぎて書けないんじゃないの?


144 :人間七七四年:2007/07/21(土) 14:54:35 ID:nHtMPqsx
よいじゃんよいじゃん、朝鮮スポーツ大会って割り切って描けば、朝鮮征伐は

なんだかんだいって、みんないい汗かいたじゃん


145 :人間七七四年:2007/07/23(月) 01:39:28 ID:aux1Y22d
むかしデーモン小暮が
太平記を大河ドラマで採用しようという話が出ると
必ず「足利尊氏は朝敵だからダメだ」という話になって
太平記は大河ドラマ化されない
NHKは未だにそういうところだ
という話をしていた


146 :人間七七四年:2007/07/23(月) 10:02:49 ID:24P/g2uU
1980年代の話か?


147 :人間七七四年:2007/07/23(月) 11:01:23 ID:f0HkQeX9
100030年ぐらい前の話


148 :人間七七四年:2007/07/23(月) 19:46:12 ID:CTii0Mbq
さすがデーモン小暮閣下。
史料など要らない。閣下の実体験さえあれば


149 :人間七七四年:2007/07/24(火) 00:53:43 ID:B0HGrqeu
デーモンとかになると早稲田大学出身だから
NHKとか、いいとこに勤めてる友人・知人がたくさんいるわけだ

>>146
武田信玄やってた頃



150 :人間七七四年:2007/07/25(水) 02:53:59 ID:kFi+R/sL
>>145
つーか逆にNHKは反日思想集団だから足利の肩をもつだろ

なんで楠木正成・正行親子が主人公じゃないんだよ
どう考えたって常識的にありえんだろ


151 :人間七七四年:2007/07/25(水) 10:42:17 ID:TqPt6F51
原作が尊氏主人公だからでしょ

153 :人間七七四年:2007/07/25(水) 23:14:33 ID:rtPzFqQY
義満はいつまで経っても大河の主人公に据えられないな。
NHKは必死になって据えるのを避けてるというか、
義満の存在そのものを無視しているかのようだが。


154 :人間七七四年:2007/07/26(木) 01:19:18 ID:0WXSFFJi
単にヒーローにしにくいからじゃね?
何しろ自分で1回も戦わず、
「上様は強きを助けて弱きを挫く」と評された鵺的政治手法で権力を築き上げ、
貿易をするために明に臣従(まあ形だけだが)してみせ、
南北朝合一の為にとはいえ朝廷に強権介入し、
と反感をもたれるネタが満載。

いや、漏れは義満を評価しているんだよ。
↑の全部引っ繰り返せば、直轄軍の無い基盤の脆弱な中逆らう者の無い権力を築き上げた天才的政治手腕、
名より実をとる現実的思考、必要なら非難を浴びても強行する実行力、
と言えるんだから。
ただドラマの主人公=ヒーローにはしにくいんじゃね?


156 :人間七七四年:2007/07/26(木) 19:57:22 ID:7Vni0dAy
そうだよな
NHKも民主党も朝日も拝金主義なだけで金をくれれば愛国烈士になるぜ


157 :人間七七四年:2007/07/26(木) 20:40:06 ID:7m3nMEwH
必死な民主工作員乙



161 :人間七七四年:2007/08/02(木) 01:43:07 ID:TRcX0a68
何で戦前には南朝を正統としたんだろう?
今の天皇家は北朝の子孫なんだから、天皇マンセー教育の一環としては、
何か間違っている気がする。


162 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/08/02(木) 01:45:05 ID:tlLm2oR9
熊沢天皇の悲劇


163 :人間七七四年:2007/08/02(木) 01:55:51 ID:7vFWojNU
戦前に限ったことではなく、江戸時代に端を発する南朝正統史観
水戸学やその後の国学でも南朝を正統としている
この2派の延長にある幕末の尊皇攘夷派も当然、そのような史観を受け継いでいる
倒幕派の神輿に過ぎない天皇家の祖先が北朝という矛盾があっても
彼らにとっては、後付の理由さえ作り上げれば問題ないんだろうな
だって尊王攘夷でも御所に大砲を打ち込むような真性キチガイばかりですから

と適当なことを言ってみる


164 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/08/02(木) 03:55:47 ID:tlLm2oR9
忠臣児島高徳を忘れてはいけない。


165 :人間七七四年:2007/08/02(木) 04:13:59 ID:VoNZtvOU
作者じゃんw


166 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/08/02(木) 04:21:23 ID:tlLm2oR9
>>165
太平記作者とされる小島法師の創作とも言われてるが、
俺は児島高徳実在説を信じている。
宇喜多氏の立場(宇喜多系図も怪しいのだが)がない。


167 :人間七七四年:2007/08/02(木) 09:13:41 ID:mu6ENG5b
>>161
光厳天皇は朝敵・尊氏が担ぎ上げた自称天皇に過ぎない
義満の治世に南北融和が成り、北朝側の後小松天皇が正統になったが、
彼を継体天皇の室町時代版と考えれば何ら問題ない


168 :人間七七四年:2007/08/03(金) 01:17:15 ID:p9l4Mp/U
>>165
そうなると田原藩三宅家はどうなるの?


169 :人間七七四年:2007/08/03(金) 01:22:56 ID:qRoaE7MV
>>167
尊氏の反逆はだめだが、義満の脅迫は許されるわけか。
水戸っぽの考えることはよく分らん


170 :169:2007/08/03(金) 01:24:50 ID:q50kkopv
あ、>>167のことを批判しているのでは無く、水戸学についてだよ。
念の為。


171 :人間七七四年:2007/08/03(金) 03:29:23 ID:hKTUfZ8y
尊氏・義詮・義満は尊王攘夷派からは嫌われていただろう
幕末に足利3代梟首事件があったし


172 :人間七七四年:2007/08/03(金) 04:43:15 ID:SHPnCviG
某作者の小説はすぐに山の民とか訳分からんのがでてきてつまらん


173 :人間七七四年:2007/08/03(金) 06:42:41 ID:AaELZbUE
NHKの太平記、DVDで見たけど
後藤久美子が顕家はないよな


174 :人間七七四年:2007/08/03(金) 06:50:22 ID:WhkzSIau
22巻読んでみたい


175 :Y ◆nzdGjBH722 :2007/08/13(月) 21:51:33 ID:haXdctme
>>173
後藤久美子は愛姫だけでもうおなかいっぱいw

176 :人間七七四年:2007/08/18(土) 00:38:03 ID:rJBYcGzU
南北朝が人気ないのって
天皇家の陰謀じゃないか
何かしらの謀略を感じる


177 :人間七七四年:2007/08/18(土) 16:46:26 ID:eDAZY6qT
単に複雑な上に全容がはっきりしてないからだろ



182 :人間七七四年:2007/08/22(水) 19:42:41 ID:fKJTpt7k
どうせなら南北朝に絡めてもう一ひねり欲しかった


183 :人間七七四年:2007/08/26(日) 15:45:30 ID:/BE/BMzy
菊池伝説


184 :人間七七四年:2007/09/23(日) 08:34:36 ID:aSf2bDWV
家系というか系図的にも北朝が正統なのになんで南朝が正統な扱いを受けた過去があったのか
水戸黄門のせいだったんだね
つうか後醍醐なんて傍系南朝のさらに傍系のくせに


185 :人間七七四年:2007/09/23(日) 12:04:29 ID:tWf9aUtt
北朝が正統? ( ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ


186 :人間七七四年:2007/09/23(日) 17:53:14 ID:aSf2bDWV
なんで?後嵯峨上皇が弟を溺愛して無理矢理兄を退位させて弟を即位させたのが大覚寺統の始まりでしょ
しかも弟の系統の後醍醐が素直に皇位を持明院統に渡さなかっただけじゃん
尊氏が担がなくても本来は持明院統の誰かが皇位を継ぐのは当然じゃないの


187 :人間七七四年:2007/09/28(金) 01:17:21 ID:ErJ1cO0d
>>後醍醐が素直に皇位を持明院統に渡さなかっただけじゃん
皇太子は大覚寺統の邦良親王(後二条天皇第一皇子)なんだが。


188 :人間七七四年:2007/09/28(金) 19:26:19 ID:G1eVIeJd
280000÷200=1400
一騎当千の奥州無双


189 :人間七七四年:2007/10/01(月) 12:01:03 ID:sGAnidW/
南北朝の隠ぺいには何か政治的な裏があると言うことを
しっかり認識して欲しい
絶対これはおかしい

192 :人間七七四年:2007/10/29(月) 22:08:33 ID:NQqQHiWZ
禿同

南北朝時代の武将をデータベースでまとめたいが、
いかんせん参考になる文献が少ない。

東北なんて大変だ・・・。


193 :人間七七四年:2007/11/01(木) 00:42:51 ID:mgXFBUJc
とくに出羽がな

ニュース 民族・風習・伝統 歴史 ブログ村 戦国・歴史
 
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://teitodennoumou.blog84.fc2.com/tb.php/71-ef172905
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。