昔の馬はそれ程早くなかったんですか? 【日本】

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昔の戦では、騎馬と徒歩がいましたが、いくら騎馬の将が「ついてこい!」といっても、徒歩では絶対ついていけないと思うのですが・・・;
実際ちゃんと皆ついていっていたんでしょうか??
それとも昔の馬はそれ程早くなかったんですか?

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時代により徒士と騎馬の関係は変わっていきます。
鎌倉時代や南北朝時代では騎馬と徒士が一緒に行動するのは主に移動時や小規模局地戦でのことで戦の最初の段階では騎馬に乗った武士は徒士を置いて突撃しました。

騎馬同士が弓を射掛けながら激突し騎馬の武士達が白兵戦へ移行するあたりで徒士が追いつくといった感じになります。

戦国時代に関してですがこの時代になると騎馬だけで構成される部隊は主に伝令目的であって大抵の部隊では(備えといいますが)指揮官や指揮官の護衛役が乗る物でその周りに徒歩の武士と足軽が配置されるという総合兵科となっていましたので騎馬武士は徒歩の者達の速度にあわせて行動します。

また日本の馬が遅いという意見がありますがこれは半分間違っておりまして、
当時はヨーロッパでもサラブレットなどいませんから馬の速度は西洋も遅いのです。
馬格も戦国時代以前の在来馬はヨーロッパと余り変わらぬ140センチ代、体重も300㌔から400㌔の馬を駆っていました。
ヨーロッパでは当時の日本馬より小さい馬で騎兵突撃していたという国もあるほどです。
それに元なども日本の在来馬と同じ種であるモンゴルポニーで甲冑をまとった騎士たちに圧勝しています。
日本の馬はスタミナがあり消化器官が強く自生する草をそのまま食べることが出来ましたが中世西洋馬はこういった体力面でヤワなところがありました。
総合力で言えば中世の馬の性能は洋の東西でそれほど差は無いということです。

また徒歩の兵も現代人が考えるよりはるかに走るのが速かったようで江戸末期の宣教師などが「日本人の馬の飼育担当者は我々が馬で移動中常に走って付いて来る。しかも馬が疲れて休んでいる間、彼らは我々と一緒に休まず、馬の世話をして一切休憩をとらない。」
と驚愕しています。江戸時代ですらこれですから戦国時代は当然徒歩の武士も走るのが速いでしょう。


騎兵にかぎらず、
機動力を発揮した部隊が進みすぎて、
敵から包囲され殲滅されてしまうという失敗はよくあることです。

カスター中佐もそれで命を落としたし、
「騎兵」の定義を近代戦に置きなおすなら、
ミッドウェーやスターリングラードもそういう事例と云えなくないかも。

いつの戦場でもスタンドプレーは禁物で、
味方同士の緊密な連携は欠かせません。


事情は地域によっても、時代によっても異なるので一概には言えません。

騎兵だけ、歩兵だけの部隊が編成され、騎兵同士、歩兵同士が戦ったなんて仰る人もいますが、それもどうか…それも地域や時代によります。もちろん、時代や地域によってはそういった戦闘方法が主流でしたが、それが全てではありません。中世ヨーロッパなんかでは、騎士に対抗するためにパイク歩兵隊(長槍隊の類)などが登場し、やがては騎兵、歩兵、飛び道具を組み合わすことで部隊としての戦闘能力を高める手法が発達します。

日本の戦国時代の場合、馬に乗って戦っていたのか自体が大いに疑問で、宣教師のルイス・フロイスは、「彼ら(武士)は戦が始まる前に馬から降りてしまう」という記述を残しており、馬に跨るのは
・敗走する時
・敗走する敵を追撃する時
・戦場に向かう時
・斥候(偵察)の時
・伝令の時
ぐらいであったとするのが最新の見解のようです。従って、騎馬で戦闘するのは、敗走中の敵を追撃したり、行軍中に偶然遭遇して戦闘になったり、斥候隊同士が遭遇戦になったりするときに限られていたようです。

また、他の方も仰っていますが、当時の武士が跨っていた馬は木曽馬などの日本の在来馬で、小柄ですし(サラブレッドの体高は大体170cmぐらいですが、当時の馬は体高150cmあれば大馬とされた)、馬力はあるものの走ってもせいぜい30~40kmぐらいしか出ません。さらに武装した武士なんて、当時の人は小柄でしたがそれでも100kgほどになるので、それが跨ると自転車ぐらいのスピードしか出なかったはずです。昔の西洋の軍馬も基本的には似た様なものです。サラブレッドやアングロアラブのような馬種は、速く走る事に重きを置いて改良された馬なので、非常に繊細で軍馬には向きません。それに大体、中世以前だとそんな馬種いませんからね。また、西洋と東洋の決定的な違いとして、人馬ともに隙のない重装備で戦闘に臨む場合には重種馬(馬車を引くような大きな馬;東洋にはいなかった)が用いられましたが、この場合は速力の面でさらに劣ります。従って、歩兵が付いて行くのも十分に可能であったと思われます。

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